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ゲールー帝国第一皇女クラウディアへの復讐


〇 出発 〇


 翌日の早朝、アルミンとエーデルの二人は宿を出発した。


 出発の直前、アルミンは宿の経営者である継父母のもとを訪れ、エーデルがゲールー人であることや復讐計画を打ち明けようとした。しかし、二人はアルミンが妙齢の女性客を森まで案内することを知ると、彼の親切心とサービス精神を誉め、接待を頑張るよう声援まで送ったのだった。


 継父母とアルミンには血のつながりこそなかったが、二人は戦争で両親を失ったアルミンを引き取り、実の息子のように大切に育ててくれた。そんな二人が見せる優しさの目の前で、自分の闇の面をあら露わにしまうと、継父母の深い愛情を蔑ろにしてしまうような気がして、結局アルミンは本当のことを何も言えないまま、宿を後にしてしまった。


 アルミンとエーデルはそれぞれ馬に乗り、アルミンが先導する。エーデルは相変わらずトランクケースを大事そうに馬に載せ、アルミンは猟銃を担ぎ、ロープや工具なども持った。


「ずいぶん大荷物なのね」


 エーデルはアルミンの荷物の多さを不思議がって聞いた。


「まぁ、道中、何があるか分かりませんから」


 アルミンは素っ気なく応えた。


 エーデルの目的地は森の中心部に位置する連隊司令部跡であった。森に立て籠もったゲールー軍ロイトバイン騎兵連隊が司令部を構えた場所であり、広いヒュルトゲンの森の中で最もゲールーの亡霊兵士が出現する頻度が高い呪われた地である。


 しかし、アルミンはまっすぐ連隊司令部跡に向かうつもりはなかった。アルミンにとってエーデルが何者で、ヒュルトゲンにやってきた目的を探るのが先決だった。司令部跡まで本当に案内してやるのかどうかは、エーデルの正体を暴いてから考えることにしていたのだ。場合によってはそのまま殺してしまうつもりでいた。


 森へ入ってからしばらく行ったところで、アルミンは行動を起こした。おもむろに休憩しようと提案して、エーデルに水筒を手渡した。手渡された水筒をエーデルは何気なく飲み、そして数分のうちに急にバタンと倒れ込んでしまった。水筒には強力な睡眠薬が仕込まれていたのだった。ちなみに、その睡眠薬は占領期間中にホルムのレジスタンスが調合し、アルミンの村に隠匿していったものである。




〇 尋問と拷問 〇


 エーデルは目を覚ますと体の自由が利かなくなっていた。意識が朦朧としながら身体を確認すると、自分の身体が木に縛り付けられていることに気が付いた。


「目が覚めたようだな」


 目の前には猟銃を構えたアルミンが立っていた。


「あなた、これは一体どういうことなの」


 自分の置かれた状態に困惑するエーデルを他所にアルミンは尋問を始めた。


「ちょっと睡眠薬で眠ってもらったのさ。それより、僕の質問に答えてもらう。あんたはゲールー人だろ。ここへは何しに来た?」


 エーデルは焦りの表情を浮かべ、アルミンから目をそらした。


「突然何なの?私がゲールー人ですって?何バカなこと言ってるの。難癖付けてダイヤを脅し取るつもり?」


「とぼけるな。僕が田舎者だからってなめるなよ!」


 そうアルミンは怒鳴り、昨夜エーデルから貰ったダイヤモンドを突きつけた。


「このダイヤに描かれている紋章はゲールー軍のとある部隊の紋章だな。なんであんたがこんなものを持ってるんだ?それにあんたのホルム語の発音だけど、ちょっと違和感がある。思えばゲールー語に似てるんだよ」


 エーデルはしまったという顔をしたが、そのまま黙り込んでしまった。


「僕の家族はゲールー兵に殺された。村の人も大勢殺されたから、ゲールー人にいずれ仕返しをしてやりたいと今日まで思い続けてきた。だから黙ってるなら、ここであんたを殺す。言っておくが楽には死なせないぞ。でも、本当のことを話せば、別の道を考えてやってもいい」



