表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/57

第18話 新月の夜に二人で

 コルネリアとレオンハルトは夕方頃、ヴァイス邸の敷地内にある植物園で二人だけの時間を楽しんでいた。

 レオンハルトはこの日のデートのために、三日徹夜をして仕事を片付けていたのだが、彼は当然妻に気づかれていないと思っている。

 だからこそ、彼女からの言葉に一瞬戸惑いを覚えた──


「……え?」

「ですから、寝ずにお仕事をなさっていたのですから、私とのお話は気にせずにお眠りください」


 まさか妻にバレているとは思わず、レオンハルトはこめかみのあたりを爪で掻く。

 嘘をついた時に目を逸らす癖も、コルネリアにはすでにバレており、彼女にずんと詰め寄られる。


「レオンハルト様、寝てください」

「んぐっ……いや、その、でも……」


 もごもごと口ごもっている様子に少々むすっとしたコルネリアは腰に手を当てて、指をピンと伸ばすと、その人差し指でレオンハルトの目のあたりを指す。


「今すぐに寝てください、目の下が真っ黒です」

「真っ黒っ?!」


 確かに鏡を見る暇もなくそのまま植物園のほうへと来たのだが、まさかそんなにひどい顔になっていようとは、さすがに恥ずかしくなる。

 レオンハルトは存外可愛らしい性格をしており、好きな人にはひどい有様や無様な姿を見せたくないと思うのだ。

 まあ、それゆえにあの”秘密の姿”をコルネリアにも見られたくなかったのだが……。


 コルネリアはテレーゼに渡されていた小さめの鏡を取り出すと、そのままレオンハルトに突きつける。

 鏡を受け取った彼は自分の顔を見つめ、あまりのひどい顔色にすぐに鏡を下ろした。


「コルネリア」

「はい」

「申し訳ないが、今日は植物園での話はこのくらいにしてもいいだろうか」


 ええ、大丈夫ですよ、ゆっくり休んでください、と言おうとしたコルネリアだったが、その言葉が口から紡がれる前にレオンハルトに腕を引っ張られる。


「──っ?!」



 レオンハルトに連れられるままやって来た場所は、彼の寝室だった。

 扉を勢いよく閉めると、ふうと言った様子で息を吐き、コルネリアを解放する。


「ごめん、いきなり。でも、間に合わないと思って」


 その言葉を聞いて最初は何のことかわからないと思ったのだが、数秒してコルネリアは彼の言葉に納得した。

 コルネリアの視線の先には大きめの窓があり、その窓の向こう側には日が沈んでいくのが見える。


 そう、今日は新月の日だったのだ──


 コルネリアは全てを理解してレオンハルトの袖をちょんとつまむと、大丈夫ですよ、と声をかけた。


「──っ!!」


 彼女らしい控えめな様子での意思表示と、身長のせいで自然となってしまっている上目遣いがレオンハルトの心にグサッと突き刺さる。

 それはもうドキッとするレベルではなく、呼吸が乱れ始め、そしてかなりめまいが起こりそうなほど。

 彼にはそれほど大きな攻撃となって、容赦なく彼の心を揺さぶっていた。


 さらにコルネリアはそのままレオンハルトの裾を引っ張ると、ベッドのほうへと彼を引き寄せる。


「……え?」


 彼女はなんのためらいもなくレオンハルトをベッドに押し倒す。

 枕にうまくピタッと収まったレオンハルトの頭、そして横たわった自分のすぐ横に膝でベッドに乗る妻の姿。


「コルネリア、その、あまりにも大胆になったんだね」

「──? なんのことかわかりませんが、あのままだとレオンハルト様が寝ないと思ったので、失礼ながらもうベッドに横になっていただきました」


 つまり実力行使で彼を眠らせようとしているのだが、レオンハルトの頭の中は邪な思いがぐるぐるとまわっているため、眠るどころの話ではない。

 とりあえず、妻にその気がないことは十分に理解をしたのだが、それでも近くにいて、しかもベッドで二人でいるという状況になんともいけないことをしている気分になる。


 夫婦なのだから特におかしなことはないのだが、レオンハルトとしてはコルネリアが自分を好きでない以上そういうことはしたくないと思っている。

 コルネリアは眠ろうとしない彼の様子を見て首をかしげている。


「全く……」


 彼女の腕を引き寄せて抱きしめようとしたレオンハルト……だったのだが、少し遅かった。


「あ……」


 引き寄せられたその身体は先ほどまでの逞しい身体ではなく、小さな子供の姿になっていた。

 そうだった、という感じで頭を抱えるレオンハルトとは裏腹に、コルネリアは目をキラキラと輝かせる。


 以前のように小さなレオンハルトを可愛がりたい!という想いで頭がいっぱいになったのだが、今日の彼の様子を思い出し、差し出した手を引っ込める。


「どうかしたかい?」

「いいえ、レオンハルト様をなでなでしたいのは山々なのですが、今日はお疲れでしょう。私はもう部屋に戻りますので、ゆっくりお休みください」


 コルネリアはそう言ってベッドから立ち上がると、そのままドアのほうへと歩いていこうとする。

 しかし、その腕を小さくて可愛らしい手が引き留めた。


「いくな」

「──っ!」

「一緒にいて?」


 小さな子供になっているせいで声も可愛らしいのだが、口調はいつものレオンハルトそのもので、それでもなんだか今日は甘えているようなそんな雰囲気を感じた。

 一緒にいたい、と強く思ったコルネリアはドアに向けた足をベッドに再度向け、そしてレオンハルトに近づく。

 もう我慢できない、といったように彼の小さな頭をなでなですると、そのままぎゅーっと抱きしめる。


「コルネリアっ?!」

「やっぱり、このレオンハルト様はちっちゃくて可愛いです!」


 この時ばかりは感情が失われていた少女とは思えないほどに、喜びを強く表に出す。


「なっ! ちょ、今日はなでるのが強くないか?!」

「そんなことないですよ」


 コルネリアはレオンハルトの胸に顔をうずめてそして頬をぷにぷにと触る。

 ほっぺを両手で挟むようにすると、そのまま吐息が重なるほどに顔を近づけてニコリと笑う。


「──っ!」


 そんな彼女の珍しい笑顔にまたしても心を揺さぶられるが、彼も黙ってはいなかった。

 レオンハルトはコルネリアの両手の拘束を解き放つと、今度は右頬に手を添えて、そのまま唇のすぐ横に自らの唇を触れさせる。


「きゃっ!」

「ふ、今は横にしてあげるけど、元の姿に戻ったら覚悟しておいてね?」


 にやりとニヒルな笑みを浮かべて言う彼は、紛れもなく”男”なのだと気づかされたコルネリアだった──

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