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海鳴の怪旅館  作者: 月臣
第二章 海辺の古旅館
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海辺の古旅館⑤

 部屋に戻ると、美空が扉に凭れて立っていた。彼女は僕達に気付くと、満面の笑みで近付いてきた。


「待っていたのよ」


 ベッドのお誘いなら喜んで誘いに乗っていただろう。

 だけど、残念ながら色っぽい用件ではなさそうだ。


「降霊術をやるの、貴方も来てちょうだい」


 やっぱりそうきたか。

 威吹が視線で「どうする?」と尋ねてくる。面倒くさいが、断るのはもっと面倒そうだ。僕は小さく頷いた。


「わかりました、では、行きましょう」

「私の部屋で行うわ。もう準備はしてあるの」


 美空が泊っているのは三つ隣の夕波の間だった。

 部屋の電気はすべて消えており、そこら中に置かれた赤いキャンドルの炎が頼りなく暗闇を照らしている。なかなか素敵な演出だ。


「気味わりぃな」

 威吹が苦虫を嚙み潰したような顔で呟いた。


 美空に案内され、敷かれた布団を通り越して広縁に入る。

 大きな窓の外には灰色に輝く空と黒い海。月光とキャンドルに照らされ、小さな机にあるアルファベットが書かれた木の板と、円形のガラス窓のある三角形の板が闇に浮かぶ。これはウィジャボードとプランシェットだ。


「当然知ってるわよね」

 机を指さし悠然と笑む美空に、威吹が小首を傾げる。

「いや、知らねぇな」

「あら、霊能力者のくせにウィジャボードを知らないの? モグリなのかしら」


 美空が顎を逸らし、軽蔑したような視線を威吹に向けるが、威吹は「俺はバイトだからな」と相手にしない。


「威吹のために説明すると、こっくりさんのようなものさ。この三角の板プランシェットに全員が指を添え、質問をする。そうすると霊が答えるんだ」

「なるほどな。で、俺らを巻き込んでそれをやろうってか」

「そうよ。さあ、座ってちょうだい」


 美空に促されるまま、僕達は席に着く。

 机を囲む籐の椅子は二つしかないので、わざわざ丸椅子を借りて置いてある。美空と僕が籐の椅子、威吹が丸椅子に腰かけた。僕の斜め後ろには三脚にセットしたスマホが置いてある。

 威吹が嫌そうにスマホを見た。


「おい、撮影するのか?」

「ええ。私は除霊や降霊術の様子を配信しているの。威吹君は一般人でも、操君は霊能力者の端くれなんでしょう? 霊媒師美空の魂降ろし、一回ぐらいは見たことがあるんじゃないかしら」

「見たことないですね、興味がありませんので」


「私を知らないなんてやっぱりインチキ霊能力だわ。まあ、いいわ。動画を撮影するけどいいわよね。貴方達は手しか映らないようにセットしているし、声を出さなくていいから」


 撮影を承諾し、ウィジャボードに指を置いた。


「ここにいるんでしょう、姫。いるなら降りてきて存在を示してちょうだい」


 美空の呼びかけに応じるようにプランシェットがボードの上をぎこちなく滑る。

 この現象はオートマティスムによるもので何も不思議じゃない。

 威吹もそれがわかっているのか、手塚から怖い話を聞いていた時と違って、いつもの堂々した顔付きだ。


 ボードが動きYESの文字が円形の窓から覗いた。

 しかし、霊の気配はない。


「霊が、霊が来ているのよ! 私達に何かを話したいんだわっ!」


 美空は一人で騒ぎ、存在しない姫の霊に熱心に問いかける。


「この旅館の怪現象は貴方の仕業なの?」

『YES』

「何がしたいの?」

『REVENGE』

「市松人形に憑りついているの?」

『YES』


 質問の度にプランシェットが動き、答えを示した。


「今日はここで終わりよ。さあ、帰ってちょうだい」

 YESを示し、降霊術は終了した。


 美空が録画を切り、キャンドルを吹き消して部屋の電気を点けた。人工的な光が明るく部屋を照らす。


「いい降霊会になったわ。ああ、やっぱりこの旅館には姫の怨霊がいるのね」


 熱に浮かされた声で呟く美空の顔は恍惚としていた。

 これは不味い傾向だ。信じ込む力は時として凶器と化す。少し釘を刺しておいたほうがいいだろう。


「美空さん、ここには霊なんていませんよ。オカルト方面に詳しい貴女なら知っていると思うけれど、こっくりさんで十円玉が動くのは単なる人間の無意識化の運動でしかない。今回も勿論そうだ」

「そういう話も聞くけど、私の降霊術は本物よ」

「オカルトを楽しむのは結構ですが、信じすぎると碌なことにならない。遊び半分にしておくべきだ」

「私がインチキだと言うの?」


 苛烈な視線を受け流し、僕は立ち上がった。


「警告はしましたよ。では、失礼。行こう、威吹」


 今にも掴みかかってきそうな美空を避けて、僕と威吹は波蝕の間に戻った。


 客や従業員から聞いた話をノートに記し、五件のバラバラ殺人についてネットで調べて簡潔にまとめて記録した。

 記述作業が済むと部屋を出て、各地点の温湿度変化の有無や映像、音声を簡単にチェックして回り、日付が変わる頃に布団に入った。



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