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吸血姫ハ愛ヲ求ム  作者: 金柑乃実
7/23

京編③

目を覚ますと、見覚えのある場所だった。

まだこの学園に来たばかりの頃、何度もお世話になった場所だ。

「起きたのね」

すぐ横で優しい声がして、如月先生の顔が目の前に見える。

「……せんせ……?」

「倒木の下敷きになってたのよ。たまたま通りかかった人が知らせてくれたの」

「倒木……」

全然覚えてない……。

「どうしてあんなところにいたの?森の中は危ないからダメだって、聞いてるでしょう?」

「……栗……。栗の木があったから……、栗拾いを……」

「もうそんな季節じゃないのよ」

知ってるよ……。でも、怜央くんに会うつもりだった、なんて言えるわけもない。

そういえば、怜央くんは?巻き込まれてないよね?

「頭を打ってるみたいだったから、精密検査をしたの。結果がわかるにはもう少しかかるけど、意識もはっきりしてるみたいだし、大丈夫ね」

「はい」

どこも変わったことは無いし、平気だと思う。

「待って」

え?

「あら……、あなたたち……」

「先生、これを」

突然医務室に入ってきた紅音さんが、何かの紙を如月先生に渡す。

「これは……!」

なに?それ、わたしに関係あるの?精密検査の結果かな?

というか、喉、渇いた。

「京」

紅音さんがわたしの隣に立ってた。わたしの顔を見て、少し眉を寄せると、ポケットからカッターナイフを取り出して、掌を切る。

「……!」

「飲みなさい」

その掌を差し出された。

「……大丈夫、です」

血の匂い……。嫌だ。嗅ぎたくない。

美味しそうなんて……バニラの匂いより美味しそうなんて、思いたくない。

「そうは見えないから言ってるの。飲みなさい」

「いりません」

「京」

顔を背けると、紅音さんの手でまた戻された。

「抵抗したって苦しくなるだけよ。その様子だと、タブレットでは補えないでしょう。早く飲みなさい」

「……嫌です」

「いい加減認めなさい」

「……っ!」

「どんなに避けたって、信じたくなくたって、わたしたちは病気なの。血を飲まなきゃ死ぬのよ。タブレットなんて、何の意味もない。ただ一時的に渇きを癒してくれるだけ」

「……」

「京ちゃん」

雪乃さんが優しく頬を撫でてくれる。

「血を飲むのは怖いわ。その気持ち、わたしたちもわかる。でも、それは命を繋ぐために大切なことなの。京ちゃんはね、もう3日も寝てたのよ」

「みっ、か……?」

「その間輸血と点滴が同時に行われてた。それがあったから、今、京ちゃんは生きてるの」

「紅音の血、美味しいから。飲める機会なんてないんだから、今がチャンスよ」

藍莉さんに体を起こされて、わかった。もう逃げられない。血を飲むしかないんだって。

両手で紅音さんの手を取り、ゆっくり口をつけた。

軽く息を吸った瞬間、口の中に、なにかが一気に広がる。

そしてそれは、初めて感じる幸福感のようなものに繋がった。

おいしい。どんな味って言えるような味じゃないけど、今までで1番美味しい。

どんなに甘いケーキより、大きなハンバーグより。どんなものよりもおいしい。


紅音さんの血をもらったおかげか、意識がはっしりしてきた。

「京、落ち着いて聞いてね」

「はい」

藍莉さんが真面目な顔してる。何を言われるの?

