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私は悪い魔女じゃないよ  作者: あんころもち
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1.ジター村



 嗚呼、あれから何年経ったのだろう。


「シルは、さ。この戦いが終わったら、何したい?」


 毎日戦って、傷ついて――それでも、貴女は辞められなかった。


「私? 私は……」


 最高の力を持って生まれてしまった……聖騎士。人を超えし者、超人と持て囃されようとも、貴女は私と違ってただの少女だ。


「したいこと……か。出来る、かな? なーんか、叶いそうにないんだよねー。はは……」


 あの時の、乾いた笑みが忘れられない。それは、生存を諦めているような……力のない声だったから。


 神は平等だ。貴女のような方に力を渡したというのに、あのような愚者にまで力を渡している。本当に……どこまでも、平等だ。


「――え?」


 だから私から、伝えた。本当に些細なお願いを。


「それって――ふふ、あははっ。うん、そうだね。初めての、シルのお願いだもんね! 叶えないとっ」


 嬉しいと、私を抱き締めてくれた貴女の身体が震えていたのを……私は、覚えている。何年経とうとも、覚えている。


 私はそのお願いが、貴女の為になるとは思っていなかった。あの頃の私は人というものを理解していなかったから。そんな私でも、貴女の震えが収まっていった理由くらいは、分かっているつもりだ。


「シル、私も一緒のお願いにしようかな」


 だから貴女の安堵した、輝いた瞳を見たら――私も嬉しくなった。


「頑張ろうね、シル」


 嗚呼、あれから何年経ったのだろう。人生で最も幸福だった、あの頃から。


「――ありがとう」


 私、シルヴィア・ステラートは今でも待っている。些細なお願いが、成就される時を――。

 


S.292 ジター村



 この世界には幾つもの種族が存在している。人間はもちろんの事、エルフやドワーフ、ドラゴンに竜人、獣人、妖精、魔族。出会った者は少ないが、天使や悪魔まで居ると言われている。


 そしてこの世界を作りだし、管理しているのが女神≪ラキュリウス≫。女神は全ての種族を愛している。当然ながら、どこまでも平等に――自らが生み出した者達の子孫達を見守っているのだ。


(平等……)


 何度も読んだであろう、教本の序文にある神話の一説を何となく眺めながら、一人の少女が平等という言葉に疑問を抱いていた。


(平等に愛してくれてるなら、なんで――)


 平等だというのに――今、この世界は荒れている。今この瞬間にも、命が散っているかもしれないのだ。


聖皇歴(せいこうれき)264年。突然、魔族が凶暴化しました。()()()()から300年経った今、沈黙を守っていた魔族が、です。では――ケビンさん、魔族の特徴を答えてください」

「はい! 魔族とは瘴気のある所でしか生活出来ません!」

「惜しいですね。瘴気は魔族以外には猛毒で、魔族達は瘴気がある場所で住んでいますが――」


 聖皇歴292年。人間領のレタラクラ王国北西部の辺境にあるシダーという村の教会で、子供達が授業を受けている。


「補足出来る方。アリシアさん、答えられますか?」

「は、はいっ」


 平等という言葉に疑問を持っていた子の名は、アリシア。気が弱く、人と争うのが苦手な十歳の少女だ。


「瘴気の在る所で生活出来る理由として、魔族は……瘴気を受けて変異してしまった者達だから、です。でも……瘴気が無くても、魔族は少しの間なら過ごせます」

「はい。その通りです。瘴気地帯の居心地が良かったから出てこなかっただけで、出ようと思えばいつでも出られた訳です」

(だからって……何で攻めてくるのよ……)


 回答を終えたアリシアは、魔族達への恨み節をぐっと飲み込んだ。


先生(シスター)

「はい。マルカさん」

「急に魔族が暴れ出したのは、何故ですか?」

「詳しい理由は分かっていません。食べ物がなくなった、土地が足りなくなった。()()の模倣。色々と言われていますが――魔族は気性の荒い者達です。争いを求めて、というのが有力ですね」


 魔族が始めた侵略は人間領に限らず、多くの種族をも巻き込んでいる。多くの権力者達は、その侵略を無謀と笑ったが――蓋を開けてみれば二十八年間、魔族との戦争は続いていた。むしろ魔族の方が押しているという噂が、この辺境の村にまで届いて来ている。


(ここは、魔族領より、エルフ領の方が近いけど……安心、出来ないよ……)


 いつ攻め込んでくるか。魔族の侵攻理由が分からなければ予想もつかない。食料が理由なら、ジター村の数キロ東に進めば大きな町がある。肥沃な土地が欲しいならエルフ領だ。この村が襲われるとしたら、虐殺目的以外の何物でもない。


「争い……」

「まさか、ここにも来るんじゃ……」


 争いを求めて。教師(シスター)の言葉は、幼い子達にも響いていた。大人達の不安は子供達にも伝播する。


「お静かに。まだ授業中ですよ。瘴気とは何ですか。ライズさん」

「え!? えっと……ア、アリシア」

(意地悪だなぁ、先生……)


