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吸血姫ハ愛ヲ求ム  作者: 金柑乃実
8/23

京編④

「虹香、急に呼び出してどうしたの?相談ってなに?」

授業を終えた午後、虹香に、相談があるから部屋に来てほしいって言われて、虹香の部屋に来た。

「あのね、みゃーちゃん」

「ん?」

「……あの時ね、みゃーちゃんがいなくなっちゃうかもって、……死んじゃうかもって……、わたし、すごく怖かったの」

「うん」

あの時って、わたしが木の下敷きになって3日も眠ってた時のことだよね。

「またそんなことになったら、わたし、きっと後悔すると思うの。言いたいこと、言っておけばよかったって」

「言いたいこと?」

なんだろ。なんか怒らせるようなことした?

「本当は、あの伝説の花園で言いたかったんだけど、見つけられなくて……」

「伝説って都市伝説?というか、七不思議の?」

聞いたことはあるけど、どんな話だったっけ?

「みゃーちゃん」

「なに?」

「わたし、みゃーちゃんが好き」

「……ん?」

好き?

「なんだ、そんなこと。知ってるよ」

「違う。普通の……、友達としての好きじゃないよ。恋愛の好きなの」

「え?」

恋愛の、好き?

「それって……」

「ごめんね。みゃーちゃんを困らせたくないって、ずっと黙ってた。でも、もう黙ってるのは嫌。だから……」

「……そっか」

周りによくあったことだし、偏見はないけど……。

「ごめん、虹香。わたし、好きな人いる」

「……男子寮の人?」

「うん。すごく優しい人なの。虹香だから言うんだけどね、今も毎日会いに行ってる」

「……わたしじゃ、ダメ?」

「うん」

「男子寮の人とは、血、飲んだりしてる?」

「してないよ。できないし」

「だよね。でも、わたしだったらできるよ。他の子たちも、こっそりパートナーの血、飲んだりしてる。男の人が相手だとできないこと、できるよ」

「そうだね。それでも、わたし、彼がいいの。わたしの血をあげるなら、怜央くんだけ。そう決めてる」

「……そっか……」

「でも、虹香の気持ち、嬉しかったよ」

「……わたし、たぶんしばらくは、諦められないよ。でも、もう好きなんて言わないから。レオくん?のことも、応援する。だから、これからも、友達として仲良くしてくれる?」

「もちろん」

虹香が泣きながら抱きついてきた。

1人でずっと抱え込んでたんだ……。気づいてあげればよかった。

応えてはあげられなかったと思うけど……。それでも……。。

「ねぇ、虹香」

「……ん……。?」

「この際、言っておくね。わたし、悪化したんだって」

「え……?」

「わたしの薬ケース、大きくなったでしょ?悪くなったからなんだって」

「“アルニラム”になったからじゃないの?」

「“アルニラム”になったのは本当。でも、薬ケースが大きくなったのは、悪くなったから。前より、喉が渇きやすくなったの」

「……そっか……。わたしも、悪くなりたいなぁ」

「虹香?」

「そうしたら、みゃーちゃんとずっと一緒にいられるもん」

「そんなこと言わないで。たしかに虹香より死に近くなったかもしれないけど、そんなのわかんないよ。ほら、“クー”でも死んでしまう子、よく聞くでしょ?それに、わたし、虹香には生きてほしい」

