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皇女と呪われた騎兵隊


〇 任務解除の儀式 〇


 ひたすら森の中を進んだ二人は、やがて気が生えていない開けた場所に出た。そこは戦後10年経った現在でも戦闘の傷跡が生々しく残っている場所だった。激しい砲撃によって形成された異様な起伏のある大地のあちこちには、朽ちた大砲や銃がその無残な姿を晒し、空間全体に陰鬱で不気味な雰囲気が漂っていた。


「着いた。ここら辺が連隊司令部跡だ」


 アルミンが目的地への到着を告げると、エーデルは目の色を変えた。


「ようやく着いたのね。私の荷物をちょうだい。準備するわ」


そう言うと、エーデルはからトランクケースをアルミンから受け取り地面に横たえると、鍵のダイヤルを回しケースを開けた。


 アルミンがケースの中を覗き込むと、その中身は軍服、軍靴、軍刀、勲章などの旧ゲールー帝国軍の軍装品の数々であった。


「おい、これら何をする気なんだ?戦闘中止を一言命令するだけだろ」


 しかし、エーデルは首を横に振った。


「そんな簡単な事ではないのよ。戦闘中の兵士にいきなり武器を置けと屈辱的な命令するわけだから、万事厳粛に行わなくてはならない。まぁ一種の儀式ね。だから、それ相応の服装をするのよ」


 そう言い放つと、アルミンの目も憚らず、エーデルはその場で服を脱ぎ始めた。エーデルはトランクケースから軍服を取り出し、袖を通した。それは、黒を基色とした詰襟の上着とロングスカートという姿で、そこに銀のモールや肩章で装飾が施されていた。腰には軍刀を帯刀し、首元には鉄十字の勲章を付け、頭には前面に髑髏マークが入ったバズビー帽を被った。厳かな軍服とエーデルの清廉な顔つきはよくマッチし、その軍服姿は正に帝国の皇女といった風体であった。


 ちなみに、アルミンの拷問による顔の傷は残っていたものの、出血は止まり、腫れも引いてしまっていた。何という回復力だろうと、アルミンは内心驚いた。


 とにかく着替え終わると、エーデルはケースから軍隊が合図で使う小型のラッパ、いわゆるビューグルを手に取り、馬にサイドサドルで乗るとアルミンの方を向いた。


「これから儀式を始めるけど、あなたには危害を加えないから安心してちょうだい。ただし、私の傍から離れてはいけないのと、絶対に邪魔をしてはならないわよ」


アルミンは頷いた。彼にはこれから何が始まるのか見当もつかず、不安と恐怖心が込み上げてきたが、エーデルに素直に従うしかない。


 既に日は沈んでおり、周囲は暗闇に包まれ、月明かりだけがアルミンとエーデルを照らしていた。


 エーデルはビューグルを口につけ、甲高く短い同じ旋律を繰り返し吹き、森中に轟かせた。それはゲールー陸軍における集合の号令であった。


 すると、どこからともなく馬の鳴き声と蹄が土を打つ音とともに、四方から数百はいるであろう馬に乗ったゲールー騎兵たちが現れ、軍隊的な動きでエーデルことクラウディア皇女の前に整列していった。


 彼らの軍服はボロボロで、肉体は腐り、中には顔がミイラ化している者までいた。しかし、どの兵士も軍人らしく背筋を伸ばし、真剣な眼差しを元皇女に向けていた。


 集まったゲールー兵の中にはアルミンが悪夢で見たあのカイゼル髭の将校もいた。その将校は整列した部隊の前へ歩み出て軍刀を抜き、元皇女に対して最敬礼をした。


「総員!クラウディア皇女殿下に対し、敬礼!捧げぇぇぇぇぇぇぇぇぇ刀っ!」


 カイゼル髭の将校のけたたましい号令を合図に、兵士たちは一斉に抜刀し、剣を身体の中心で構える捧げ刀の敬礼をした。


 エーデルも抜刀し同じ敬礼でこれに応える。


 敬礼の挨拶が終わるとカイゼル髭の将校は再び大声をあげた。


「報告します!ロイトバイン騎兵連隊、総員四千名、只今集合完了いたしました。全員、戦闘により肉体こそ失いましたが、魂と士気は未だ健在であり、任務継続中であります!」


 エーデルはサーベルを収めると、ゆっくりと、はっきりとした声で兵士たちに語りかけた。


「よくぞ言ってくれた!それでこそ自慢のロイトバイン連隊だ!中世の騎士たちにも負けない、貴公らの立派な忠誠心には皇室を代表して敬意を表す!しかし、私には貴公らに謝らなくてはならないことがある。今日はそれを伝えに来た」


 ここでエーデルは込み上げる感情をこらえようとして言葉を詰まらせつつも、皇女であった自分の我儘がきっかけで皇帝が無謀な死守命令を下してしまったことや、敗北の責任をすべて現場に押し付けるような形で、連隊に呪いをかけるまでの一連の経緯を赤裸々に語った。そして、最後に頭を深々と下げ、謝罪した。


