1948~49年における「英本土・釡山・遼東半島」三大防衛戦
◆ 1948~49年 連合軍の“三大包囲防衛戦”
• 欧州の 英本土防衛戦(第二次ブリテン空戦)
• 朝鮮の 釜山包囲戦
• 満州の 遼東半島攻防戦
世界の自由圏はこの三つの拠点だけで辛うじてソ連の進撃を食い止める状況
となる。
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■1. 英本土防衛戦(第二次バトル・オブ・ブリテン)
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●連合軍の総崩れと英本土の孤立
1948年秋、ソ連軍の西欧侵攻とフランス共産党蜂起により、
英米日連合軍は西ドイツ・フランス北部から撤退し、イギリス海峡を渡って
英本土へ後退。
ロンドン政府は大陸放棄を宣言し、
英本土を「欧州自由圏の最後の堡塁」として総動員態勢に入る。
●空の主戦場:英仏海峡
ソ連空軍は以下を主攻:
• 長距離爆撃機によるロンドン空襲
• 戦闘爆撃機による港湾攻撃、補給線遮断
• V-2派生の弾道ミサイル(ソ連版)も限定投入
これに対し、連合軍防空体制:
• RAF(ホーカー・テンペスト、グロスター・メテオ、初期ジェット機主
体)
• 米空軍:P-80、P-51、B-29の対爆迎撃
• 日本航空隊:欧州派遣航空隊の残存が合流し、夜間戦闘を担当
●戦局
ソ連は制空権奪取を狙うが、
英海峡の距離とレーダー網の差で決定打を欠く。
連合軍も大陸反攻の余力は全くなく、
ひたすら「英本土を空から守る」消耗戦となる。
史実1940 年より戦闘は長期化・激烈。
ジェット機同士の空戦も本格化し、
英本土は“空の消耗戦”で世界最大級の損害を受ける。
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■2. 釜山包囲戦(朝鮮戦線の最終ライン)
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●緒戦:韓国軍崩壊と釜山への総退却
1948年末、北朝鮮共産勢力が蜂起し、
沿海州からのソ連極東軍の直接侵攻で朝鮮半島は瞬く間に崩壊。
ソウルは数週間で陥落。
韓国軍は指揮系統が混乱し、
大邱・大田ラインも突破され、
半島南東端の釜山のみが連合軍の確保地となる。
●釜山に集結した連合軍
釜山防衛部隊は:
• 米第8軍の歩兵3個師団+海兵隊1旅団
• 日本陸軍:九州から緊急派遣された2個師団
• 日本海軍航空隊:佐世保・大村・築城からの航空支援
• 韓国軍再編部隊
• 一部の英コモンウェルス部隊(豪・NZ)
総勢20万規模、だが質はバラバラで統合困難。
●釜山防衛の実際
ソ連・人民軍は圧倒的戦車戦力(T-34/T-44)と砲兵で
釜山包囲を試みるが、釜山の地形は狭く、
• 背後は海
• 前面に山地と狭い進入路
• 連合軍は海上補給で兵站優位
と防衛側有利。
●海空の援護が決め手
• 日本海軍航空隊が朝鮮海峡上空を制圧
• 米海軍は釜山沖に空母群を常駐
• 日本陸軍は九州から増援と補給を送り続ける
これにより、
釜山は“東アジアの英本土”となる。
しかし、連合軍は釜山から出られず、
朝鮮半島の90%は赤化勢力に占領され続ける。
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■3. 遼東半島攻防戦(満州戦線の核心)
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●なぜ遼東は最後の砦なのか
満州本土は平坦で防衛不利、
反対に遼東半島は
• 三方を海に囲まれ
• 日本本土から航空支援が届き
• 海上補給線を確保可能
• 山地が多く防衛線を構築しやすい
ため連合軍の最終防衛拠点へ選ばれる。
●遼東に撤退した連合軍勢力
• 日本陸軍:満州派遣軍残存5~7個師団
• 満州国軍:一部
• 米海兵隊・英軍:釜山と分担して投入
• 連合軍航空隊:九州と山東半島から支援
総勢30万近い大兵力がこの狭い半島に集中する。
●ソ連の攻勢
ソ連極東方面軍は、
• 重戦車旅団
• 機械化軍団
• 航空軍(IL-10、Yak-9、Tu-2中心)
を遼東半島根元に投入し、
鴨緑江~遼河ラインで激烈な攻防戦が発生。
しかし、
• 日本本土からの空輸・海上補給
• 海峡幅が狭いため対空援護が強力
• 半島中央部の山岳地帯で消耗戦を強いられる
などでソ連軍は突破に時間がかかる。
●日本の苦戦
• 旧式装備(97式戦車など)はT-34に歯が立たない
• 歩兵主体で機械化不足
• 対戦車火力が不足し近距離戦で大損害
1949年初頭には、日本の満州派遣軍は当初の半分にまで激減。
しかし、遼東が落ちれば九州に直接侵攻されるため、
日本はここを死守して兵力を注ぎ込み続ける。
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◆三つの防衛戦の結論( 1949年時点)
●英本土
→ 空爆の嵐の中で持ちこたえるが反攻能力なし。
●釜山
→ 「海上補給による持久戦」を維持。
突破はされないが、朝鮮奪還の見込みはほぼない。
●遼東半島
→ 最も激戦で、日本軍は出血が最も大きいが、
地形の強みと海空の援護で“ギリギリ保持”
。
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◆世界は三つの “包囲された自由圏”で辛うじて耐えている
この構造は史実の
• 英本土(1940)
• 釜山橋頭堡(1950)
• 満州の山地戦(1930年代の延長)
の要素が組み合わさった特殊な状況と言える。




