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海鳴の怪旅館  作者: 月臣
第一章 奇妙な繋がり
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奇妙な繋がり①

 僕は紫月操(しげつみさお)としてこの世に生まれた瞬間から才能の塊で、普通の人ではなかった。

だから学校なんて行く必要がない。というか、暑いし面倒だし行きたくない。

 紫月家は古くから続く名高い陰陽師の血脈だ。祈祷や占術よりも退魔や呪術を得意とし、悪霊退治や呪い返し、お祓いなどを家業として営んでいる。令和最強の陰陽師候補――父の春明(はるあき)に与えられた賞賛の言葉だ。

 父は現在一族のトップであり、僕はその跡取り息子として、学業の傍ら息をするように家業を営んでいた。


「行ってきます」

 気まぐれにした挨拶に返事はない。

 当然だ。今この家にいるのは僕だけ。悪魔と呼ばれた女は十年前にいなくなり、痕跡すら微塵も無い。


 一歩外に出ると、茹だるような暑さに襲われた。

 庭に猫がいる。土蔵の前をゆったりと歩いていく。あの土蔵は呪いの宝庫で、普段は猫も鳥もよりつかない。野性の動物は敏感だ、不穏な気配を感じとるのだろう。

 あの猫、ここ最近よく見かけるな。もしかして刺客だろうか。いや、怪しい気配は感じない。何の変哲もないただのハチワレ猫だ。きっと、近所の飼い猫だ。飼い慣らされて生存本能を置いてきてしまったに違いない。


「君にとって面白いものなんて無いけど、まあ、好きに見学していいよ」

 ハチワレ猫に手を振って歩きだす。


 見上げた空は青く涼しげなのに、肌に触れる空気は灼熱だ。最寄りの三鷹台駅を目指して、足を引き摺るようにアスファルトの道を進む。

 早く夏休みになればいいのに。そしたら、仕事の依頼がない限りは涼しい家の中から一歩も出なくてすむ。

 曲がり角から見知った少年が出てきた。

 毛先がところどころ内巻きの杏色のふわりと柔らかな髪、前髪や横の髪が長いお洒落なショートヘア、女の子みたいに小さく華奢な身体。式見威吹(しきみいぶき)だ。


 僕と同じで、彼にも見えている。だから、僕は彼に興味を持っている。

 遠目に見ても険しい横顔で彼はずんずんと歩いていく。普段ならすぐに声をかけるのだが、思い留まった。

 いつも元気な威吹が最近おかしい。彼が持つ強烈な光の性質に翳が差し、時折ぼんやりしたり、異様な鋭さを放ったりすることがある。上手く隠しているので誰も威吹の異変に気付いていないが、僕にはお見通しだ。

 彼の身に何かが起きた。間違いない。


 足音と気配を殺して威吹に追いついた。

「威吹」

 名前を呼びながら肩を叩き、人差し指を立てて構えていた。

 予想通り素早く振り返った威吹の柔らかな頬に、指がぶすりと突き刺さる。

「ふふ。見事に刺さったけど、ご感想は?」

 パチリとした吊り目が不機嫌に細められ、綺麗な形の細い眉が歪んだ。


「餓鬼みてぇな悪戯すんなよ、操」

「威吹こそ、子供みたいな悪戯に引っかからないでよ」

「朝から気分わりぃな」

「それは僕のせいじゃないでしょ。威吹、苛立った足音を立てていたよ。また幽霊か妖怪でも見た?」


 顔を覗き込むと、威吹の青い瞳に警戒と怒りが浮かんだ。予想通りの反応だ。

「ブス面しないの。そんな鋭い目してたら綺麗なお顔が台無しだよ。まあ、僕の美貌には劣るけど」

 茶化すと威吹は鼻白んだ顔になった。

「なにが美貌だよ、馬鹿」

「事実でしょう」

 にっこりと笑うと、今度は嫌そうな顔になった。


 僕の容姿は完全無欠だ。ふさふさの長い睫毛にくっきりとした二重、琥珀色の涼やかな瞳、緩く波打つ豊かで艶やかな黒髪、高い鼻梁に形のいい唇、手足が長くすらりと高い身長。微笑んだだけで女の子がメロメロになる外見をしている。