 アルミンは積年の憎しみを沸々とたぎらせて畳みかけた。

 エーデルは彼の殺意に満ちた目を見て、もはや言い逃れができないと観念したのか、大きく深呼吸すると開き直った様子で話し始めた。



「やっぱり素性を隠し続けて、かつての敵国に潜入しようなんて甘い考えだったわね。そう、私はゲールー人よ。エーデルという名前も偽名よ」


 そこで、エーデルは少し間を開けてから堂々と言い放った。


「私の本名はクラウディア・フォン・シュヴァーベン・ゲールー。旧ゲールー帝国の元第一皇女よ」


「えっ」


 エーデルの予想外の正体に、アルミンは驚きを隠せなかった。


 ゲールー帝国の皇帝には子供が何人かいたが、その一人娘にして長女がクラウディア皇女であった。大軍事国家ゲールーのプリンセスであり美人であっただけに、戦前から世界的に注目されることが多かったため、田舎育ちのアルミンでも何となくこの皇女の存在は知っていた。


 しかし、ゲールー帝国では大戦末期に戦争の負担に耐えかねて革命が勃発し、そのまま敗戦を迎えた。 

帝政は崩壊し、封建体制も消滅し、帝国軍も解体された。皇帝は敗戦の責任を追及されて退位し、皇后と共に他国へ亡命。軍務に就いていた皇太子たちも全員国外追放されたり処刑されたりした。だが、軍事や政治に殆ど関わりのなかったクラウディア皇女だけは戦争責任を問われず、彼女の皇族としての地位と財産は剥奪、没収されるも、皇帝一家の中でただ一人ゲールー国内に留まることが許されていた。


「ちょ、ちょっと信じられないが、あんたが本当にクラウディア姫だったとして、何の用でヒュルトゲンの森へ来たんだ。ただ供養をしにきたわけじゃないだろう」


「皇女時代、私は名誉連隊長を務めていたのよ。ヒュルトゲンの戦いで散ったロイトバイン騎兵連隊のね」


「あんた、あの部隊の隊長だったのか」


「そうよ。まぁ名誉職だったから実権はなかったんだけど。それでも、兵士たちからは精神的な拠り所とされたわ。ここへはその責務を果たすために来た」


「責務ってどういうことだ?あの部隊は10年も昔に全滅しているんだぞ。もしかして、あいつらが亡霊になっていることと関係があるのか?」


「察しが良いわね、その通りよ。でも説明するには、戦時中のことを話さないといけない。そう、あれは世界大戦も末期のことよ……」


 それから、エーデルは過去を振り返るように語り始めた。



〇 ロイトバイン連隊への呪い 〇


 ロイトバイン騎兵連隊は、中世の時代にその原型となる騎士団が創設されて以降、数百年間、クラウディアの王家に仕えてきた名門部隊であった。宗教戦争、7年戦争、ナポレオン戦争、普仏戦争など、数々の戦争で活躍し、精鋭部隊として皇室からの信頼も厚い権威ある部隊であった。


 エーデルことクラウディア皇女は16歳で、この部隊の名誉連隊長に就任した。名誉職とあって指揮権は無かったものの、クラウディアは同部隊を強く誇りに思い、外国の王侯貴族に自慢するほどであった。


 しかし、10年前に終結した世界大戦では、ロイトバイン騎兵連隊の名声は地に落ちることとなる。


 この世界大戦では、歴史上初めて戦車、航空機、機関銃、毒ガスといった機械化・科学兵器が本格投入されたため、かつて戦場の花形であった騎兵隊は時代遅れの兵科となり、第一線では戦えなくなってしまったのである。

 ロイトバイン連隊も前線から後方へと回され、占領地域の治安維持が主な任務とされてしまう。



 自身が名誉連隊長を務める名門部隊の悲惨な現状に対し、クラウディア皇女は不満だった。そんな折、ちょうどロイトバイン連隊が駐留するゲールー占領下のホルム王国に解放軍の侵攻が始まった。これをロイトバイン連隊を活躍させる絶好の機会と考えたクラウディアは、ゲールー皇帝である父親に、同連隊に手柄を立てさせるようせがんだ。皇帝も愛娘からの願いとあって熟考したことと、兼ねてから皇室お墨付き部隊の不調を問題視していたので、同部隊が駐留していたホルム王国ヒュルトゲン地方の死守を命じたのである。