「みゃーちゃん……」

「約束。絶対、なにがあっても、生きてよ?」

「うん……みゃーちゃんとの約束なら、絶対守るよ」

わたしたちは2人で小指を絡めあった。


「京ちゃん?」

「……あ、ごめん。なに?怜央くん」

「いや……ぼーっとしてるから。大丈夫?」

「うん、平気」

怜央くんと会える貴重な時間なのに、ぼーっとするなんてもったいない。

「疲れてるなら、今日は早く帰って休むか?」

「大丈夫だって。ただ、最近ちょっと体が重いだけ」

「それは大丈夫じゃないんじゃないか?」

「前に言ったでしょ?わたしの病気、ちょっと珍しくて進行するんだって。だからかなって思ってる」

「医務室で見てもらえばわかるはずだよ」

「行ってないよ」

「行かなきゃダメだろ」

「大丈夫。でも、おかしいんだよね」

「なにが?」

「悪くなってるなら、薬の量も増えるはずなのに、最近気づいたら全然飲んでないってこと多いの。この前なんて、一日中飲まなくても平気だったんだよ」

「それ、大丈夫じゃないんじゃない?」

「どうだろ。まぁまたおかしいなって思ったら、医務室に行くよ」

「今すぐ行ってほしいけど……」

「じゃあ後でね」

「わかった。明日会うの、無理しなくていいからな」

「うん」

怜央くんにはそう言ったけど、行くつもりはないからね。

だって本当に平気なんだもん。薬の量減ってるなら、悪いことじゃないだろうし。


……って思ってると、翌朝、一段と体が重かった。

さすがにこれは危ないかもな……。授業が終わってから、医務室に行ってみよう。


教室を出て廊下を歩いてると、

「みゃーちゃん、大丈夫?」

虹香の顔が目の前にあった。

「……え?」

「また。今日これで12回目だよ。疲れてるの?大丈夫?」

ぼーってしすぎて、虹香に怒られた。

「ちょっと疲れてるだけだよ。大丈夫。今日の午後、医務室に行ってみる」

「そうした方がいいよ。一緒に行こうか?」

「そこまでしなくていい。ただ疲れが溜まってるだけだと思うから」

笑いながら階段に足を踏み出した瞬間だった。

「……え……?」

全身の力が一気に抜けた。そのまま階段を転がる。

痛い……っていうより、なんか、変な感じ。

「みゃーちゃん?!」

虹香が叫んで、慌てて駆け寄ってきた。

「みゃーちゃん!みゃーちゃん!」

大丈夫だよ、虹香。なんでか口は動かせないけど、見えてるから。聞こえてるから。

だから、心配しないで。泣かないで。

今日の怜央くんとの約束……たぶん、行けないな。

虹香、代わりに行ってよ。心配しないでって伝えて。

……って、聞こえないか……。

あー……意識あるんだから、声くらい出させてよ……。

もう意識も遠くなってきてるんだけど。また医務室で目覚めるのかな……。


やっぱり……。医務室だ。もう見慣れたよ、この天井。

「京さん」

「……先生……わたし……」

「大丈夫?体、痛くない?」

「ちょっと、痛いです」

「階段から落ちたんだものね。打撲はあるけど、骨折はしてないみたいだから、安心していいわ」

「はい」

「ちょっと待っててね。紅音さんたちが、あなたに話すことがあるって言ってるから、今から呼ぶわ」

「え?」

紅音さんたちって……また?今度はなに……?


「待たせてごめんね、京」

「あ、いえ」

医務室に入ってきた3人組の中で、藍莉さんが言ってくれた。

ペッドの上で上半身だけ起こして、藍莉さんたちと向き合う。

「おめでとう、京。完治が確認されたわ」

紅音さんの言葉は、信じられないものだった。

「……どういうことですか?」

「吸血鬼症候群が治ったの」

「治るものだったんですか?」

「治療方法はないから自然に治るのを待つしかないけど、6割が自然に治るというのは、この100年の研究で証明されつつある」

そんなの、授業で習ってない……。なんでそんな大事なことを、ここでは教えてくれないの?

「この学園は卒業よ」

「……そう、ですか……」

虹香や怜央くんと、お別れなんだ……。

「友達にどう伝えたいか、考えなさい」

「え?」

どう伝える?どういうこと?

「紅音は言葉が少ないから……」

藍莉さんが呆れてる。

「あのね、京。6割もの人間が治ってるのに、ここでは治って卒業していった人の事なんて、ほとんど噂にならないでしょう?」

「はい」

「それは、本人たちが死んだことにしてほしいって願ってるからなの」

「……え……」

「過去の自分と決別したいとか、ここでの自分とは別の人間として生きていきたいとか、友達に自分だけ治ったことで恨まれたくないとか、理由はいろいろよ。でもほとんどの人が、ここを出る時に一度死んで、新しい自分として生きていくことを望むの。だから京も、好きな方を選んで。死ぬことにするのか、治って卒業したことを話すのか」

「……死んだことにしたら、もう友達には会えませんよね」

「そうね。突然の発作で亡くなったってした方が自然でしょう?今回は、周りの目もあったから嘘とは思えないもの」

授業が終わった直後っていう、一番みんなが集まってるところで倒れたからなぁ……。

「じゃあ……」

答えはもう決まってる。

「死んだことにしてください」

「いいの?」

「はい」

「理由を聞いてもいい?」

「ここでの生活、幸せでした。こんなわたしを好きだって言ってくれる人、2人も見つけました。わたしも2人が大好きでした。その人たちは、まだ生きてるってわかれば、いつまでもわたしを好きでいてくれるはずです。わたしだって、2人のことを忘れられる気がしませんから。だからこそ、死んだことにして、わたしのことを忘れてほしいんです。……間違ってますか?」

「いいえ。素晴らしいと思う。それだけしっかりした理由があるのなら、大丈夫ね。じゃあお友達に“遺言”はある?」

「虹香に……生きてって、それだけ……」

「わかった。ちゃんと伝えるから、安心してね」

「はい」

これでいい。これでいいんだ。

怜央くんにも、虹香にも、また会えるとは限らない。だから、死んだことにした方がいい。

……悲しいけど……。

「ご家族に連絡をするわ。場合によってはすぐ出発だから、雪乃と藍莉に必要なものを伝えて、荷物をまとめておきなさい」

紅音さんは医務室を出ていった。

「じゃあこれに書いてね。わたしたちが京の部屋から取ってくることになるから」

「はい」

「あ、あと、京ちゃん、これ」

雪乃さんは小さな名刺のような紙をくれる。

「ここを卒業した先輩方が運営してる会なの。吸血鬼症候群の啓発とかいろいろやってるとかころ。困ったことがあったら、ここを訪ねるといいわ」

「ありがとうございます」

わたし、本当に治ったの……?

まだ全然実感ないけど、どこかではわかってるような、変な感じがした。


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