 いきなり当てられてしまったライズは小声で、隣に座っているアリシアに助けを求めた。


 気が弱く、人前に出る事を好まないアリシアだが――優秀で、人目を引く美しい容姿を持っているクラスの人気者だ。クラスに限らず、村の中で一番の有名人と言えるだろう。だから咄嗟の時、子供達はアリシアに助けを求めてしまうようだ。


「地中から湧き出て来る、世界の淀みと」

「地中から湧き出て来る世界の淀みです!」

「それと?」

「え……ア、アリシア!?」

(まだ途中だったのに……)

 

 続きを教えてあげようと思ったアリシアだったが、教師から目で制されて黙ってしまった。


「今度から、自分で考えて答えてくださいね。間違っていても良いのです。ここは学びの場。間違い、考える。それが成長なのですから。では続きを、ユーリさん」

「はい。世界から湧き出る淀みというのが通説ですが、世界中の生き物から漏れ出した、負のエネルギーと呼ばれる不純物という説もあります」

「はい、その通りです」


 代わりに答えた女の子、ユーリがケビンを見てクスリと笑みを浮かべている。アリシアは知っている。ユーリはケビンの事が好きだが、素直になれなくて何時も揶揄ってしまっていると。苦笑いを浮かべながらも、アリシアはそんな二人のやり取りに癒されている。


(女神様の怒りって説もあるらしいけど……教会で教える訳には、いかないよね)

「世界は未知で溢れています。だから、全種族は争いを辞めて世界の探索を優先させていたのです。それを魔族は破り、侵略を開始しました」


 世界は分からない事だらけだ。だから、まずは世界の謎を調べよう。一丸となって確かめようと、人間達は提唱した。神話の証明。聖皇歴より先の歴史は、人間領には殆ど残っていないのだ。


 長命な種族は知っているが、多くを語ろうとしない。人間達が知っているのは教本序文にもあった神話と、”()()()()()()()()()()()()()()()()


 多くの種族にとって、特に長命種族達にメリットはない。しかし人間の考えに賛同し、他種族には極力関わらない、不可侵条約を結ぶことにした。他種族にとっても、種族間の戦争は避けたかったのだ。しかし、魔族は違う。


「ある種族はやはりと思い、またある種族は漸くかと不敵に笑ったと言われています。魔族ならいつかやるだろう。どの種族も、そう考えていたという訳です。もちろん、我々人間も。防衛の準備にそこまで時間が掛からなかったのは、そういう理由からです」

(……先生(シスター)?)


 優秀なアリシアだけは、気付いた。聖職者として、()()()()()()()()()()()に仕える信徒。そんな教師(シスター)が、魔族への憎悪を煽っている。


(……分かる、けど)


 魔族は世界の均衡や、女神の考えなど関係なく侵略を続けている。ならば女神の信徒として、嫌悪するのは当然だ。しかし、それは――平等なのだろうか。アリシアはずっと、教会の授業に疑問を持っていた。


「――では、本日の授業はここまで」


 教会の授業は()()()()()()を語っている。膂力も、()()()も、他種族よりも劣っているからだ。


 個々の力では圧倒的に劣っている。そんな人間の強みは、数だ。他種族全体の数と人間の数は同じと言われている。どの種族の者達も、口を揃えて言う。どこかの種族一つと全面戦争になった時、戦いたくないのは――人間だと。


 各種族は独自の特性を持ち、お互いを牽制しながら平和を維持していた。だが――そんなか細い糸で繋がった平和だったのに、それを魔族が千切ってしまった。


 全種族が人間との戦いを忌避していても、それは自種族の損耗を嫌っての事だ。人間にとって他種族との戦争は絶滅を意味する。ならば、戦いとなれば全てをかけて相手を撃ち滅ぼそうとするだろう。自種族の全滅はなくとも、大きな被害が出るのは確実だった。


 しかし魔族に、そのような恐れはない。瘴気がある限り魔族は生まれ続けるからだ。その事を誰よりも知っている人間は、どの種族よりも魔族に対して慄いている。


 教会は勉強を教え、子供達の成長を手助けしているが、最も重要な役目は――魔族への敵愾心を呼び起こす事だった。


「次は魔法学かー」

「魔力持ちは良いよなぁ。俺は剣術だ」


 敵愾心を失ったままでは飲み込まれてしまうから、戦う気持ちと術を教会で教えているのだ。


「今日も走り込みなんだろうな……。剣、振ってみてー!」

「こっちはこっちで勉強ばっかりだよ」

「俺、攻撃に使える魔法は殆ど無いって結果が出てるのにさ……。何を習えっていうんだ……?」


 魔力を持つ者は魔法を、無ければ剣術を学ぶのが一般的だ。魔力の有無は三歳以降、教会で行われる”洗礼”で分かる。女神の祝福を受けた者達の資質を見るというものだ。


 例えばケビンは、筋肉が付き易く剣術の才能があるという事が分かっている。ライズには魔力があり、生活に役立つ魔法が使える。魔法の適正まで分かる為、戦闘に使えない魔法を持ったライズは不貞腐れているのだろう。まともに使えないなら剣術を習ってみたい、と。