「……悪くなってるの」

「え……?」

「脳に衝撃を受けたことが原因なのか、元々進行するタイプの病気だったのかは、まだわからない。でも、あなたの吸血鬼症候群、悪くなってる」

「……ウソ……」

「こんな大事なこと、嘘なんて言えないわ」

紅音さんが冷たく言う。

「わたし、死ぬの……?」

「落ち着いて。この病気はね、進行することもあるのよ。発症した人間の3割は進行することも、ここ100年の研究でわかりかけてきてる。だから、怖がることじゃないよ」

3割が進行する……。かなりの確率だけど、今まで聞いた事ない。

「それに伴って、京、あなたの階級が1つ上がるの」

「上がるって……」

「“クー”から“アルニラム”になったのよ。変わるのは一つだけ。薬のケースが“アルニラム”用になるわ。今持ってるケースを補充する機械にセットしたら、新しいのに変わるから、部屋に戻る前にするといいよ」

「階級って、病気の重症度って噂、本当だったんですね……」

「……わたしたちも、その真相は知らないの。でも、そうじゃないかとは思ってる」

「藍莉、勝手なこと言わないで」

「事実でしょ、紅音」

「確かな情報じゃないわ。ただの推測よ」

紅音さんは隠したがってる。ってことは、これ、秘密の情報なんだ。

あんまり言わない方がいいってことかな……。

「とにかく、話はそれだけよ。他に異常はないようだから、部屋に戻れるなら戻りなさい。今回のことは、不意の事故として処理する。先生たちにも罰はなしということで同意してもらったわ」

「そりゃ、敷地内の木が勝手に倒れるほど腐ってたんだから、責任問題だもんね」

「藍莉」

「はいはい。京、立てる?」

「……はい」

藍莉さんの手を借りてベッドから立った。

ちょっとフラフラするけど、これくらいなら大丈夫だ。

「京さん、なにかいつもと違うって思ったら、すぐに医務室に来てね」

「はい。ありがとうございました」

如月先生には頭を下げて、医務室を出た。


売店の前で、いつものように薬ケースを機械にセットする。

『ケースを交換します』

機械的な声が聞こえてきて、セットしていたケースは勝手に空いた穴に落ちていった。

そして新しく出てきたのは、掌でようやく側面が覆えるほどの小瓶。

蓋の薔薇の模様が2つになってる。

……わたし、“アルニラム”になったんだ……。悪くなった。今までよりもっと。

治る可能性が減った?元々、治る確率低いのに?じゃあ、治らないの?

これからずっと、この病気と付き合っていかなきゃいけないの?

それとも……、もうすぐ死ぬ?……ううん、ちょっと待って。

わたしが“アルニラム”で、藍莉さんや雪乃さんはそれより上の“スピカ”、紅音さんは“ベガ”。

藍莉さんも雪乃さんも紅音さんも、わたしより悪いってことになる。

……じゃあ、大丈夫だよね?

「みゃーちゃん?!」

「虹香……」

声だけで虹香ってわかって、振り返ると、虹香が追突してきた。

「う……っ!に、虹香、痛い……」

「あ、ご、ごめん!それより、みゃーちゃん、大丈夫?!」

「大丈夫だよ」

「倒れてきた木の下敷きになったんでしょ?」

「あんまり覚えてないけど、そうみたい」

「……よかったぁ……」

虹香はわたしにすがりついたまま、ズルズルとその場に座り込む。

「ずっと意識ないって聞いてて……怖くて……」

「心配させてごめん。もう大丈夫だから」

「みゃーちゃんがいなくなったら、わたし、死んじゃうよ……」

「そんなこと言わないでよ。ほら、立って。部屋に戻りたいの。このまま置いていってもいいの?」

「ダメ!」

「じゃあ早く立ってよ」

虹香には、言わなくてもいいよね……?


次の日ようやく行けた教室に、いつもの本はなかった。

3日も寝てたみたいだし、やっぱり、もうあの手紙のやり取りは終わりかな。

おすすめされた本を読むのもだけど、文通、楽しかったのに。

「……あ」

まただ。喉が渇く。水を飲んでも潤わない。

前に比べて、薬を飲む回数が増えた。やっぱり、悪くなったせいかな。

でも、この薬、前と味が変わったような気がする。悪くなったら味覚も変わったのかな。

なんていうか……紅音さんからもらった血の方が、美味しかった。

あれに比べると、すごく薄味。美味しくない。それでも、飲まなきゃいけないからね。

……今夜、あの栗の木の下、行ってみようかな。


夜7時半。あの日と同じ時間に、寮を出てすぐの森に入り、校舎を目指して歩いた。

寮と校舎の間にある2本の栗の木を通り過ぎ、校舎が見えそうで見えない距離の栗の木に近づく。

その木に、男の人が背中を預けて立ってた。

スポーツマンって感じの、ここでは珍しくしっかりした体つきの男の人。

この人、怜央くん?いや、でも……。なんか、生徒というより、先生な感じ?

