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第2話〜恵と蓮の関係は

…………。


「あー!にぃちゃだ!」


こちらを視界に収めるなり、その子はにぱっと音がしそうな笑顔を浮かべた。


ランドセルを投げ出すようにして置いて、呆然と立ち尽くすこちらに向かって飛び込んできた見知らぬ子供。


突然の事に、反応はできなかった。


ドン!と衝撃。


まるで押し倒そうとするように、小さな体が抱きついてきた。


細くて華奢な、子供特有のまだ男の子とも女の子とも判断つきにくい中世的な容姿。


長い髪の毛を一まとめにして、ぱっちりとした切の長い猫目に小さな口。


髪が長いし、女の子?


まるで子猫のような。


声変わりもまだなのか、甲高い子供特有の声が耳にスッと届く。


「にーちゃ、朝起こしたのに寝てた!お寝坊!」


「えっと……え、君は…?」


「?」


一方的に知られている事への戸惑い。


そして『にーちゃ』?


誰かと間違えているのだろうか。


いや、そんな間違えようがないか。


この子は間違いなく自分の事を見ながら「にーちゃ」と呼んでいる。


にーちゃ、つまり「兄ちゃん」と。


けれど、この子は誰だろう?


近所にこれくらいの子はいただろうか。


5年も前の記憶は曖昧だけれど、この近所にはそんな小さな子はいなかった気がする。


「名前、名前教えてもらっていい、かな?」


小学生に名前を聞くという行為に少しだけ、後ろめたいものを感じてしまうのは都会暮らしのせいだろうか。


この子がふざけて悲鳴でもあげたら、無職の二十代男性による連れ込み事案の発生だ。


あれよあれよと拘留され、世間では面白おかしく好き勝手なことを吹聴されるに違いない。


近所のおばちゃんが「昔はいい子だったんだけどねぇ」とマイクに向かって話す姿が浮かんだ。


頭の片隅でそんな事を考えたら、嫌な汗が吹き出てきた。


ゆっくりと、抱きつくこの子の拘束から逃れようと試みる。


が、どうしても腕とか手を触ってしまう…!


「おれ、ケイ!恵って書いてケイ!小5!」


その返事を聞いて、少しだけ安心した。


おれ、ってことは男の子か。


髪も長いし、可愛らしい顔をしていたので、女の子かと思った。


よく見れば投げ出したランドセルは黒かった。


今の子はカラフルなランドセルを背負ってるらしいけど。


それにしても、しょうご……小学五年生か。


10才か11才?


それにしては小さくて華奢だな。


そんな事を考えてたら、ケイは引っ付いたまま、キラキラした目で、


「にーちゃはおれのお兄ちゃんなんだろ?かーちゃんが言ってたよ!」


そんな事を言ってきた。


…………。


「ケイはなぁ、あの人の子なんよ」


母親の一言が、蓮の耳に、胸に突き刺さる。


何でもないような顔をしているが、どこかその表情は強張っているようにも見えた。


間違いなく、蓮の方は強張っていただろう。


¨あの人¨と母が呼ぶのは、母の元夫で、蓮の父親のことなのだから。


もう時計の針は深夜近くを指している。


やたら嬉しそうなケイの相手をしているうちに、随分と遅くなっていた。


途中で帰ってきた母親に理由を聞こうにも、ケイの前では聞きづらかったこともある。


ケイが寝静まってようやく、聞くことができたのだ。


仕事帰りで疲れてるだろうに、ご飯を作ってくれて、風呂や洗濯も終わらせて。


ケイの相手をしていて手伝いもできなかった蓮は、申し訳なさがあったが、それでもあの子のことを聞かないではいられなかった。


「なん、で、今更そんな…。」


「あの人の方も、色々とあったみたいでねぇ…」


ようするに、ケイは、あの子は蓮の異母兄弟だった。


家を出て行った父が再婚して出来た子供。


年齢からして、うちを出て行ってすぐか、もしかしたらその頃には相手の母親の腹の中にいたのだろう。


酒癖が悪く、博打が好きで、女好き。


そんな絵に描いたようなダメ男が、浮気して離婚して。


浮気相手と再婚して子供が出来たはいいが、借金で蒸発。


両親が蒸発してしまったケイを、母が引き取ったのだ。


簡単にしか話してくれなかったが、本当に紆余曲折あったのだろう。


ケイを引き取ってから、そろそろ2年近いという。


ほとんど実家と連絡を取ってなかったし、心配をかけまいとあえて伝えることもしなかったのだろう。


情報量の多さに、頭が痛い。


20歳過ぎて、一人っ子だったのに弟ができた。


しかし一見すると少女にしか見えないので兄妹…?


いやいや、男だ。


半分とはいえ血が繋がった弟。


駄目だ、本当に頭が働かない。


「今まで黙ってて、ごめんねぇ。少しずつ、話してくから」


お袋が謝るようなことじゃない。


そう思いつつ、何も言えないまま、その日は布団で横になって寝た。


…………。


「にーちゃ!」


「うおっ!?」


寝ているところにがばっ!と何かがのしかかってこられて一気に目が覚めた。


慌てて起き上がってみれば、腹の上に覆いかぶさるようにケイが乗っかっていた。


「あー、えっと、ケイか。びっくりした。どした?」


実の所起き抜けで頭は大混乱だったが、なんとか平静を保ったまま質問ができた、と思う。


「もう朝だよ!ご飯できてるって!」


どうやら起こしに来てくれたらしい。


それにしても驚いた。


というか今でも心臓がどきどきと早鐘を打っている。


突然起こされたのもそうだが、ケイは髪が長いし、小柄でぱっと見は女の子に見える。


それになんだ、結構目鼻立ちが整っていて、可愛らしい。


一瞬見知らぬ女の子が部屋にいると誤解してしまった。


「そっか、飯か。ありがとな、起こしてくれて。そんじゃ顔洗ってから行くから、先行っててもらえるか?」


「うん!あ、二度寝はダメだよだって!」


そう言ってケイは部屋から出ていった。


にしても、なんであんなに大きなシャツ着てるんだよ…。


明らかに体格に対して大き過ぎる。


ダボついたワンピースみたいだ。


寝巻きにしてもラフ過ぎる。


いや、男の子なら別に問題ないだろうけど。


それにしても距離感が近いというか、人懐っこい。


一人っ子で育ったので、恵の距離感はなんというか、面はゆかった。

…………。


一緒に朝食を食べて、お袋と、そして恵を見送る。


「いってきます!」


と元気よく、はにかむような笑みで登校して行った恵の笑顔が、なんとなく眩しかった。


自分にもあんな時代があった。


いや、蓮はあそこまで明るくはなくて。


どちらかというと同世代と同じような子供っぽいことをするのは馬鹿馬鹿しくて、斜に構えたような気難しいガキだったと思う。


親父が親父だったし、同世代の子供も少なかったから、仲の良かった友達なんて、ほとんどいなかった。


そうだ、今あいつはどうして…


そこまで考えて、それ以上考えたら惨めになるだけだと脳がブレーキをかける。


蓮と違ってこっちに残った連中は、きっと親の家業を継いだりして立派になっていることだろう。


それにこんな田舎だし、もう結婚して、子供だっているかもしれない。


無鉄砲に上京するだけして、たったの数年で逃げ帰った自分は…


蓮はキリキリと痛む腹を抑えながら、自分でもできる家事はないかと玄関から踵を返した。


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