京編④
「虹香、急に呼び出してどうしたの?相談ってなに?」
授業を終えた午後、虹香に、相談があるから部屋に来てほしいって言われて、虹香の部屋に来た。
「あのね、みゃーちゃん」
「ん?」
「……あの時ね、みゃーちゃんがいなくなっちゃうかもって、……死んじゃうかもって……、わたし、すごく怖かったの」
「うん」
あの時って、わたしが木の下敷きになって3日も眠ってた時のことだよね。
「またそんなことになったら、わたし、きっと後悔すると思うの。言いたいこと、言っておけばよかったって」
「言いたいこと?」
なんだろ。なんか怒らせるようなことした?
「本当は、あの伝説の花園で言いたかったんだけど、見つけられなくて……」
「伝説って都市伝説?というか、七不思議の?」
聞いたことはあるけど、どんな話だったっけ?
「みゃーちゃん」
「なに?」
「わたし、みゃーちゃんが好き」
「……ん?」
好き?
「なんだ、そんなこと。知ってるよ」
「違う。普通の……、友達としての好きじゃないよ。恋愛の好きなの」
「え?」
恋愛の、好き?
「それって……」
「ごめんね。みゃーちゃんを困らせたくないって、ずっと黙ってた。でも、もう黙ってるのは嫌。だから……」
「……そっか」
周りによくあったことだし、偏見はないけど……。
「ごめん、虹香。わたし、好きな人いる」
「……男子寮の人?」
「うん。すごく優しい人なの。虹香だから言うんだけどね、今も毎日会いに行ってる」
「……わたしじゃ、ダメ?」
「うん」
「男子寮の人とは、血、飲んだりしてる?」
「してないよ。できないし」
「だよね。でも、わたしだったらできるよ。他の子たちも、こっそりパートナーの血、飲んだりしてる。男の人が相手だとできないこと、できるよ」
「そうだね。それでも、わたし、彼がいいの。わたしの血をあげるなら、怜央くんだけ。そう決めてる」
「……そっか……」
「でも、虹香の気持ち、嬉しかったよ」
「……わたし、たぶんしばらくは、諦められないよ。でも、もう好きなんて言わないから。レオくん?のことも、応援する。だから、これからも、友達として仲良くしてくれる?」
「もちろん」
虹香が泣きながら抱きついてきた。
1人でずっと抱え込んでたんだ……。気づいてあげればよかった。
応えてはあげられなかったと思うけど……。それでも……。。
「ねぇ、虹香」
「……ん……。?」
「この際、言っておくね。わたし、悪化したんだって」
「え……?」
「わたしの薬ケース、大きくなったでしょ?悪くなったからなんだって」
「“アルニラム”になったからじゃないの?」
「“アルニラム”になったのは本当。でも、薬ケースが大きくなったのは、悪くなったから。前より、喉が渇きやすくなったの」
「……そっか……。わたしも、悪くなりたいなぁ」
「虹香?」
「そうしたら、みゃーちゃんとずっと一緒にいられるもん」
「そんなこと言わないで。たしかに虹香より死に近くなったかもしれないけど、そんなのわかんないよ。ほら、“クー”でも死んでしまう子、よく聞くでしょ?それに、わたし、虹香には生きてほしい」
「みゃーちゃん……」
「約束。絶対、なにがあっても、生きてよ?」
「うん……みゃーちゃんとの約束なら、絶対守るよ」
わたしたちは2人で小指を絡めあった。
「京ちゃん?」
「……あ、ごめん。なに?怜央くん」
「いや……ぼーっとしてるから。大丈夫?」
「うん、平気」
怜央くんと会える貴重な時間なのに、ぼーっとするなんてもったいない。
「疲れてるなら、今日は早く帰って休むか?」
「大丈夫だって。ただ、最近ちょっと体が重いだけ」
「それは大丈夫じゃないんじゃないか?」
「前に言ったでしょ?わたしの病気、ちょっと珍しくて進行するんだって。だからかなって思ってる」
「医務室で見てもらえばわかるはずだよ」
「行ってないよ」
「行かなきゃダメだろ」
「大丈夫。でも、おかしいんだよね」
「なにが?」
「悪くなってるなら、薬の量も増えるはずなのに、最近気づいたら全然飲んでないってこと多いの。この前なんて、一日中飲まなくても平気だったんだよ」
「それ、大丈夫じゃないんじゃない?」
「どうだろ。まぁまたおかしいなって思ったら、医務室に行くよ」
「今すぐ行ってほしいけど……」
「じゃあ後でね」
「わかった。明日会うの、無理しなくていいからな」
「うん」
怜央くんにはそう言ったけど、行くつもりはないからね。
だって本当に平気なんだもん。薬の量減ってるなら、悪いことじゃないだろうし。
……って思ってると、翌朝、一段と体が重かった。
さすがにこれは危ないかもな……。授業が終わってから、医務室に行ってみよう。
教室を出て廊下を歩いてると、
「みゃーちゃん、大丈夫?」
虹香の顔が目の前にあった。
「……え?」
「また。今日これで12回目だよ。疲れてるの?大丈夫?」
ぼーってしすぎて、虹香に怒られた。