 洗礼は確実なものであり、疑う事すら罪だと言われている。故に誰も疑わないが――文句を言いたくなる子も居るようだ。


「アリシアは今日、どっち行くの?」

「今日は魔法、かな……」


 アリシアも文句を言いたいと思っている一人だった。アリシアもまた、戦う力を持った者だからだ。気弱で押しの弱い子だが、剣術では大人に勝つ事もある。更には膨大な魔力を持っており、シダー村教会司祭曰く、その魔力量は王国魔術師長を超えているそうだ。


 全ての能力が、アリシアが()()になる事を後押ししていた。


「流石、聖君様の再来」

「アリシアだけだもんなー。魔法と剣術、両方習うように言われてるの」

「ちょっと……聖君様の再来とか、不敬な事言っちゃダメだよ。誰かに聞かれたらどうするの」

「聞かれても問題ねぇって。辺境まで捕まえになんて来ねぇよ」

「捕まるって本当なのかな?」

「どうなんだろ。噂でも聞いた事ないしなー」


 聖君とは人間領――いや、世界中にその名を轟かせている、300年前に実在した英雄だ。世界中の者達が知っている聖君の物語は、実際に起きた伝説を基にしている。


 300年前にも魔族が凶暴化し、世界中で多くの犠牲者を出した暗黒の時代。それを解決したのが聖君だ。聖君は人間だったが、多くの種族が聖君の力を認め、手を貸したと言われている。


 現在では伝説として語り継がれているだけだが、王族や教皇の前で聖君との比較などしようものなら、不敬罪で捕らえられる程の存在だ。子供の戯言(たわごと)とはいえ、教会内で話して良い内容ではないと、アリシアが周囲を見渡している。

 

「先生達もアリシアに期待してるもんね」

「何しろ、聖君様と()()()を持ってるんだもん」

「や、やめてよ……。私に戦いとか、無理だから……」


 再び聖君を比べ始めた友人達に、アリシアは肩を落とした。どんなにアリシアが否定しようとも、期待が集まるのも無理はない。


 唯一、慣習を無視して魔法と剣術の両方を教えられている事もそうだが――最大の理由は、聖君と同じ青い髪に金色の瞳という、稀有な色を持って生まれたからだ。両親共に、そのような色を持っていないというのに。


(何で、この色が私に……)


 故に、何れは聖君のように、世界に安寧を齎す者と思われても仕方がない事だった。


「この前先生達が言ってたよ。もう少ししたらアリシアは、王都の教会に連れて行くって」

「……ええ嘘!? 私、聞いてな――」

「嘘ではありませんよ」

「っ……先生、どういう事ですか!?」

 

 外では争いが絶えないと聞くし、何時かはジター村も安全ではなくなるだろう。それでも、貧しい事に目を瞑れば普通に暮らせているのだ。その何時かも、本当に来るかどうか分からない。だから争いなどせずに暮らしたいと、アリシアは思っていた。


 しかし――王都の教会に行くとなれば、それは叶わない。王都に近くなればなるほど、教育の水準は上がっていく。王都ともなれば最高峰。専用の学校があるというのに、わざわざ教会に通う貴族も居るくらいだ。そして卒業者の多くが、騎士になる事を薦められる。


「この村ではもう、アリシアさんを教えきる事が出来ません。ご両親にはもう伝えてあります」

「嘘……」

「今夜あたり、ご両親からも話しがあるでしょう」


 項垂れるアリシアに、男友達は凄い事だと興奮して話しかけている。それに反し、近しい女友達は心配そうに肩を抱きよせている。アリシアなら王都の教会でも優秀な成績を残せると思っているが、性格的に合わない事も分かっている。


「それは兎も角、さぁ授業に遅れますよ」


 決定事項とでもいうように、教師はアリシアを慰めたりはしない。優れた力を持つアリシアを辺境で燻らせてはいけないという使命感を、教会の者達は持っているからだ。


「ああ、後――聖君様の話題を軽々しく出してはなりません。女神様の寵愛を受けしお方である聖君様は、神聖なるものとして祀られております。敬意を忘れぬよう、内容には気を付けるように」

「げっ……は、はーい」

「やべ……聞かれてたじゃん!」

「つ、捕まらなかったんだから、いいだろ!」


 わいわいと、再び雑談を始めようとする子供達を一喝する教師であったが――アリシアを見る目は何故か、畏れを孕んでいる。アリシアは教師と目があったものの、その畏れには気付かなかった。


 例え気付いたとしても、それがアリシアに向けられたものだとは思わなかっただろう。



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