 

 この時、解放軍の兵力はロイトバイン連隊の数倍で、戦車部隊も含まれていたことから、同連隊に勝ち目は無かった。さらに、ヒュルトゲンという地方に防衛するほどの戦略的価値は無かった。そのため、この皇帝の命令は、軍事的目的よりも皇室の面子と娘の願いを優先したことによる、非現実的で愚劣な判断であったと言わざるを得ない。


 しかし、一応皇帝を弁護すると、この時期の皇帝は将軍や参謀たちから嘘の戦況報告ばかり聞かされていたので、正しい戦術的な判断ができなくなっていたのも、また事実であった。

 ゲールー帝国はあまりに軍事を優先して発展してきたため、軍部の力が皇帝の権力を凌ぐほど強くなってしまい、大戦末期には皇帝は最高権力者でありながら、参謀本部や陸軍省の操り人形に成り下がるという異常な状態が生まれていた。


 この軍と皇帝との関係がロイトバイン連隊の運命を決定したとも言える。


 ホルム防衛にあたり、皇帝は参謀総長にゲールー軍に勝ち目があるかどうか相談をした。


「ホルムに侵攻してきた解放軍の兵力は大軍だから、わが軍の部隊を撤退させた方がいい、という意見もあるようだが、どう思うか?私は百戦錬磨のロイトバイン連隊がいれば、十分だと思っているのだが」


 相談を受けた参謀総長は胸を張った。


「陛下のおっしゃると通りでございます。撤退論など敗北主義です。解放軍の兵士たちは練度が低く、我がゲールー帝国軍の敵ではありません。強靭なロイトバイン連隊であれば数倍の敵と互角に戦えるはずです。この苦境を打開してくれましょう」


「しかし、そうするとロイトバイン連隊は孤立するな。補給が無くても戦えるか?」


 お気に入りの名門部隊のこととあって、皇帝は慎重になって質問を重ねた。


「確かに弾薬と糧秣の不足は問題です。しかし、現地調達で何とかなるでしょう。徴発命令を出して、戦闘前に現地の村で物資を確保させておけば十分だと思います」

 

 参謀総長は自信満々に応えた。


 見聞きするあらゆる情報を制限され続け、正確な状況判断ができなくなっていた皇帝は、参謀総長から聞かされるすべての意見を鵜吞みにし死守命令を下したのだった。



 しかし、ロイトバイン騎兵連隊は苦戦することとなった。

 現地調達を命じられたロイトバイン連隊はヒュルトゲン地方の村々で物資を確保しようとするも、不足を補うことはできず、兵力と物量に勝る解放軍に押され続けた。そして、ヒュルトゲンの森に追い込まれた挙句、無残に全滅してしまったのである。



 全幅の信頼を寄せていた名門部隊の全滅を聞かされた皇帝は激怒した。


「我が娘を名誉隊長に戴いておきながら、低俗の解放軍に負けるなど、あの連隊は我が軍の恥さらしだ!この敗北は皇室への裏切りだ!あの連隊の兵士たち、ただでは済まさぬぞ」


 そう罵ると、皇帝は呪文を唱え始め、ロイトバイン連隊の戦死者たちに、皇室に代々伝わる古代ゲルマンの魔術であるメルゼブルクの呪いをかけた。それは、戦死したのに永遠の眠りにつくことができず、怨霊となって自分たちが戦死した場所で、永遠に軍規に縛られて彷徨い続けなければならない、という懲罰の呪いだった。