「本当に申し訳なかった」


 頭を上げるとエーデルは続けた。


「私は元皇帝より、魔術的な全権を委任されてきた。ロイトバイン連隊の全将兵に命ずる。貴官らの任を解く。即刻戦闘を中止し、部隊を解散せよ。そして、安らかに眠ってくれ」


 遂に元皇女直々に任務解除が言い渡された。しかし、ゲールー兵たちは微動だにせず、何の反応も示さない。


 少しの沈黙の後、カイゼル髭の将校が口を開いた。


「殿下、恐れながら、それだけなのですか?褒賞はないのですか?」


「えっ」


 エーデルは驚きの表情を浮かべた。


「殿下、戦時中から今に至るまで、我が連隊には何の栄光もありませんでした。騎兵隊という時代遅れのお荷物部隊として、何の武勇も残すことができず、ひたすらに敗け続け、屈辱を舐めてきました。そして、必死に戦ったのにも関わらず呪いをかけられて、戦後10年間、こんな醜い姿になりながら苦しみ続けて来ました」


 カイゼル髭の将校は次第に怒りを露わにして話を続けた。


「そんな我々の激しい無念さを、ただの労いや称賛の言葉で晴らすことはできません!まず、我々を生き返らせてほしい。そして、金銭や土地で報いていただきたい!」


 皇族の命令には絶対服従であったはずの部隊が、物を申し立てて来たことは、エーデルことクラウディア皇女にとって完全に予想外であった。しかも、エーデルが任務解除の命令を下したのに、亡霊たちには何の変化も見られない。命令を拒絶しているのである。


 エーデルは動揺しつつも言い返す。


「た、確かに、あなたの言うことは至極当然だわ。そもそも、すべての責任は私や父や軍の司令官達にある。でも、でも、できないのよ。今の私には何の力も財力も、死者を生き返らせるだけの魔力もない。ただの貧しい平民になってしまった。ごめんなさい......だから、あなたたちには、せめて軍人としての誇りを保ったまま、天の世界へ旅立って欲しいのよ。どうか承服して欲しい」


「そういうことでしたら、我々はここで亡霊として戦い続けます。あれだけ振り回しおいて、今になって任務解除などバカバカしい。そもそも、なぜあなたが来たんです?命令を出した参謀総長や元皇帝はなぜ来ないんですか?彼らが来て謝罪すべきだ!ふざけやがって!」


 いよいよカイゼル髭の将校は、乱暴な言葉遣いでエーデルを罵り始めた。


 この部隊は誇りある騎兵隊などではなく、ただの盗賊集団だな。二人の応酬を後ろから見ていたアルミンは、このロイトバイン連隊をそう認識した。

 要するに、最初は優秀かつ模範的な部隊だったのかもしれない。しかし、戦場で戦果をあげられなかったことや、皇帝から理不尽な扱いを受け続けたことで、忠誠心と規律を忘れた。そして、兵士たちは利己的な考え方をするようになり、戦中は略奪を繰り返し、死んで亡霊になった後も住民を襲っていたというわけである。そう考えると、アルミンの村を襲い虐殺を行った理由も合点がいくような気がした。


「待ちなさい!他の者もこの将校と同じ考えなの!数百年の歴史を持ち、皇室に仕えてきた名門部隊の兵士が、そんな傭兵のようなことを言うのか!」


 エーデルは涙を流し、まるで泣き叫ぶようにして、大勢の兵士たちに向かって必死に呼び掛けた。もはや元皇女としての威厳は無かった。信じていた部隊に裏切られ、元皇女としてのプライドを完全に折られてしまっていた。


 兵士たちは沈黙したままであったが、彼らの眼差しはエーデルを睨みつけ、カイゼル髭の将校と同意見であることを訴えていた。


「戦争はとっくに終わったのよ!残念だけどゲールー帝国もその皇室も滅びてしまった。しかもここは外国で、あなたたちは侵略者のままなのよ。そんなの可哀そうすぎるわ。祖国ゲールーはこれから復興するわ。それなのに、あなたたちだけ時代に取り残されるのよ!」


「頭の中がお花畑の深窓の令嬢だったくせに、父親に似て口だけは達者ですな。しかし、革命で墜落した哀れなお姫様の戯言なんて聞きたくありません。早く帰って、あなたの元皇帝や参謀連中に頼んで、我々への正当な報酬をご準備ください。そうしない限り、我々はここで敵国人であるホルム人を襲い続けます」


 エーデルの必死の説得に対して、カイゼル髭の将校は横柄な口調で言い放った。

 その瞬間、エーデルは何かが吹っ切れたかのように急に真顔になり、狩人のような目でその将校を睨みつけた。


「ホルム人はもう敵国人じゃない」


 エーデルはそう言うと、カイゼル髭の将校に近づいて行き、おもむろに軍刀を抜き、目にもとまらぬ速さで太刀を振るい、その首をはねてしまった。


「何とか名誉ある最期にしてあげたいと思ったけど、ダメなようね。私の命令が聞けないというのなら、お前たちは皇室に仇名した逆賊だ、全員の軍籍を剥奪する。亡霊のまま不名誉除隊扱いとなるから、戦死者の魂が集う地と言われるヴァルハラには行けない。地獄に落ちよ」


