開戦(1941年12月)~1942年初頭までの東南アジア作戦
概観(作戦目的と戦略)
日本の優先目標は次の三点に集約されます。
1. 南方資源(石油・ゴム・錫)の迅速確保(蘭印・ボルネオ・スマトラ
等)。
2. 海上交通路の確保(英米の反撃を遅らせるための占領地帯づくり)。
3. 英・蘭勢力を地域から排除して防衛線を形成(オーストラリアやインドに
到る補給線を絞る)。
豊田司令の下、空母は「遠征による奇襲」より上陸支援・制海権確保・邀撃
用の保護に重点を置き、地上軍(陸海軍協同)で領域確保を急ぐ姿勢になり
ます。
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タイムライン(主要作戦日程と経過)
1941年12月上旬〜中旬:宣戦布告と第一波上陸(史実に準拠)
• 12月1〜8日(概念的)
日本は宣戦を布告(対英蘭米など、形式は外交上の順序に依る)。12月上旬
から一斉に上陸作戦を開始する。
マレー・タイ方面
• 上陸点:コタバル(Kota Bharu)等タイ・マレー半島北東海岸、パッタ
ニー等タイ南部。
• 任務:マレー半島突破→クアラルンプール、シンガポール方面へ南下。
• 展開:陸上部隊は高速に進出。英軍は戦車戦・密林戦で抵抗するが、日本
の機動性と航空支援で押される。
• 注目戦果:史実どおり英戦艦級部隊の対空反撃は難しく、沿岸部での英国
艦艇の被害が出る。史実のプリンス・オブ・ウェールズ/レパルス撃沈のよ
うな出来事は、この世界線でも起こり得る(対艦航空の有効性は変わらな
い)。
フィリピン方面
• 上陸点:北ルソン(Aparri)や南部(Davao)など多地点上陸。
• 任務:ルソン島占領、クラーク/ニノイアキノ周辺制圧、飛行場確保。
• 展開:米・フィリピン軍は抵抗するが補給と空軍力で劣勢。アメリカ海軍
は太平洋艦隊主力を温存しているため、海上からの大規模救援は限られる
(後述のとおり米は慎重に動く)。
蘭印(オランダ領東インド)・ボルネオ方面
• 上陸点:バリクパパン(Balikpapan)、タラカン(Tarakan)等の油田地
帯。
• 任務:石油施設の確保と早期操業再開。
• 展開:陸海軍合同で強襲上陸を実施、オランダ軍は散発的に抵抗するが組
織的抵抗は限定的。
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1941年12月〜1942年1月:各地で占領完了のフェイズ
• マレー〜シンガポール線:日本陸軍は電撃的に南下、シンガポール方面を
包囲。補給路確保と共に、上陸支援を受けて都市攻勢を実施。
• 蘭印・ボルネオ:油田・飛行場を優先して占領。重要な石油施設を抑え、
資源収奪の初期体制を整備。
• 仏印/ビルマ南部:作戦範囲は漸拡大。フランス領インド
シナは既に日本の影響下にあったため、整備が容易。
特記事項(豊田体制の特徴):
• 空母群は上陸支援や海上護衛に割かれ、史実よりも空母の長距離攻勢は少
なめ。その結果、米太平洋艦隊への直接的打撃機会は放棄されるが、上陸成
功率は高まる。
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1942年1月〜2月:蘭印制圧とジャワ攻略準備
• ジャワ攻略の準備:スマトラ・ジャワ方面の制圧が最優先され、2月中の上
陸作戦に向けて海上展開を整える。
• 補給線構築:制海・制空下で占領地から資源を回収するための港湾復旧や
護送線を整える。
• 連合側(ABDA)結成の動き:英蘭豪米連合司令部が
フィリピン・蘭印方面で統合抵抗(ABDA)を模索。だが米太平洋艦隊主力
が温存されているため、迅速な大規模艦隊投入は限定的。
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1942年2月下旬〜3月:ジャワ海海戦とジャワ上陸(史実に近い山場)
• 海戦:史実の「ジャワ海海戦(Java Sea Battle)」に相当する海戦が発
生。ABDA連合艦隊は多国籍であるが指揮統一と連携に苦しみ、対日艦隊の
殲滅的打撃を受ける公算は高い。
• ただし米太平洋艦隊主力が温存されているため、史実よりも米艦の投入
(巡洋艦・駆逐艦レベル)は増える可能性がある。だが連合側の艦隊訓練・