「これがヒュルトゲンの亡霊兵士の真相よ。私も戦後、自分で調査を進めてこうした経緯を知ったわ。私の父のかけた呪いが亡霊を生んだというわけよ」


 エーデルは悲壮な面持ちで言った。



〇 アルミンの怒り 〇


「とりあえず亡霊兵士の経緯は分かった。それで、あんたは何をしに来たんだ?」


 アルミンは聞いた。


「亡霊たちのところへ行って、皇族の血筋であり彼らの名誉連隊長でもある私が呪いを解いてやりたい」


「どうやって?」


「亡霊たちに任務解除を命じるのよ。そうすれば、軍規の呪縛から解放し、成仏させることができる」


「残念だけど、亡霊兵士は魔術師が除霊してくれる予定だ」


 アルミンは冷淡に返した。


「それじゃダメなのよ!私は任務解除によって、彼らを軍人としての敬意をもって黄泉の国へ送り出してあげたいのよ。そもそも、ロイトバイン連隊が全滅したのは私の我儘が原因よ。未熟な皇女だったにせよ、本当に愚かなことをしたと思う。その責任を取るために、任務の解除を命令して名誉ある最期を遂げさせたいのよ」


 エーデルは必死に思いの丈をい訴えた。しかし、アルミンの方からしてみれば、ゲールー側の事情などどうでもよい話だった。


「あの、一つ聞きたいんだけど、あんたのその気持ちを、なんで僕が尊重してやらないといけないんだ?」


 アルミンの内面では彼女に対する憎悪が煮えたぎっていた。

 エーデルが言う任務解除をしてしまったら、結局、両親や村人を殺したロイトバイン連隊は何のお咎めも無しに成仏してしまう。アルミンにはそこが納得いかない。


「さっきも言ったが、あんたの部隊は、僕の両親や村人を殺し、村のあらゆるものを奪っていった。そんな連中に名誉ある最期だ?ふざけるな!あんたたちが現地調達の命令を出したせいなんだぞ!それなのに、残虐行為については何も思わないのか?」


 エーデルは困惑し、苦し紛れになった。


「そ、そんなこと言われたって。そんな話、ここにきて初めて聞いたし。私のロイトバイン騎兵連隊が、そんなひどいことしたなんて、信じられない。あの連隊は、帝国軍の中でも最も騎士道精神を重んじる、誇り高い部隊だったのよ!民間人に手を出すはずがないわ」



 ホルム人への配慮がなく、中々事実を一切受け入れようとしない元皇女に、アルミンの怒りは遂に頂点に達し、彼女の処遇を決めた。


「そうか!もういい!そしたら、あの世であいつらに直接聞いてみるんだな!」


 そう言い放つと、アルミンは鞭を取り出し、エーデルの顔面を思い切り打った。まるで積年の恨みを晴らすように、顔だけでなく、上半身も鞭で何度も打った。

 そもそも、この女自身が自白した通り、ロイトバイン連隊がヒュルトゲンで悪行を働いた元凶はこの元皇女なのだ。そう思うと、怒りは激しくなりアルミンの鞭を振るう力は強くなった。


 数十回も鞭を打たれ続けたエーデルは、最後にはぐったりとした。彼女の服はボロボロになり、その美しい顔は腫れあがり、血まみれとなった。


 エーデルの美貌を破壊できたところで、アルミンは拷問を終わりにし、彼女の口に猿轡を噛ませ、木に縛り付けたままその場に放置することにした。


「ここは獣道だ、狼や熊がよく出る。生きたまま食われろ」


 最初はエーデルを銃殺しようと考えていたが、収まらない怒りから、なるべく苦しませて死なせようと思い立ったのだった。



 後始末を終えると、アルミンはエーデルに唾を吐きかけてから、馬に跨りその場を後にした。




〇 帰路 〇


 こうして、アルミンは戦時中にゲールー軍によって虐殺された両親と村人の仇を打った。


 しかし、いざ復讐を果たして感情が落ち着いていくと、アルミンは自分のやったことは本当に正しかったのかと自問自答し始めた。それは殺人を犯したことへの罪悪感からではなく、アルミンが業務の一環で客人を接待していると思い、応援してくれている継父と継母への申し訳なさからであった。


 もちろん、継父母にエーデルがいなくなった言い訳はいくらでも思いつく。しかし、アルミンは元来誠実な人間である。その純粋さゆえに感情的になりやすいという欠点は、彼自身も自覚している。そのため、独断で判断せずに、まずは継父母や村の者たちと、相談すべきだったのではないかと、今更、彼に悩みが生じた。


