わたしには婚約者がいるのに破廉恥ではなくて?
ピンチをチャンスに変えるっていい言葉だと思います。
いえ、実際に現在チャンスなのかはよくわかりませんけれど、学園祭の日にピンチだったのは事実です。
王立学院入学後は演劇同好会を作りました。
演劇同好会は総勢五人で、とっても仲良しなんですよ。
仲良しなのがよくなかったですかね?
揃ってカゼを引いて、学園祭の日までに回復したのはわたしだけでした。
ピンチです。
『ええっ? 当日キャンセルなんて認められないよ。プログラム上の都合があるんだから』
『そこを何とか!』
『だから同好会の講堂使用を認めるなんて嫌だったんだ。無責任極まる』
『くっ……』
学園祭で劇や演芸、合唱などの出し物は講堂を使います。
講堂を使用するような出し物は人気で話題になりますので、講堂を使用できる時間は厳密に決められているのです。
わたし達も準備と片付けの時間を除いて二〇分間の使用を運営委員会に認めさせた時、嬉しかったですもの。
ところが全部で五人と演者数の少ない同好会の弱点が露呈してしまいました。
皆がカゼでダウンで、演者がわたししかいません。
わたし達の失態が原因で、今後同好会の講堂使用を認めないなんてことがあると、後輩に申し訳ないです。
何とかしないと……。
『で、では二〇分間わたしが個人で演技します』
『演目変更で、時間枠はそのままということだな?』
『はい』
『ならば認めよう。頑張ってくれ。照明と音楽の魔道具を使うなら、会場スタッフに任せてもらってもいいぜ。複雑な指示はちょっと受けられないが』
『ありがとうございます、助かります!』
照明はわたしにスポットを当ててもらえばいいです。
音楽も一曲ずっとかけっぱなしでいい。
わたしの演技次第ですね。
『で、何をやる? 演目変更を告知しなきゃいけないので、今決めてくれ』
『ええと……』
わたしに何ができるでしょうか?
かつてガラスの仮面の少女と呼ばれ、現在有名女優として活躍されている方も似たような状況があり、一人で劇を成立させたというエピソードを聞いたことがあります。
でもその時は演技をサポートしてくれる人がいたみたい。
わたしは本当に一人ですから、劇はムリです。
必死で頭を回転させます。
わたしは歌に自信があるわけではありませんから、アクションで見せるしかありません。
パントマイム?
いいですね、でも持ちネタがあまりないですから、ダンスで繋ぎましょう。
簡単でコミカルなダンスなのは必須です。
目に入ったのが今日の劇で使うはずだったスーツとステッキ、つけヒゲ……。
そうだ、ヒゲダンス!
『ヒゲダンスで』
『ヒゲダンス? 面白そうだな。期待しているよ』
即興のヒゲダンスは大ウケしました。
責任を果たせたのでホッとしましたよ。
それよりも話を聞いた友人達が興奮していました。
誰もやってない新しい芸だ、極めようって。
演劇同好会はヒゲダンス同好会になりました。
そして今。
わたしにファンができたようなのです。
熱烈なファンレターをもらったのですよ。
これってチャンスなのですかね?
◇
――――――――――学園祭から一〇日後、フィル・デーンズ男爵令息視点。
同い年のソフィ・キャンベル男爵令嬢に初めて会ったのは、六年前の夏だった。
領が隣なので、交流しようねって趣旨だったと思う。
でも今から思うと、その時から僕とソフィが婚約するのは決まってたんじゃないかな。
父上達は策士。
ソフィの第一印象はニコニコしていて可愛くて、活発な子だなあと。
何度も会ってたくさん話して仲良くなって。
自然な流れで王立学院入学の今年、婚約した。
王立学院入学の直前に婚約というのは、一つのパターンだよ。
領同士の思惑がある時は特に。
政略ではあるんだろうけど、気の合うソフィと婚約できて、僕はとっても満足なんだ。
ソフィは王立学院で演劇同好会に入った。
演劇というのはちょっと意外だったけど、とても毎日が楽しそうで。
僕まで嬉しくなった。
ハプニングは学園祭の日に起きた。
ソフィがカゼを引いて。
本番までには根性で治すって言ってその通りになったけど、他の同行会のメンバーが皆倒れちゃったんだって。
後で聞くまで知らなかったよ。
本番で予定してた劇ができなくて、ソフィ一人で披露したのがヒゲダンスなるユーモラスな踊り。
これがスラップスティック的な面白さがあってバカウケした。
追い込まれてこんなの急に思いつくなんて、ソフィすごっ!
