ああ………マイマザー、あなたの娘はふしだらな女へと変貌してしまいました。
「ただいまー」
玄関のドアを開け、俺はリビングの方へと向かう。
「おかーりー」
何やら気だるげな声が聞こえるなと思い中に入るとそこには妹の瑞希みずきがいた。
「お前は服を着ろ服を!まったくお前はいくつの子供なんだ」
瑞希は蒼人より二歳年下の妹で仲はそれなりに良かった。少し子供っぽい行動に走ることが多々あるがこれでも今年から中学二年生だ。見た目もだんだん大人な女性へと変わってくる頃だろうが瑞希だけは今だ幼稚園児かのようだ。
瑞希はバスタオルを巻いたままソファでくつろいでいた。スマホで最近話題の新作アニメ『轟けたまよみちゃん!』を見ながらごろごろしていた。
「やーだーあーつーいー」と今にも溶けそうな声で足をバタつかせる。
今は夜だというのに蒸し暑い、まるでいつまでも風呂の中に浸かっている気分がし、少し気を抜くと熱中症になってしまいそうだ。
でも俺は妹の瑞希を変態にするわけにはいかない。理由はどうであれ、常識はきちんとその身に叩き込まなければならない。それが兄としての務めであり、義務である。
俺は妹の耳元で悪魔の囁きのごとく言った。
「今すぐ服を着たら冷蔵庫に入っている俺のハーゲンドッツを食べてもいいぞ」
「マ!?やったー♪お兄ちゃん最高!」
瑞希はニシシと笑って俺に抱きついた後、全力ダッシュで服を着替えに行った。
(さてはこうなることを予想していたな……)
「まぁいいか、さて晩飯の支度をしなくちゃな」
今日のメニューは簡単に豚のしょうが焼きと豆腐の味噌汁だ。
我が家庭は父子家庭で母はまだ俺達が幼い頃に病気で亡くなった。父は単身赴任で弁護士をしている。
現在は北海道にいて、帰ってくるのはたまに休みを取れる日とお盆、正月のみだ。
ゆえに、買い物も食事も家事全般をほぼ毎日俺たちがやらなくてはならなかったのだ。
しかし父も娘と息子のためと言い、二人が大学を卒業するまでの学校の入学金や教材費、家庭の食費などのお金を全て払ってやると言ってくれている。そのうえ、友達と旅行しに行くと言ったらそのお金さえも払ってくれるのだ。
父もなんだかんだ言って自分の子供が心配な親バカなのだ。
今日は明日の高校の入学式の準備があるため家事にあまり時間を割くことが出来なかったのだ。しかしそれでも瑞希は俺の料理を「おいしい」と言いながらよく食べてくれる。本当に可愛い妹を持ったものだ。
「お兄ちゃん、明日大事な入学式でしょ。お皿は私が洗っといてあげるから早く準備してきなよ」
「いいのか?瑞希だって明後日から始業式だろ。宿題はちゃんとやってあるのか?」
「やってるやってる。あんなの一日あればよゆーで終わるし、それより早くしなよあとはこの可愛い妹様が全部やっておくからさ」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
「おうよ!代わりに明日彼女百人作って両手両足に女を抱えて来いよ!」
「無茶を言うな!ってかそこは彼女じゃなくて友達だろ!?なんで一日でハーレムの究極形態みたいになってるんだよ!お兄ちゃん初日からいったい何があったんだよ!」
「二ヒヒ、兄者も悪よのぉ」
瑞希は手を口に当てながらにんまりとした笑みを浮かべこちらを見ている。
「はぁ、まったくなんでこんな妹になってしまったんだ………。俺はいったい何を間違えたんだ」
(ああ……マイマザー、あなたの娘はふしだらな女へと変貌してしまいました。僕はこれからどうすれば良いのでしょうか)
「………なんか失礼なこと考えてたりする?」
「………そう思うのならこれからの言動は慎んでくれ」
そんなこんなで瑞希との会話は終わり、俺は自分の部屋に戻って明日の準備をすませるなり、さっさと布団について寝た。
俺は完全に眠ってしまう前にあの少女のことを思い出した。
彼女はいったい誰だったのか、なぜここに来るのかと問うとあんなに悲しい表情になったのはなんでなのか。脳内でいくつもの憶測が飛びかい、いくつものストーリーを勝手に構成しているうちにだんだん目が冴えてくるのを感じた。
「いかんいかん、早く寝ないと」
俺は一度寝返りを打ってから再び寝入った。