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第3話 幼き頃の寵愛と悪夢

 レオンハルトは夢の中にいた。

 彼の脳は幼い頃の記憶を呼び起こし、彼に両親から受けた愛、そして「あの日」の悪夢を見せている。


「もう、あなたったら! レオンハルトを甘やかしすぎです!!」

「だって、可愛いじゃないか。こんなにつぶらな瞳で俺を見つめるんだぞ?!」

「だからっておもちゃをなんでも買い与えてはなりません!」


 レオンハルトの両親は政略結婚ではあったものの学院時代の同級生であり、恋愛結婚でもあった。

 故に使用人たちも微笑ましく、時には恥ずかしくなるほどに仲が良く、待望の第一子であるレオンハルトへの寵愛は凄まじい。

 やっと立てるようになったところであるにも関わらず、すでに数十個ものおもちゃを買って遠征から戻ってきたレオンハルトの父であるダーフィットは妻のアンネに叱られていた。

 家業のメインが繊維業であったアンネの実家は、天候不順によって裕福とは言えない時期を過ごしたことがあった。

 爵位は伯爵という位ではあったものの、身に染みて金の大切さを理解していた彼女は、ヴァイス家に嫁いだ後も無駄遣いをしなかった。


「アンネ、これ可愛くないか?!」

「まあ、ぬいぐるみですか。しかもこれはアイシール織物ですね」

「あいしーる?」

「天然の綿で作られ、独特な編み込みがある織物で、最近女性に人気なのですよ」

「そうなのか、よかった、これならレオンハルトも……」


 てっきりダーフィットは妻に褒められると思って、嬉しくなって表情を明るくした。

 しかし、彼女から返ってきた返答は自分の予想とは違ったものだった。


「女性の流行りのものをご存じだなんて、どこかのご令嬢にでも教えていただいたのですか?」

「え?」

「最近ご帰宅時間が遅かったと思いまして」

「ち、違うっ! 違うっ!! 決して浮気じゃない!!」

「あら、わたくしは浮気だなんて一言も言っておりませんわ。やましいことでもあるのですか?」

「俺はお前しか愛していない!! お前が好きなんだ!!」


 部屋中に、そして廊下にも響き渡る愛の言葉。

 冷静に聞いている眼鏡をした執事、口元に手を当てて笑うメイド、意外にも皆驚かずに聞いている。


「ふふ、私も好きですわ。ダーフィット様」


 そう言って、ぴとりと彼の胸元に身体を預けるアンネ。

 アンネの背中に手を当てて、優しく抱きしめるも、たまらず今度は強く抱き寄せる。


「ダーフィット様」

「君にはかなわないよ」


 そんな二人から少し離れた場所では、ダーフィットが買ってきたおもちゃを開けて楽しむレオンハルトがいた。

 レオンハルトがよちよちと二人に近寄っていった瞬間、彼らはもう愛おしいという気持ちをぶつけるように強く強く抱きしめた──



 そんな二人の愛を一身に受けて育ったレオンハルトは、無事に成長をしていったのだが、王宮では泣き虫レオちゃんと呼ばれるほど臆病で身体も小さかった。

 クリスティーナと遊んでもいつも力で負けては母親であるアンネに泣きついていた。

 強くなってほしいと願いはするものの、ダーフィットの優しさを受け継いだようなその性格に、彼女は嬉しさをも感じている。


「アンネ、遅くなってすまない」

「ええ、大丈夫ですわ」

「レオンハルトは寝てしまったか」

「はい、クリスティーナ様と遊んで疲れたようです」


 王宮でのお茶会を終えたヴァイス一家はいつものように馬車に乗り込んだ。

 そのまま数十分という家への道を馬が駆け抜ける。


「レオンハルトは相変わらずまだ当主としては不安が残るな」

「そうですわね、でもわたくしはよいと思いますよ」

「え?」


 腕の中で眠るレオンハルトの頭をなでながら、アンネは優しい声色で言う。


「臆病なのはいいことですわ。人に優しくなれます」

「ああ」

「もう少し強くなってほしい、でもそれはこの子ならいつかそうなりますわ。きっと大事なもののためには勇気を振り絞って立ち上がれる、そんな子に」

「そうだな」


 二人はすやすやと眠るレオンハルトを愛おしそうに眺め、触れた。


「ううん……」


 もぞもぞと動くレオンハルトを見て、両親は微笑み合った。


 馬車がまもなくヴァイス邸にたどり着くというところで、大きく馬車が揺れた。


「おわっ!」

「きゃっ!」


 馬車は大きく右に曲がった後、強い衝撃と共に止まった。



 レオンハルトは衝撃で目を覚ました。

 誰かの腕に守られていることに気づき顔を上げると、そこには母親の顔があった。


「おかあさま……?」


 しかし、いつものような凛とした表情ではなくその額からは血が流れ落ちており、そして馬車の扉に身体を潰されていた。

 そのドアを支えるように父親の手が伸びているが、血で濡れておりその身体も衝撃を受けている。


「おかあさま……? おとうさま……?」


 レオンハルトが何度も両親を呼ぶも、ピクリとも動かない二人。


「旦那様っ! 奥様っ! 坊ちゃまっ!!」


 執事長であるジルドが馬車の外から扉をこじ開けようとしながら、声をかける。

 なんとか扉を開けようとするも、馬車は横転して木にぶつかっており、ドアは大きく歪んでいるためすぐに開けられない。


「じいーー!!!」


 執事長の名を必死で呼んだレオンハルトだったが、眩暈と共にそのまま意識を手放した──





「おとうさまっ! おかあさまっ!!」


 飛び起きて大声で叫んだレオンハルトは、大粒の汗を垂らして息を乱す。

 ベッドに滴り落ちた汗を見つめ、まわりを見渡すと、水に布を浸すジルドと目があった。


「坊ちゃま、もしやあの日の夢を……」

「夢……夢だったのか」

「はい、坊ちゃまは呪いに倒れられて、それでコルネリア様に……」

「──っ!!」


 「コルネリア」という言葉がとても鮮明に脳に届き、そして彼を突き動かした。

 ジルドが止める間もなく、レオンハルトはベッドから飛び出て裸足のままコルネリアの部屋へと向かった。


(コルネリアっ!!)


 彼の両親は結局事故でそのまま亡くなった。

 レオンハルトはアンネが咄嗟に守った影響で軽傷で済み、数日で回復したが、精神上に大きな傷を残した。


(コルネリアっ! コルネリアっ!!)


 遠い意識の中でレオンハルトはコルネリアが呪いを抑え込んだことを感じ取っていた。

 聖女の力が戻ってきているとは知っていたが、いきなり呪いのような負担の大きなものと闘えば、体力も消耗する。

 もしかしたら彼女に何かあったのではないか。

 彼女まで両親のように失っては、もう生きていけない。

 そう思いながら廊下をひた走った──



「コルネリアっ!!!!!」


 いつもとは違う荒々しい様子の彼に、部屋の中で本を読んでいたコルネリアは驚いて思わず立ち上がる。


「レオンハルト様……っ!!」


 コルネリアは彼が目を覚ましたことに驚き、そして安堵した。

 そしてレオンハルトも彼女がいたことに安心して、そのまま抱きしめた。

 二人は言葉を交わすことなくそのまましばらくの間抱き合って、お互いの存在を確かめ合っていた──


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!!


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