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事前情報
クー・シー…犬の妖精
「いらっしゃいませ。Café:Katze Waldへ……って、リッヒさん。お久しぶりです。お好きな席へどうぞ。」
ドアを開けると、穏やかな声に迎えられる。声の主は、この店の主人であるシュヴァ―ルのものだ。
「お久しぶりです、マスター。」
アーリッヒは、シュヴァールに挨拶をしながら、やはり、同僚を連れてくるのは難しいだろうか。と思う。なにせ、この店の主人、そして常連たちは皆どこかズレているのだから。
「リッヒさん。お久しぶりね。すこし見ない間に、痩せたかしら?だめよ、あなた細いんだから。」
お店の常連の一人でもあるクー・シーの貴婦人が声をかけてくる。
「いやぁ、最近いろいろありましてね…。マダムこそ、少し見ない間に、美しさに磨きがかかりましたね?」
「リッヒさんたら、お上手です事。」
おほほ、と朗らかにほほ笑むマダムは、お世辞ではなく、やはり美しい。窓際にいるからか、美しい長毛は光に透け、黒々とした瞳と、しっとりと濡れた鼻が際立つ。
「そういえば、アルカンシェルのほうで、異邦人が落ちたという噂、お聞きになって?」
「ええ。黒髪に黒い眼。年齢不詳の異邦人だとか。結局、何処が保護をするのでしょうかね。」
マダムが言う噂は、もちろんこちらにも届いている。異邦人とは、時に富みを、時には災いを運んでくる伝書鳩のようなものだ。この世界にはない知識を伝える者もいれば、界を渡る際に授けられる祝福を使用して暴虐を尽くす者もいる。今回の異邦人は災いを振りまくタイプではないといわれているが、どうなのだろうか。
「お話し中、失礼します。おしぼりと、メニューです。」
マダムと談笑をしていると、店主がおしぼりとメニューを持ってきた。相変わらず、足音もなく歩くものだ。
「あ、ありがとうございます。あーどうしようかな…。今日のおすすめとかあります?」
「どれもおすすめですが…。そうですね、軽食ならキッシュ…。とかいかがでしょう。」
「キッシュ!いいですね。じゃぁ、それでお願いします。」
「お飲み物はいかがいたしますか?あと、キッシュもいくつかフィリングがありますが、どれにします?」
「マダムと同じ紅茶と、フィリングは…サーモンのものと、キノコのものをお願いします。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
おすすめされたキッシュとやらを頼んでみたが、どのようなものなのだろうか。この店で提供される料理は、馴染みのあるものから、聞いたこともないものまで。しかし、店主が作る料理に不味いものはない。きっと、今日の料理もおいしいのだろう。
カウンター越しのキッチンには、滑らかな動作で作業する店主の姿がよく見える。動きに合わせて、ゆらりゆらりと揺れる尻尾。アーリッヒは魅惑の尻尾を尻目に、持ってきていた書類を取り出し、読み始める。
一枚目。可もなく不可もなく。決議に回す。
二枚目。却下。誰だこんなバカなこと考えたのは………あんのバッカ野郎、仕事増やしやがって。
三枚目。却下。学園の制服ぅ?それは学局に持っていけ。こっちは経済局だ。
四枚目。受理。春の感謝祭の予算案か。よくできている。
五枚目。
六枚目。
七枚目。
十枚目の書類に目を通し終わったころ、ふと、とてもいい匂いがしてることに気が付いた。紅茶のさわやかな香りに交じって漂う、香ばしい匂い。ふんわりと優しく、でもどこか嗅いだことのあるような匂い。そうだ、オムレツだ。ベーコンなどの具材をたっぷりと混ぜて焼いたオムレツ。これは、絶対おいしい。
薄い紙であっても、十枚重なれば少しは厚みがある。それらを紐で纏めて、鞄の中へとしまう。おいしい料理を食べる際に、書類は無駄だ。
「お待たせいたしました。サーモン、キノコのキッシュと紅茶です。キッシュはとても熱いのでお気を付けください。それではごゆっくり。」
再び、足音もなく近づいてきた店主が机に、皿を並べていく。一番大きなプレートには、一目で新鮮だと分かる野菜と、おそらくキッシュであろうものが彩りよく盛りつけられている。タルトのような、土台に、こんがりと色づいたフィリング。片方には、淡いオレンジ色と、白が見え隠れし、もう一方には、ほうれん草らしき濃い緑と、赤、きのこの茶色が見える。ことり、とおかれたカップには黄金色のスープがそそがれ、薄切りにされた玉ねぎがふわりと揺蕩っている。
どれからたべようか。いや、悩むまでもないか。
それでは、いただきます。
マダムの見た目は、人間才サイズの二足歩行のアフガンハウンドをイメージしてください。
そして、文章が定まらない。