演劇同好会がヒゲダンス同好会になっちゃったと笑っていた。
そんなソフィに相談された。
「フィルはどう思う?」
「どうって……」
熱烈なファンレターをもらったんだそうな。
要約すると大体こんな内容。
とても素敵なヒゲダンスでした、新しい芸術と言ってもいい、僕はとても感動しました、美しいあなたがあれほどコミカルなダンスを踊るなんて云々。
「由々しきことじゃない?」
「何が?」
「このファンレターをくれた人よ。多分令嬢ではなくて令息だと思うけど」
「だから何が由々しきことなのか、僕にはちょっとわからない」
「フィルはのんびりしてるわねえ。この差出人は、どう考えてもわたしを愛してしまっているでしょう?」
「ええ?」
どうしてそういう結論になったんだろう?
ソフィの発想はぶっ飛んでるところがあるなあ。
だからこそヒゲダンスみたいなものを咄嗟に思いつくんだろうけど。
「わたしには親愛なるフィルという婚約者がいるのよ?」
「うんうん、ありがとう」
「婚約者のいるわたしにこんなファンレターを送ってくるなんて破廉恥でしょう?」
「破廉恥かなあ?」
実害ないよね?
ちょっとソフィの破廉恥の基準がわからないけれども。
「この送り主の思いに私は応えてあげられないのだわ。何故ならわたしには愛するフィルがいるから」
「またしてもありがとう」
「ああ、可哀そうな送り主の方。あなたはわたしのファンなのに、わたしはあなたにヒゲダンスを踊ることしかできないの」
「十分なんじゃないの?」
「あら、フィルは冷たいのね」
ついさっきファンレターの送り主のこと、破廉恥って言ってなかった?
本当にソフィの感覚はわからんなあ。
そんなところも可愛いけど。
「で、フィルはどう思う?」
「いや、だから何が?」
「どう対応すべきかという、フィルの意見を聞きたいのだけれど」
「放っといちゃダメなの?」
「わたしの貞操の危機でしょう?」
「え? どうして?」
「だってこのファンレターからは、わたしに対する並々ならぬ関心と愛情を感じるのだもの」
どこから感じるんだろうな?
第六感かな?
でもその鋭敏な感覚もソフィの長所なんだろう。
「放っておきなよ」
「どうして? フィルはわたしのことが心配じゃないの?」
「この件に関しては心配していないよ」
「フィルは意地悪ね」
「いや、根拠があるから」
「根拠? ええと、わたしが心配しなくていい根拠ってこと?」
「うん」
「何なの? それ」
「そのファンレターの送り主は僕だってこと」
目が真ん丸になるソフィ。
だからアピールしなくても、可愛いことはわかってるって。
「フィルだったの? このファンレターくれたの」
「当日は演目変更の通知があってヒゲダンス? って思ったけど。すごいユニークで面白くて。後で他のメンバーがいなかったのに一人で場を持たせたって聞いて。なのにバカウケだったでしょ? 僕は感動したね」
「ありがとう。フィルがそんなふうに思ってくれていたなんて」
「筆跡で僕と気付いて欲しかったなあ。何だかんだ言ってくれたけど、自分の婚約者に手紙を書いたって破廉恥じゃないよ」
「そ、そうね」
「あれ、ソフィ動揺してる?」
「だってこのファンレターからは、わたしに対する並々ならぬ関心と愛情を感じるのだもの」
さっきも言ってたな。
そこは曲げないのか。
「フィルがこれほどまでにわたしを愛してくれているとは知らなかったのだもの」
「僕の愛が軽視されていたとは心外だなあ」
「ごめんなさい」
「でもファンレターに書いたのは、ヒゲダンスへの並々ならぬ関心と愛情のつもりだったけどね」
「フィルの意地悪!」
ふくれっ面のソフィも可愛いよ。
僕がソフィに並々ならぬ関心と愛情を持っているのは本当。
明るいところ、積極的なところ、諦めないところ、みんな好きだよ。
きっと僕らはうまくやっていける。
「ヒゲダンスに関心があるのは事実なんだ。僕も同好会に入れてくれないかな?」
「いいの? やった、待望の男子だわ!」
やっぱり喜んでくれるソフィが最高だな。
「フィルは女装してヒゲだからね」
「えっ?」
おかしなオチがついたぞ?
ソフィの思いつきかな?
でも生き生きしてるその表情も好き。
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