 口にしないが、威吹は僕の容姿を気に入っている。だから、言い返せなくて悔しいのだろう。

 威吹のくるくると変わる表情は魅力的だ。彼の素直なところは見ていて楽しい。いつも活きのいい反応を見せてくれるので、観察していて飽きない。


「ふん、顔だけよくってもしょうがねぇだろうが。ちょっとはその上等な顔に見合う中身になれよ」

「綺麗な花には毒があるものさ」

「あっそ。付き合いきれねぇな」


 威吹は犬を追い払うように手を振ると、駅に向かって歩きだした。その隣に並ぶ。凛とした横顔はすっかりいつもの彼だ。

 門が閉じたのを感じた。時々、威吹は拒絶したように感情を隠してしまう。

 裏表がなく感情豊かな彼が見せる静かな影。冷たさすら感じない、ひたすら無機質な表情。

 何が彼にそんな顔をさせるのか。中学一年生からの付き合いだけれど、未だに彼の謎は解き明かせない。他人の感情や行動パターンをあっさり見破ってしまう僕には珍しいことだ。だから気になる。彼は何を抱えているのだろう。


「ねえ、威吹。本当に何があったんだい?」

 茶化して尋ねるつもりだったのに、真剣な声が出た。

 僕としたことが、他人を気にするなんてどうかしている。他人など煩わしいだけの存在なのに。


 意外だったのか、威吹が目を丸くした。

「お前が人の心配なんて、どういう風の吹き回しだよ」

「べつに心配なんてしてないよ。ただ、気になっただけ」

「別になんにもねぇよ」

「何もない、ねえ。まあいいけど。夏はこの世とあの世の境目が曖昧になる。君はあちら側の人間でしょう。色々見えてるんじゃないの?」

「何の話だ」

「隠さなくてもいいのに。僕にはお見通しだよ、君は見える側の人間だ」


 悪魔の笑みを浮かべると、威吹は僅かに動揺した顔になった。

 彼は幽霊や妖怪が見えることを誰にも話していない。それなのに、僕がそれを知っているのが不思議なのだろう。

 威吹には僕と同じ歪んだ世界が見えている。

 中学一年生の入学式、校庭の桜の木を見上げる美しく澄んだ青い瞳がそう語っていた。



 中学校に入学した直後のことだった。僕は校庭の巨大な桜の木にぶら下がって揺れる、制服姿の少女の幽霊を見た。恨みがましい顔を見てすぐにピンときた。中学生活に躓き、自殺したのだろうと。

 他の生徒が通り過ぎていく中、威吹も僕と同じように桜を見上げていた。

 幽霊は満足しない人間の末路だ。それ故、見えるのは怨執や憤怒など醜く歪んだ感情の残滓ばかり。だから、霊が見える奴は大抵歪んでいる。きっと威吹も僕と同類だろうと思っていた。

 

 けれど違った。


「悪いが、俺には何もできない。でも話は聞いてやれる。辛かったことや恨み言もぜんぶ俺に話せばいい。毎日聞きに来てやるよ」

 威吹は少女の幽霊にそう言った。そして、本当に実行したのだ。

 彼は中学入学早々の大事な時期、毎日お昼休みに一人、首吊り自殺した少女に会いに行った。桜の木に凭れて座り、彼女の恨み辛みに耳を傾けていた。


 一週間が過ぎた頃、少女の幽霊は満足したのか、成仏した。

 幽霊に時間を割くようなお人好し。本当に面白い奴だと思った。

 他人に興味がない僕が、それ以来ずっと彼に興味を持っている。彼は知れば知るほど奥行きがあって面白い、ビーフジャーキーみたいな奴だ。


 威吹の澄んだ空のような瞳が、僕を映している。

 威吹は注意深く僕を観察すると、後頭部の髪を掻き混ぜながら大袈裟な溜息を漏らした。


「隠してたつもりだったんだけどな。しかも、お前も幽霊が見えるようだな。まあ驚きゃしねぇが。お前の怪談話はやたらリアルだし、たまにあらぬ方向を見ていたからな。お前ならなんでも見えてそうだ」

「誉め言葉と受け取っておくよ。それで、最近様子が変なのは幽霊のせいなの?」

「そんなんじゃねぇよ。お前、なんでそんなに俺のこと気にするんだよ」

「ん? 面白いからだよ。脳筋馬鹿の君が悩み事なんて愉快じゃないか。是非、何をどう悩んでいるのか教えてくれないかい」

「最低だな、誰が相談するかよ」

 つれない声でそう吐き捨てると、威吹は駅までの道を駆けていった。


 運動神経抜群で体力馬鹿の彼の姿はあっという間に見えなくなった。追いかけてまで構うつもりはなく、詮索を諦める。

 

 この時は数日後、ひょんな形で威吹の悩みを知ることになるとは思いもよらなかった。



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