「ちょっと疲れてるだけだよ。大丈夫。今日の午後、医務室に行ってみる」
「そうした方がいいよ。一緒に行こうか?」
「そこまでしなくていい。ただ疲れが溜まってるだけだと思うから」
笑いながら階段に足を踏み出した瞬間だった。
「……え……?」
全身の力が一気に抜けた。そのまま階段を転がる。
痛い……っていうより、なんか、変な感じ。
「みゃーちゃん?!」
虹香が叫んで、慌てて駆け寄ってきた。
「みゃーちゃん!みゃーちゃん!」
大丈夫だよ、虹香。なんでか口は動かせないけど、見えてるから。聞こえてるから。
だから、心配しないで。泣かないで。
今日の怜央くんとの約束……たぶん、行けないな。
虹香、代わりに行ってよ。心配しないでって伝えて。
……って、聞こえないか……。
あー……意識あるんだから、声くらい出させてよ……。
もう意識も遠くなってきてるんだけど。また医務室で目覚めるのかな……。
やっぱり……。医務室だ。もう見慣れたよ、この天井。
「京さん」
「……先生……わたし……」
「大丈夫?体、痛くない?」
「ちょっと、痛いです」
「階段から落ちたんだものね。打撲はあるけど、骨折はしてないみたいだから、安心していいわ」
「はい」
「ちょっと待っててね。紅音さんたちが、あなたに話すことがあるって言ってるから、今から呼ぶわ」
「え?」
紅音さんたちって……また?今度はなに……?
「待たせてごめんね、京」
「あ、いえ」
医務室に入ってきた3人組の中で、藍莉さんが言ってくれた。
ペッドの上で上半身だけ起こして、藍莉さんたちと向き合う。
「おめでとう、京。完治が確認されたわ」
紅音さんの言葉は、信じられないものだった。
「……どういうことですか?」
「吸血鬼症候群が治ったの」
「治るものだったんですか?」
「治療方法はないから自然に治るのを待つしかないけど、6割が自然に治るというのは、この100年の研究で証明されつつある」
そんなの、授業で習ってない……。なんでそんな大事なことを、ここでは教えてくれないの?
「この学園は卒業よ」
「……そう、ですか……」
虹香や怜央くんと、お別れなんだ……。
「友達にどう伝えたいか、考えなさい」
「え?」
どう伝える?どういうこと?
「紅音は言葉が少ないから……」
藍莉さんが呆れてる。
「あのね、京。6割もの人間が治ってるのに、ここでは治って卒業していった人の事なんて、ほとんど噂にならないでしょう?」
「はい」
「それは、本人たちが死んだことにしてほしいって願ってるからなの」
「……え……」
「過去の自分と決別したいとか、ここでの自分とは別の人間として生きていきたいとか、友達に自分だけ治ったことで恨まれたくないとか、理由はいろいろよ。でもほとんどの人が、ここを出る時に一度死んで、新しい自分として生きていくことを望むの。だから京も、好きな方を選んで。死ぬことにするのか、治って卒業したことを話すのか」
「……死んだことにしたら、もう友達には会えませんよね」
「そうね。突然の発作で亡くなったってした方が自然でしょう?今回は、周りの目もあったから嘘とは思えないもの」
授業が終わった直後っていう、一番みんなが集まってるところで倒れたからなぁ……。
「じゃあ……」
答えはもう決まってる。
「死んだことにしてください」
「いいの?」
「はい」
「理由を聞いてもいい?」
「ここでの生活、幸せでした。こんなわたしを好きだって言ってくれる人、2人も見つけました。わたしも2人が大好きでした。その人たちは、まだ生きてるってわかれば、いつまでもわたしを好きでいてくれるはずです。わたしだって、2人のことを忘れられる気がしませんから。だからこそ、死んだことにして、わたしのことを忘れてほしいんです。……間違ってますか?」
「いいえ。素晴らしいと思う。それだけしっかりした理由があるのなら、大丈夫ね。じゃあお友達に“遺言”はある?」
「虹香に……生きてって、それだけ……」
「わかった。ちゃんと伝えるから、安心してね」
「はい」
これでいい。これでいいんだ。
怜央くんにも、虹香にも、また会えるとは限らない。だから、死んだことにした方がいい。
……悲しいけど……。
「ご家族に連絡をするわ。場合によってはすぐ出発だから、雪乃と藍莉に必要なものを伝えて、荷物をまとめておきなさい」
紅音さんは医務室を出ていった。
「じゃあこれに書いてね。わたしたちが京の部屋から取ってくることになるから」
「はい」
「あ、あと、京ちゃん、これ」
雪乃さんは小さな名刺のような紙をくれる。
「ここを卒業した先輩方が運営してる会なの。吸血鬼症候群の啓発とかいろいろやってるとかころ。困ったことがあったら、ここを訪ねるといいわ」
「ありがとうございます」
わたし、本当に治ったの……?
まだ全然実感ないけど、どこかではわかってるような、変な感じがした。




