1948年第三次世界大戦直前まで
■ 1945年7月:ドイツ降伏と「不完全な平和」
◆ 欧州:ナチス敗北、だがソ連が進撃を停止せず
ドイツは粘りに粘って 1945年7月 に降伏。
しかしソ連軍は「完全降伏地域の確保」を名目に前進を続け、
西側占領予定地域にまで部隊を前進させる。
• チェコ西部
• オーストリア北部
• 北ドイツ沿岸部
• 一部のバイエルン
これに対し米英軍は抗議するが、
戦勝ムードと兵站疲弊で武力阻止はできず。
ここからすでに「戦後冷戦」ではなく
戦後“準熱戦” が始まってしまう。
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■ 日本:無条件降伏していない独自の地位を維持
日米英の停戦協定により、日本は本土への占領を免れた。
◆ 条件
• 朝鮮・台湾について住民投票を行う
• 満洲の門戸開放(米英資本の参入)
• 軍需生産の制限と国内改革
◆ 結果
• 台湾は日本残留
• 朝鮮は1947年に独立(李承晩)
• 満洲国は存続し、日米英共同開発地帯化
特に満洲は“北東アジアのドイツ西側地域”のようになり、
以後の世界情勢の中心となる。
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■ 1945〜46年:欧州での連合国・ソ連の対立が顕在化
◆ ポーランド情勢
ロンドン亡命政権系の政治家がソ連当局に逮捕される事件が続発し、
米英がソ連に抗議。
だがスターリンは「ファシスト残党の処理」として譲らず。
◆ オーストリアとドイツの“境界問題”
ソ連軍が必要以上に長く居座り、
米英仏は占領区へのアクセス確保に苦労し続ける。
◆ ヨーロッパの共産党が急進化
フランス・イタリア・ギリシャで共産党が武装勢力を拡大。
ソ連はこれを「民族解放運動」として後押し。
アメリカは急速に対ソ強硬姿勢に転換しつつあった。
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■ 1946年:中国情勢悪化:国共内戦の激化
この世界線では
中共は日本の兵器を鹵獲していない。
ソ連支援のみ。
それでも1946年、満洲からのソ連軍撤収後に残された兵器を中共が接収し、
武力は急増。
蒋介石政府は沿岸部と大都市をなんとか抑えるものの、
内陸部では中共が優勢になる。
◆ 満洲国は「反共の最前線」
満洲国は
• 日本軍の残置戦力
• 日満合同軍
• 米英軍事顧問団
• 門戸開放で急成長した工業力
により、アジア最大の反共砦となる。
ソ連にとっても中共にとっても「喉元の短剣」。
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■ 1947年:朝鮮独立と李承晩の反日政策
朝鮮は住民投票後に独立し、李承晩政権が成立。
ソ連軍は朝鮮に一切駐留しないため、
“この世界では北朝鮮は存在しない”
。
◆ しかし…
北辺の咸鏡道では
中朝国境経由で金日成勢力(中共ゲリラ)が浸透。
李承晩政権は反日・反共を掲げつつも国内統治が不安定となる。
• 日本資産の全面国有化
• 日本人排斥
• 反日宣伝の激化
• 南北のゲリラ戦の多発
これにより日本と朝鮮の関係は戦後最悪レベルへ。
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■ 1947年:マーシャル計画と欧州分裂の決定的進行
アメリカは欧州復興と反共政策を結びつけ、
マーシャル・プランを提示。
しかしソ連は東欧諸国に参加を禁止し、
ヨーロッパは完全に二つの陣営に分裂。
同年末には…
• チェコでの社会主義革命準備
• ギリシャ内戦の激化
• イタリア共産党の武装組織拡大
• ソ連軍のドイツ東部での軍備拡張
米英は「ソ連による欧州赤化の恐れ」と認識し始める。