 鋭い口調でそう宣言すると、エーデルは呪文を唱え始めた。すると周囲の兵士達は一斉に凄まじい悲鳴をあげ始め、乗っていた馬もろともその身体が発火して火だるまになり、地面をのたうち回った。


 亡霊たちを焼く炎は勢いを増し、凄まじい断末魔が響き渡った。あまりの光景にアルミンは馬から飛び降り、しゃがみ込んで頭を手で押さえた。


 しばらくすると、叫び声も炎も段々と収まっていき、アルミンが気が付くと、兵士達は跡形もなく消え去り、静寂が戻った森の中でエーデルと二人だけになっていた。


「終わったわ」


 そう力なく呟いたエーデルは涙を流していた。



〇 その後 〇


 夜も更けていたので、二人はその場で野宿することにし、焚火を囲った。


 エーデルは儀式で着ていた軍服を焚火にくべて燃やし、軍刀もへし折ってしまった。ロイトバイン連隊の名誉連隊長としての自分と決別したのである。


 しかし、彼女は穏やかであった。


「任務解除という最初の目的とは違う結果になったな」


 燃えていく軍服を見つめるエーデルに、その心境が気になったアルミンは話しかけた。


「そうね、命令一つで解決できるなんて甘い考えだった。革命と内戦では、皇女という身分を失って、色々な人たちから散々裏切られた。それなのに、自分にはまだ、兵を従えられる権威と信頼が残っていると思い込んでいた。本当にバカだった」


「そう言うわりには、あんまり落胆してないな」


「正直に言うと。人生で初めて皇女らしいことができて、よかったと思ってるからよ」


「皇女らしいこと?」


「つまり、誰かにやってもらうのではなく、他人のためになるようなことを自分の手で行えたことよ。ホルム人を亡霊たちの恐怖から解放することができた」


 ゲールー人から直接ホルム人への思いやりの言葉を聞いたアルミンは、驚いてしまい、返す言葉を見つけられなかった。


「そういえば、あなたの復讐のことだけど、ロイトバイン連隊の責任は私が取る。私の身柄はあなたに託す」


 エーデルはアルミンに彼の復讐を切り出した。


 だが、当のアルミンは考え込んでしまった。

 ここにきて、エーデルに対する彼の心境は複雑だった。ロイトバイン連隊が殺戮を行った元凶は、間違いなくエーデルことクラウディア元皇女にある。しかし、自分の力で誇りにしていたその亡霊兵の部隊を、しっかり排除してくれた。


 そんなエーデルを見て、アルミンは自分も社会的義務を果たしたいという欲求に駆られていた。さらに、彼の脳裏に浮かんだのが、アルミンがエーデルを森に連れていくことを、仕事の一環だと思って応援してくれている継父母だった。そうして、自分は継父母の気持ちを大切にするために、案内人としての役目を全うしようと、彼は考えをまとめたのだった。


「正直、赦すとか断罪するとか、その基準がよく分からなくなりました。下手な復讐劇はやめにして、職責に専念することにします」


「わかったわ」


「夜が明けたら宿へ戻りましょう。それと案内料のダイヤはいりません。あなたに殺人未遂を犯しましたので、案内人として受け取れないです。もう休みましょう」



 その夜、アルミンは再び夢を見た。


 焼かれたはずの家の食卓で、死んだはずの両親と共に昼食を取っている。その時、家の戸を激しく叩く音が響いたので、アルミンが扉を開けると、興奮状態の村人たちが集まっていた。しかも、そこにいた村人はロイトバイン連隊に殺された人々であった。


「ゲールー兵はいなくなりました!ヒュルトゲンは完全に解放されたんです!アルミン、君のお陰です!」


 アルミンが両親の方を向くと、二人とも微笑んでいた。


「これでいいんだ」


 そう父親は言った。


 そこでアルミンは夢から目を覚ました。目から涙が流れていたが、その気持は心の霧が晴れたかのようだった。


 翌日の朝、アルミンとエーデルは宿に戻った。


 継父母は、エーデルが満足した様子で戻ってきたのを見て、よくぞ接客を頑張ったなと、アルミンを褒めた。


 エーデルことクラウディア元皇女は、未だに政情が不安定のゲールーへ帰国していった。


 アルミンは森での出来事やエーデルの正体を誰にも明かさなかったため、ヒュルトゲンの村では、彼以外にゲールーの亡霊兵が消滅した本当の理由を知る者はいない。ともあれ、亡霊の恐怖から解放されたことで、ヒュルトゲンはようやく本当の終戦を迎えることができたのだった。



(終)



ご精読いただきありがとうございました。


西欧の王女の公務の一つにある”名誉連隊長”を題材にした物語を書きたくて、書いたのが今回の小説です。それなら王女を主人公にしろよ、って話なんですけど、まだまだ王室と軍隊の勉強が不足しているので、真正面から描けませんでした。まぁ、いずれ書きます。

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