 やるせなさからポケットに手を突っ込むと、エーデルからもらったダイヤモンドが入りっぱなしになっていたことに、アルミンは気づいた。一応、案内料は受け取ったままになっていた。


 そうこうしながら森を進んでいると、アルミンは背後から何やら殺気を感じた。振り返ると、そこには狼の群れが唸り声をあげて彼を狙っていた。


 アルミンと目を合わせた狼たちは、一斉に彼に襲い掛かった。


 アルミンは担いでいた猟銃を急いで構えたが間に合わず、狼の1頭目がアルミンの乗る馬に突進した。馬は驚いて跳ね上がり、その勢いで彼は猟銃と弾薬ベルトを落としてしまった。


 もはや逃げるしかない。アルミンは馬を全力疾走させた。しかし、荷物を載せた馬にスピードが出せるはずもなく、少しの逃走劇の末、彼の乗った馬は狼たちに囲まれた。

 

 混乱した馬は暴れまわったため、アルミンは落馬し、一緒に落ちたエーデルのトランクケースを盾にし、これを振り回して応戦した。


 だが、やがて疲れ果て、抵抗する気力を失い最後を悟った。


「これは自分勝手な復讐への天罰だろうな」

 

 アルミンはそう観念した。


 狼たちが彼にとどめを刺そうとしたその時、銃声が立て続けに鳴り響き、途端にアルミンに飛びかかろうとした数頭の狼が血を吹き出しながら倒れた。


 驚いたアルミンは周囲を見渡した。すると、遠くに、猟銃を構えたエーデルが見えた。


「そんなバカな!」


 アルミンは我が目を疑ったが、その人物は先ほど置き去りにしたはずのエーデルに間違いない。


 狼たちは標的をアルミンからエーデルに切り替え、彼女目掛けて突進し始める。しかし、彼女は慣れた手つきで銃に弾を込めると、冷静に狙いを定め、素早い動きで迫ってくる狼を次々と撃ちぬいたのだった。その射撃スキルの高さにアルミンは唖然とした。


 思わぬ強敵の登場に、恐れをなした残りの狼たちは逃げ去っていった。


 エーデルは銃を構えたまま足が竦んだアルミンの傍まで近づいてくると、彼を見下ろした。その目は皇女というより狩人のように鋭く、いくつもの苦境を乗り越えてきた凄みが感じられた。革命で墜ちて以降、かなり苦労したようである。


「大丈夫?」


 エーデルはアルミンに平然と声をかけた。


「いや僕のことより、あんたは、どうして生きてるんだ。あんなに殴って縛り付けたのに!」


 状況が呑み込めず、混乱状態のアルミンは叫んだ。


「私は革命と内戦で拷問は何度も受けてきたけど、あなたの拷問はかなり雑だったわよ。鞭で拷問するときは相手を裸にしないと意味無いのよ?それに縛り方も素人ね」


 エーデルの話に、アルミンは茫然とするばかりだった。先ほどの射撃能力も踏まえるとエーデルは簡単な相手ではなく、彼女を甘く見すぎていたことにアルミンは気づいた。

 やはり、一時の感情に流された自分がマズかった。動物に食わせようなどと余計なことは考えずに、その場で撃ち殺しておけばよかったと、アルミンは後悔の念に襲われた。


 エーデルは彼に銃口を突きつけたまま話し始めた。


「あなたの私への憎しみは恐ろしい。だけど、私には、哀れな臣下の任務を解除するという、果たさなければならない務め、というか責任がある。だから、改めてお願いする。連隊司令部跡まで案内して欲しい」


 アルミンにエーデルの依頼を断るという選択肢はもはや無かった。

 仇敵を殺し損ねた自分が不甲斐なくて仕方なかったうえに、その相手に命まで助けてもらったので、もはや殺意など湧くはずもなかった。なにより復讐に迷いが生じていた彼には、エーデルが生きていてホッとした部分もあったのだ。


「分かった。案内する」


 アルミンは遂に承諾し、放り投げてあったトランクケースを手で拾い上げて道案内を再開したのだった。


次回は最終話で、本日中に投稿します。

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