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第1話〜恵との出会い

これまでに書いた事のないジャンルに挑戦してみようと思い立ち、書き始めました。

本能のまま、思いつくままに書いてきたこれまでの作品と違って考えながら書いていくので、不定期更新となりますので、気ままにお待ちください_:(´ཀ`」 ∠):

頭を下げるばかりの毎日だった。


季節は何度か移り変わったけれど、やることはほとんど変わらない、息が詰まるような日々。


『×××!××××っ!』


「すいませんでした」


上司に、先輩に、取引先に。


怒られて、否定されて、どんどん自分に自信が持てなくなっていた。


あんなに憧れていた都会が、今では息苦しさばかり積もるコンクリートの牢獄のよう。


日に日に日常から色が失われていく気がした。


『△△△△!△△!』


「申し訳ありません」


心が磨耗していくのをどこかで感じていたのかもしれない。


精神が病んでいく。


音を立たずに軋んでいく。


それは体調にも現れた。


喉の奥まで胃液がこみ上げてくる。


ここ数ヶ月は胃薬と頭痛薬は手放せなかった。


『◻︎◻︎◻︎、◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎』


「はい、以後気を付けます」


体が重い。


まぶたが痙攣する。


何を食べても味の変化が乏しい。


エナジードリンクや栄養ドリンクを飲み過ぎたせいか腹も壊しがちだ。


胃がキリキリと締め付けるように痛い。


『◇◇◇◇?◇◇◇◇!』


「…………。」


ふと、耳鳴りがした。


目の前がチカチカする。


パソコンの画面が見えない。


深夜なのに、周りが明るい。


体に力が入らない。


まだ報告書が仕上がってないのに。


片付けと、戸締りもまだ。


水でも飲も…


立ち上がろうとして、さっきまで明るかった視界がプツンと途切れた。


…………。

…………。


過労だった。


上司からは体調管理も出来ないのかと電話越しに怒鳴られた。


サボって迷惑をかけたのだから今すぐ来て謝罪しろとも言われた。


休みを返上しろと言われたが、元よりここ2ヶ月近く休みなんてなかった。


「…………。」


自分の中で、張り詰めていた糸が切れたような気がした。


病室に戻り携帯の電源を切る。


医者に安静にしろと言われ、3日間入院した。


栄養状態が悪く、臓器も弱ってたらしい。


体に力が入らず、起き上がるのも億劫だった。


点滴が落ちるのを見て過ごした。


…………。

…………。


ようやく退院できた。


こんなにゆったりと過ごしたのは上京してきて以来かもしれない。


携帯の電源を入れる。


着信が数十件。


メールもかなり溜まっていた。


会社からの最新のメールを確認する。


「…………!」


…………。

…………。


無断欠勤、上司に対する態度の悪さ、身に覚えのない仕事のミス。


他にも挙げ出したらキリがない、文字の羅列。


嵌められた、というより、押し付けられた。


身に覚えはないが、心当たりはあった。


上司の顔が脳裏をちらついていた。


5年間勤めた会社をクビにされた。


会社に出向いても門前払いだった。


今までの頑張りはなんだったのか。


最後は警備を呼ばれそうになった。


会社の前で、呆然と立ち尽くした。


…………。

…………。


ミーンミンミンミンミンミン…


まどろみの中、セミの鳴き声を聞いていた。


段々と覚醒していく意識の中、鳴き声はどんどん大きくなり、最後は時雨のような大合唱となった。


「……眩しい」


まぶたを開いてまず飛び込んできたのは板目の天井。


寝に帰るだけだったあのアパートの、冷たい単色の天井ではない。


不規則で、所々人の顔みたいに見える節目があって、だけど何処か温かみがある、そんな天井。


子供の頃は毎日起きたらまず目に入っていた光景だ。


布団から起き上がる。


かけていたはずのタオルケットは足元でくしゃくしゃに丸められていた。


暑い。


クーラーなどない木造二階建ての家屋だ。


初夏だというのに汗をかいている。


ちょうど朝日が射し込んでいた。


それでも都内の、おかしくなるような暑さじゃない。


「……帰って、きたんだったな」


ドラマや特撮で見かけるようなど田舎。


飲食店も書店も三階建て以上の建物だって近所には何もない。


1番近いコンビニだって車で20分はかかる。


山に囲まれているせいで見晴らしはそんなだし、日が暮れるのも早い。


電波も悪くて携帯じゃろくに通話もできない。


同年代もほとんどいない。


娯楽はないし、刺激もない。


昔はそれが嫌でたまらなくて、親と喧嘩別れするように飛び出したけれど、今は…