連携不足により決定的勝利は難しい。
• ジャワ上陸:海上制圧後、上陸部隊がジャワに上陸。オランダ軍・現地の
抵抗は激しいが、物量差と航空優勢で制圧される。
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主要作戦の個別描写(もう少し詳しく)
マレー半島〜シンガポール作戦
• 戦術:
• 北東海岸からの上陸で上陸軍が部隊を迅速に展開→鉄道・道路を横断し内
陸から南下して英軍の背後を突く(史実の突破手法そのまま)。
• 飛行場確保と即応飛行隊配備で英の反撃飛行機を抑え込む。
• 英軍の苦境:オーストラリアや英本国からの即応支援は不十分で、補給線
の延長と物量で押し切られる。
• 決着:シンガポールの陥落は史実同様1942年2月中旬前後が自然(史実と
大差なし)。
フィリピン(ルソン)作戦
• 戦術:複数個所からの同時上陸+速攻の飛行場確保→マニラ方面に向けて
包囲。
• 米・フィリピン軍:地上では粘るが、海上からの大規模支援は政治的・戦
術的理由で限定的。米は太平洋艦隊の主力をすぐにフル投入しない(温存方
針)が、護衛空母や小編成の空母打撃は行われうる。
• 経過:北部・中部が次々と占領され、マニラは脅威にさらされる。史実ほ
ど早期に全滅しないが、持久戦は日本側有利となる。
蘭印(バリクパパン/ボルネオ)作戦
• 目的:油田と飛行場の確保。
• 手段:上陸して施設を速やかに押さえ、復旧チームを投入して生産を始め
る(ただし即時の生産回復は技術・人員の問題で段階的)。
• 結果:資源収奪は成功し、日本の燃料事情に早期の好影響を与える。
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航空・海軍の運用上の特徴(豊田体制の影響反映)
• 空母は大規模な遠征奇襲より上陸支援と艦隊護衛に回るため、海上の“機動
的奇襲”は限定。
• 陸上航空(台湾・南方の飛行場)を中心とした制空網が重視され、日本は
地域的制空優勢を確保する。
• 米太平洋艦隊は温存されたため、日本海軍は米主力と将来的に大艦隊決戦
を避けられない可能性を前提に、邀撃・地形有利な海域での決戦を構想す
る。
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連合側(英蘭米豪)の対応と制約
• 米国:宣戦を布告して対日戦に入るが、真珠湾での被害が無いため国民的
ショックは緩やか。大規模な艦隊再編と増産に着手するが、本格的な反攻準
備には時間がかかる。太平洋艦隊は慎重に行動するため、初期の海戦は連合
側側面からは戦力発揮が分散しがち。
• 英蘭豪:欧州・地中海への資源配分との軋轢で極東戦線への即時増援は限
られる。オーストラリアは危機感を深めるが、直ちに戦線を維持する余力は
乏しい。
• ABDA(多国籍司令部):結成は迅速だが、指揮系統の一貫性、通信の統
一
、補給の調整に課題があり、日本の機動的攻勢に対応しきれない。
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早期作戦成果(〜1942年3月までに得られるもの)
• 地域占領:マレー半島、シンガポール、ボルネオ油田、スマトラ・ジャワ
の一部、ビルマ南部の前線拡張。
• 資源面:石油・ゴム等の確保は進行中で、段階的に日本軍消耗を緩和。
• 戦略的地位:南方防衛線を確立する土台は出来上がるが、太平洋での最終
的優位は確定していない(米艦隊が温存されているため)。
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ここまでの重要な「IF点」と、その戦略的含意
1. 真珠湾奇襲をやらない → 米太平洋艦隊が健在。→ 将来の大艦隊決戦の芽
が残る。
2. 空母を上陸支援に回す → 東南アジアでの上陸成功確率は高まるが、米海
上戦力を無力化する機会を逸する。
3. 資源確保は成功しやすいが、補給線の米潜による破壊は残る → 日本の長
期持久力は脆弱。
4. 連合側は即時に大反攻できないが、増産で巻き返す時間を得る → 日本の
“勝ち筋”は政治的に講和を引き出すか、早期に米主力を決定的に削ぐことに
変わる。