太陽の下を歩けない吸血鬼症候群にかかってるとは思えない。

生徒はみんな患者だけど、先生はみんな健康な人たちだもんね。

でも……、暗いからよくわかんないけど、すぐ近くの外灯に照らされてる顔は、青白い。

やっぱり生徒?わかんない。

どうしよう。先生だったら、見つかったらアウト。

今度は2回目だ。もうごまかせないだろうし。このまま声をかけずに帰るべき?

えー……でも、そうすると、怜央くん本人だった場合、もったいない。

「……京ちゃん?」

「え……」

その人が、こっちを見てた。

「京ちゃん、だよね?」

低い声。すごく低くて、優しい。

「……はい」

「よかった……、元気になったんだね」

「え……?」

「あ、オレ、怜央。いつも手紙、ありがとう」

「あ……」

怜央くんなんだ!

「びっくりした……すごく大人で……先生だったらどうしようって、声かけるか迷ってたの」

「そう?それはうれしいな。そうだ。怪我、大丈夫?」

「怪我?」

「ここで倒れてただろう?あれ見つけたの、オレなんだ。こっちじゃ女子寮の話は流れてこないし、先生なら知ってるかなっても考えたけど、聞けないしさ」

「あ、うん。昨日まで意識がなかったの。でも、今は平気。病気の方がちょっと悪化したみたいだけど、怪我はしてないよ」

「悪化って……。ごめん、オレがもっと早く来てれば……」

「怜央くんのせいじゃない。わたしだって、会えるの楽しみにしすぎて早く来ちゃってたし、木が倒れるのに気づかないとか周り見てなかったってことだし」

「いや、京ちゃんこそ悪くないだろ」

「じゃあお互い様ってことで!もうこの話やめよう!それより、楽しい話したい」

お互いに謝りあってるままじゃ、この時間がもったいないからね。

「わたし、いつも想像してたの。怜央くんの手紙読みながら、こんな人かなって」

「予想通りだった?」

「うーん……ちょっと予想外。だって、あんなにたくさんの本を読む人、もっとへにょってしてるヘタレな人かと思ってた。眼鏡で痩せてて青白くて。でも、怜央くんは正反対。眼鏡もかけてないし、すごく強そう」

「肌が白いのは当たりだけどね」

「ね、怜央くんは?怜央くんの想像してたわたしは、予想通り?」

「予想通りだよ。思った通りかわいい子だった」

「か、かわいいって……!」

一気に頬が熱くなった。言われ慣れてないから、照れる……。

「京ちゃん、明日も会いたいって言っていいかな?」

「え?」

「これから毎日……とは言わない。たまにでいい。来れる時に来てくれれば。オレ、毎日ここにいるから。だから、会いたい」

「それは……」

「……ごめん。無理だよな。困らせるつもりじゃなかったんだ」

「無理なんかじゃないよ。わたしも、怜央くんに会いたい」

怜央くんは顔をくしゃっとして笑った。

さっきの大人な怜央くんじゃなくて、すごく子どもみたいなかわいい笑顔。

その瞬間、胸がキュッと縮まるように感じた。

これだ。これが恋なんだ。この気持ちが、誰かを好きになるってことなんだ。

恋は苦しいなんて言うけど、あれはウソだね。

だって、苦しいなんて全くない。ただ幸せって気持ちしかない。

この人を好きになれてよかったって。これが恋なら、悪いことじゃないよ。


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