ドイツ降伏まで
■1944年末 〜 参戦準備段階
● 日本の連合国加入
南太平洋大海戦後の停戦協定を経て、
米英豪は日本を完全に“枢軸から切り離す”ために、
• 三国同盟の形式的破棄
• 中華大陸からの段階的撤退
• 満洲門戸開放
• 軍縮と植民地行政の制限
を条件とした「準連合国化計画」を進める。
日本は対米英関係の正常化と産業回復を優先してこれを受諾。
● 欧州派遣軍の規模が決定(1944年12月)
米英は、日本参戦が
• 対独戦を加速し
• ソ連に対する牽制力ともなる
という二重の価値を見出しており、
日本に対して以下を要請:
• 海軍:1個艦隊(航空戦力中心)
• 陸軍:1個軍(約8〜10万)
• 航空:陸海軍混成の欧州航空団
日本の懸念(兵站・適性・装備不足)には、
米英が「兵器供与と軍事技術移転」を約束し解決。
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■1945年1月:日本、欧州戦線へ本格参戦
● 海軍派遣艦隊
• 空母:翔鶴・瑞鶴(復元艦)、隼鷹・飛鷹
• 戦艦:長門・金剛型から2隻
• 重巡・駆逐隊
英海軍作戦の補助として、
ノルウェー沖およびバルト海南部で対Uボート作戦に投入される。
→ここで日本海軍は“未経験の対潜戦”に直面し、苦戦が始まる。
● 陸軍派遣軍(日本第1欧州派遣軍)
主力は南方での実戦経験が豊富な部隊だが、
対戦車戦力は乏しく、独軍のパンターやティーガーと対抗できない。
当初は「歩兵主体の機動防衛」任務に回される。
● 派遣航空隊
• 一式戦 隼
• 四式戦 疾風
• 海軍:零戦五二型・紫電改
• 爆撃:九七・九九・銀河少数
航空技術はドイツ機やP-51・スピットファイアに劣り、
欧州の悪天候に不慣れで損耗が早い。
→この時点で“ 米英製兵器の本格導入” が必須であることが日本自身も認識す
る。
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■1945年2月〜3月:ライン川攻勢と「日本軍の最初の試練」
● 米英のライン川渡河作戦に日本軍も参加
日本陸軍はモントゴメリーの指揮下、
ルール地方北部の都市戦に投入される。
しかしここで重大な問題が噴出:
★1. 日本歩兵は対戦車力が極めて不足
• 九七式中戦車ではパンターに対抗不能
• 歩兵携行兵器(噴進砲)の性能不足
• 欧州戦特有の都市・森林戦に不慣れ
→ 損害率が米英軍の2〜3 倍に達する。
★2. 兵站の脆弱さ
欧州に専用補給基盤がないため、
• 弾薬規格の違い
• 修理部品の欠如
• 車両整備ノウハウ不足
が同時に顕在化。
◉ 英米軍が装備更新を強く指示する契機になる。
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■1945年4月:日本軍への本格的な米英製兵器供給開始
日本はここで初めて、
• M4A3 シャーマン
• M10駆逐戦車
• P-51D
• スピットファイアMk.IX
• C-47輸送機
• レーダー・無線系統
などを大量に受領する。
特に航空隊は大改編が行われ、
• 疾風 → P-51Dへ
• 紫電改 → F6F/F4Uへ
• 銀河 → B-25/B-26へ
日本軍は史実より2年早く“米英式近代軍への転換”を始める。
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■1945年4〜5月:日本軍、独軍残存部隊と初の大規模戦闘
● “森と村の戦い”で強みを発揮
ドイツ軍撤退阻止のため、
• チロル
• 南ドイツの山岳地帯
• チェコ国境付近
で日本軍が前進。
ここで南方戦線で磨いた浸透戦・夜戦技術が生きる。
★日本軍は初めて“欧州での独自の価値”を示す
• 夜襲でドイツ拠点を包囲
• 山岳戦で米軍より損害が少ない
• 鬼気迫る白兵戦で独軍の士気を圧倒
→米英メディアが「サムライ兵団」と報道するほど。
しかし消耗も激しく、
4月〜5月の間に戦死1.5万〜2万と大損害。
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■1945年5月:ベルリン陥落(史実よりやや遅延)
ソ連軍の東進は史実より鈍化。
理由:
• バルカン方面で日本派遣軍が“予想外の抵抗”を見せた
• 米英軍が東へ深く前進し、ソ連は政治的配慮をせざるを得なかった
そのため、ベルリン陥落は5月中旬頃となる。
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■1945年6〜7月:最後の抵抗と「日本軍の欧州最大の戦闘」
ドイツ残存部隊は、
• オーストリア
• チロル
• ボヘミア
• バイエルン南部
など山岳要地に立てこもる。
日本派遣軍は米第7軍と共にザルツブルク〜インスブルック戦線で激戦を経
験する。
★欧州派遣軍最大の戦車戦が発生(6月)
• M4シャーマンと日本歩兵
• VS ティーガー II
シャーマンは苦戦し、大損害を被るが、
航空支援と日本軍の夜間浸透戦が決定打となり、
独軍は退却。
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■1945年7月:ドイツ降伏
史実より2か月遅れで、ドイツ政府は無条件降伏。
● 日本軍の損害
• 戦死:2.5万
• 負傷:6万
• 戦車・火砲の8割以上損失
• 航空隊も半数以上消耗
→欧州派遣軍の戦闘力はほぼ消滅しかけている。
● しかし政治的・外交的影響は巨大
• 日本は“正式に連合国の一員”として承認される
• 米英との協力体制が深化
• ソ連は激しく警戒を強める(これが後の対ソ緊張の原因)
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■ここで緊張が走る:ソ連軍が進撃を停止しない
ドイツ降伏後もソ連軍は、
• チェコ
• ハンガリー
• オーストリア東部
などへの圧力を強め、
連合軍(特に日本軍)との直接衝突が発生しかねない状況となる。
これが次のフェーズである
➤ **「ドイツ降伏後の対ソ連情勢」
=史実より数年早い東西対立と局地軍事衝突**
につながっていきます。




