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Café:Katze Wald へようこそ  作者: 跳びイワシ
プロローグ
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プロローグ あるいは回想

プロローグなのに~2000字~

ゆるっとのんびりしたお話(予定)


そこには何もなかった。

ただ、荒涼とした大地が広がるのみであった。

草木もなく、地を駆ける獣もなく、風すら吹かない。


そんな最果ての大地に、一滴の雫が落ちた。

透明でもなく、かといって色があるわけでもなく、光の加減によって何とも言えない姿をした欠片であった。

それは…。世界を生み出したる偉大なる管理者が、葛藤の末に下した命の欠片であった。


雫が地に染み込んだ。

薄茶の大地は一瞬、色を濃くしたかと思えば、元の色に戻ることなく、鮮やかな緑の葉を芽吹かせた。

芽吹いた葉は、瞬く間に天に伸び行き、光を遮るほどの木影を作り出した。


そこから先は一瞬である。

木に緑の実が実り、赤く熟し、落ちる。

落ちた実は一瞬にして腐敗し、その実に宿した種を大地に横たえる。

種からは芽が芽吹き、木となる。


木が広がり、いつの間にか獣たちが息づいていた。

獣たちは何処からか恵みを持ち寄り、さらにその地を良き地としていった。





獣たちにとっても、偉大なる管理者にとっても長い時間が過ぎ去った。

始まりの獣は、長い時を持つ二体しか残らず、他の獣はこの世を去った。

慌ただしき変動期が過ぎ、最果ての大地…否、最果ての森には穏やかすぎほどの時間が流れていた。


ちょうどそのころ、最果ての森から、遠い、ヒトという生き物たちが暮らす街にて、一つの命が生まれていた。


彼は、いわゆる『捨て子』だった。

親も居なければ、家もない。日々、街の裏側でごみを漁って生きる。そんな不運な生き物だった。

彼にとって、最大の幸運と言えば、彼がある女性に拾われたことだろう。

彼女は、街で料理屋を開いていた。彼女は料理屋の用心棒として、牙や爪を備えた男手を欲していたのだ。


彼と彼女は、穏やかな日々を過ごしていった。

朝起きて、料理を作り、店の掃除をし、客をもてなし…そして、寝る。そんなある日、彼女が一人の男を連れてきた。自分の恋人だと。その男もまた、料理人だった。

彼と彼女と男。三人になっても日々の暮らしは相変わらず穏やかだった。


何年だろうか。


彼が大人になったころ、彼女と男の間に、二つの命が宿った。儚くも力強い命だった。

季節がぐるりと廻ったころ、三人の暮らしは五人になった。

今までの穏やかな暮らしは何処に行ってしまったのか、賑やかな、でも笑いの絶えない暮らしが始まった。


双子はすくすくと育っていった。

彼の事を「黒のおじちゃん」と呼んで良くなついた。ただ、少し悪戯好きでもあった。小さな悪戯から、周りの人たちに叱られるような大きな悪戯まで、子供ができる悪戯は全てやったのではないか。そんな風に思わせる、利発な子供たちであった。


子供の成長とは早いものである。

瞬きの間に大人になってしまう。大人になった子供たちは、隣の町へと移り住んだ。


再び、三人での穏やかな暮らしが戻ってきた。

ただ、すこしだけ、彼女と男には焦りのような、不思議な感情が宿っていた。


7回ほど、暖炉に火を入れた。

7回ほど、花畑の中でピクニックをした。

7回ほど、川に遊びに行った。



7回目の冬ごもりの準備の季節。

三人での暮らしの終幕はいきなりだった。

朝、彼女が冷たくなっていた。


彼は、彼女の亡きがらに寄り添って静かに泣いた。

男は、彼女の亡きがらを抱きしめてむせび泣いた。

彼と、男が接している一点だけが暖かかった。


彼女がこの世を去り、彼と男だけの二人だけの暮らしが始まった。

相変わらず、穏やかな日々だったけれど、代り映えのしない、退屈な日々でもあった。

彼女を失ってから、男は一気に老けていった。

街娘たちを虜にしていた顔には皺が増え、意志の強い瞳は、うっすらとくすんでいた。髪はいつの間にか白くなり、背が少し縮んだ。

ただ、彼女が惚れ込んでいた料理の腕だけは変わらなかった。何を思ったか、男は、彼に料理のレシピを事細かに伝え始めた。


また、季節がぐるりと一周した。


二周した。


三周した。


もうすぐで、四週目。

男は床に臥せるようになった。ただ、男は彼にレシピを伝えることはやめなかった。

とっくの昔に、すべてのレシピは彼に伝え終わっていた。だが、男は季節が廻るように、繰り替えし彼にレシピを伝え続けた。


あと少しで五週目。

そんな秋の始まりに、彼もまたこの世を旅立った。


彼は、また、一人ぼっちになった。

三度ほど、彼はその地で秋を迎えた。

四度目の春が来た頃、彼はふと思い立って、旅に出ることにした。

彼もまた、老いていた。しかし、死ぬにはまだたっぷりと時間が残っていた。彼もまた、男のように、彼女と、男が大切にしていたレシピを誰かに伝えたいと思ったからだ。


彼の長い長い旅路が始まった。

いつしか彼は、ヒトとは違う姿になっていたけれど、それでも彼は歩みを止めなかった。


四度、五度、六度…。

季節の廻りは変わらなかった。

十度目の春が来た時、彼は永住の地を見つけた。


そこは、とても素晴らしい場所である。

迷い込んだもの、目的なく彷徨うもの、目指してきたもの、それらすべてを暖かく迎える陽だまりの洋館。つかの間の羽休めに最適な場所。


ドアを開ければ鈴の音が――

 ゆったりとした時間が流れる店。


「いらっしゃいませ。カフェ、Katze Wald(カッツェ バルト)へようこそ。」


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