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いつも  作者: Hekuto
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2話

 楽しんでいってね。



 どれだけ歩いた? すごく歩いた気がするけど、ついさっき歩き始めた気もする。犬の声は今も近付いてくるし、男の背中はまだ遠い、歩く道は細い、こんな道いつもの街には無かった。いつもの町、私の家がある町、なのに何も知らない。釣具屋と和食屋さんと鳥居と……それ以外にもたくさん建物があったのに、駅舎すら思い出せない。


 細い、細い道、樹々の中にうねる蛇のような道、樹と土が剥き出しの獣道以外に何もなく、とても寂しい感じがした。あの日歩いた道と似てる。


 あの日?


 あの日、あの日は、とても暑い陽射しが眩しくて、アスファルトの上を走る風は暑く、大きく息を吸うと喉が焼けるようにも感じた。だから山の木々が作る影がとても心地よく、林の奥に行くほどほっとしたことを覚えている。


 覚えている?


 覚えている。林道の手前の広い駐車場に車を止めたおじさん、大型商業施設やテーマパークの駐車場くらい広いのに、停まってる車が数台しかなくてとても不思議な感覚を覚えた。荷物を車から降ろすおばさんは、小さく跳ねる女の子につばの広い麦わら帽子を被せて、小さな手を握って歩き始める。


 女の子、だれ?


 いや、知っている。従妹の女の子だ。浴衣が欲しいと、来年じゃなくて今欲しいと、成長期なのか体質なのか、一年でぐっと大きくなった女の子。従妹の女の子、私のお古の浴衣を嬉しそうに着て脱がないと駄々を捏ねて、あの時も浴衣に麦わら帽子を被って手招きしていた女の子。何着か持ってきたから日替わりで着れるよと笑い、頭を撫でたら満面の笑みを返してきた。


 四人で、そう、おじさん、釣りが趣味でよくおばさんが愚痴っていた。釣り好きのおじさんが連れて来てくれた夏のおすすめスポット。おばさんと一緒にお弁当を用意して、前日の夜に遅くまで起きていてなかなか目を覚まさなかった女の子を起こして、何本も釣り竿を出していたおじさんがおばさんに叱られる姿を横目に、ピクニックの準備をした。


 そうだ、ピクニックに来たんだ。


 おじさんが連れて来てくれたのは、林道の途中を脇に逸れた先にある獣道の奥、地元の人間でも知らない人も多いと豪快に笑っていたおじさん。獣道を抜けた先にはダムが見えた。大きなダム湖の畔は川の石の様な丸い砂利で、大きな石で作った丸い囲いの中に焚火の燃えカスが残っている。


 最近流行りのソロキャンプで人が増えているんだと、困った様に笑っていたおじさん。ここには良く釣りに来るらしく、日によっては林の中から野生のキツネが姿を現すと言っていた気がする。女の子はキツネが見たいと燥いで、おばさんがうるさくすると逃げてしまうと言って窘めていた


 私も少し楽しみに思った事を覚えている。


 ゴポリ、ゴポリ、お腹の奥で音がする。重たい、重たい、足が棒のようで痛くて重たい、誰かが圧し掛かっている様に肩が重い、何よりお腹が重い、お腹の中に何かが入っている様に、とても重い。


 どこまで行けばいいのか、私は何で歩いているのか、重い頭を上げて前を見る。知らない男が立ち止まってこちらを見ていた。明るいどこかを背にしてこちらを見ている。その目は不思議とこわくないと思った。それより早く帰らないと、帰らないと……どこに? 家? いつもの家? 自宅、自宅ってどこ? 気持ち悪い。


 いつもの、いつもの家……駄目だ。ここは暗い、狭い、うるさいくらいに静かで、こわい、こわい、こわい、怖い音がする。犬の鳴き声? 違う、おばさんの怒鳴り声? 違う、怖い音がする。手を叩く音だ。誰が叩いているんだろう、後ろは誰もいない、周りは細くて狭い、前には知らない男がじっとこちらを見下ろしている。


 誰も手を叩いていない。


 でも音がする。怖い音がする。こわい、こわい、こわい……気持ち悪い。ゴポリ、ゴポリ、ごポリ、ゴぽリ、お腹の中で何かが蠢く、重くてドロドロした何かが、誰かが手を叩く。手が叩かれるたびにおなかのなかでなにかがうごめく。


 気持ち悪い。やめて、叩かないで、手を叩かないで、お腹の中が気持ち悪いの、お願いだから。


 音が大きくなる。


やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!


 やめろ!! 叩くな! 手を叩くんじゃうごぼおおおおおお!?


 口から何かが出る。体の中身がすべて出る。私が流れ出る。やめて、止まって私が出る。おれがでる。やめろ! やめろ!! この体は俺の物だ! 俺の供物だ!! やめろ!!!


 周りから、全方位から拍手が聞こえてくる。上からも、下からも、もう上がどっちで下がどっちかわからない。私は今立っているの? 音が大きくて感覚が鈍っていく、目が回る、口から止めどなく出てくる泥の感覚だけは明瞭にわかる。口から溢れ、体を伝い、足に纏わりつく泥、この匂い、あの時の、たすけて、たすけて。


 犬の泣き声が聞こえる。


 知っている。知っている声だ。この声は、ペロの声だ。私の犬、子犬の頃から一緒だった私の犬、いつも一緒で、一緒にいる時はずっと傍を離れないキツネ顔の柴犬。私が落ち込むといつも顔を舐めてくるペロ、そうだあの日も、あの日も一緒にいたんだ。どうして忘れていたのだろう、四人だけではなかった。


 従妹の家に向かう電車の中でも、迎えに来たおじさんの車の中でも、従妹に浴衣を渡す時も、燥ぐ女の子の足元で飛び跳ねていた。ダムに向かう車の中でも、駐車場から降りた時も、林道を歩く時は傍から離れず、ダム湖の畔でも私から絶対に離れないで、あの時も、あの時も、水の中から泥が湧きだした時も私を庇って、吠えて、ほえて……。


 ペロはどこ? ねぇどこなのペロ? 私を一人にしないで……。


 頬が温かい、視界が白に染まる。目の前で知らない男の人が、笑っている。

 いかがでしたか?次は3話でお会いしましょう。

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