『……れぇーん!早く起きてきなぁ!お味噌汁冷めちゃうよぉ』


母の声がした。


子供の頃と変わらない、少し間延びした口調。


昨晩遅くに実家に帰った蓮を、母は何も言わずに迎えてくれた。


余計なことは何も言わず、ただ一言「おかえりぃ。布団、敷いてあるから」それだけ言って。


久しぶりに電話して、いきなり帰るとだけ言って電話を切った馬鹿息子を、文句も言わず、昼のうちに干しておいてくれたであろう布団を敷いて待っていてくれた。


都会と違ってバスが何本も来ることはない。


何十分も歩いては休憩し、歩いては休憩してを繰り返して疲れ果てて、家に着くなり着替えもせずに寝た。


病み上がりに駅から何キロも歩くのは無茶があった。


途中バスに追い越された時は待っておけばよかったと何度も後悔した。


何もしないで持っているだけなんて事、会社じゃなかったから。


時間を潰すことなんてなかった。


いつも誰かに言われた仕事に追われていた。


手持ち無沙汰が、ただ待っているだけが辛かった。


どんどん無言に追い詰められるようにして、歩き出して。


そうやって夜遅くに帰ってきたのだ。


…………。



夢も何も見なかった、と思う。


それほどに深い眠りだった。


本当に久しぶりに、安心して眠ることができた。


ふと味噌汁の匂いがすることに気付いた。


なぜか泣きたくなった。


…………。


「おはよぉね。ご飯は食べる分よそいなぁ。たくさんあるから好きなだけ食べなよぉ。お母さんはもう出るからねぇ。お皿は水つけとけばいぃから」


あれだけ大口を叩いて飛び出していったのに、仕事をクビになって。


逃げ帰ったと、半端もんと怒られるかとビクビクしながら帰ったのに。


階段を下りてすぐに会った母は、まるで昨日までずっとそうであったかのように、これがいつもの日常だと言わんばかりに、何事もない様子だった。


すでに身支度を済ませていて、家を出る時に「暗くなる前には帰るからねぇ」とだけ言って仕事に向かって行った。


車のエンジン音が遠ざかって行く。


あんなに、小さな背中だっただろうか。


化粧など最低限しかしないのは相変わらずだった。


けれどあんなにシワが目立ってただろうか。


ほとんど逃げるように家を出てしまって、相当気苦労をかけたと思う。


ただでさえうちは…。


「…………。」


玄関が閉まった音が、いつまでも耳の奥に残っていた。


…………。

…………。


「ほんと、何やってんだか…」


夕方になった。


とにかく手持ち無沙汰であることに落ち着かず、皿洗い、掃除、洗濯、片付けを黙々とやっていた。


子供の頃は手伝いだってなんやかんや理由をつけてやらなかったのに。


手伝いをしたのなんて…


「……何かやらかして、怒られた時ばっかりだったな」


不意に居た堪れなくなった。


何もしないことが苦痛だった。


仕事をクビになったことが、またジクジクと傷口みたいに傷んだ、気がした。


まるで本当にそこに傷があるみたいに、胸が痛くて、力一杯握りしめた。


どんなに頑張っていたつもりでも、認めてもらえず、居場所なんてあそこにはなかったんだ…


ひどく、喉が渇いた。


「どうするかな。母さんが帰ってきたら、色々話さないとな…」


役場で働く母は17時半くらいには帰ってくるはずだ。


まだ1時間以上ある…


ガラガラガラ!


「……っえ?」


玄関が開く音がした。


帰ってきた?


いや、近所の誰かだろうか。


車のエンジン音はしなかった。


こんな田舎だし鍵をかけない家も多かった気がする。


うちもそうだった、かも。


もしかしたらお隣のオバさんかもしれない。


昔からよくお裾分けだなんだとウチに来てた…。


気まずいが、出ていかないわけにもいかない、か。


ドクンと心臓が跳ねた、気がした。


喉が渇く。


目元がぴくりと痙攣した。


今の自分の姿を知り合いには見られたくなかった。


ご近所さんはみんな、母がまだ帰らないのを知ってるはずだ。


どうせ畑の野菜でも届けに来ただけだろう。


別に出なくても…


ドタドタドタ…!


「え…?」


不意に玄関の方からこちらに向かって走ってくる足音が響いた。


玄関と居間を遮るふすまが勢いよく開き、小さな影が飛び込むように入ってきた。


「たっだいまー!」


よく日に焼けた肌。


揺れる、ひとまとめにされた長い髪。


黒いランドセルは右肩に片がけにしていて、家に着くまでも走ってきたのだろう。


健康的な小麦色の肌は汗ばみ、濡れたシャツが張り付いていた。


天真爛漫を絵に描いたような明るい笑顔は、まるで向日葵のようだった。



それが、恵との出会いだった。


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