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吸血姫ハ愛ヲ求ム  作者: 金柑乃実
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京編②

いつも通り虹香と教室に行くと、教室の雰囲気がいつもと違った。

みんな端に固まって、中央に視線を集めてる。

「おはよう」

「あ、おはよう、(みやこ)ちゃん、虹香ちゃん」

「なにかあったの?」

「あれだよ」

ドア付近にいたクラスメイトに聞くと、その子はぽっかりと空いた空間を指した。

そこには、向かい合う同じクラスの2人が。

「なに?」

「あの2人、前から付き合ってるって噂あったじゃない?あれ、やっぱり本当だったみたい。それで、浮気したとかって……」

修羅場ってやつか。

「だから、落ち着いて、ミワ。わたし、別に浮気なんてしてないよ。ずっとミワだけだって」

「嘘つき!この前、2人で楽しそうに話してたじゃない!」

「それは、日直の仕事があったからで……」

ミワちゃんとはあんまり話したことないけど、こんなメンヘラな子だとは。

「日直は仕方ないでしょう?そんなことで怒らないでよ……」

「そんなこと?!大事なことでしょ?!」

「……じゃあ言うけど、ミワだって、わたしの前でいつも他の子ばかり褒めるじゃん。それ、わたしがいつもどんな思いで聞いてるかわかってる?」

「話逸らさないでよ!」

「逸らしてない!同じことだよ!わたし、ミワに責められることなんてしてないし、ハルカとはなんの関係もないよ!」

「もういい!そんなにあの子の方がいいなら、わたし、ここで手首切って死んでやる!」

「いい加減にしなさい!」

うわ……びっくりしたぁ。空気が痺れるくらい強い声。

興奮状態だった修羅場の2人を黙らせて、周りの野次馬の視線を集める声を出せるのは、1人しかいない。

紅音(あかね)さん……」

藍莉(あいり)さんと雪乃(ゆきの)さんも……」

上級の3人が勢揃いで教室に入ってきた。

「2人とも、落ち着きなさい。こんな場所で痴話喧嘩なんて、みっともないわ」

紅音さんは、強い声でミワちゃんを諌める。

「ミワ、周りを見て。これだけの子たちがあなたの血を見せられて、何か起こったら責任が取れるの?」

「……でも、紅音さん、サナはわたしを裏切ったんです」

「そんなことは聞いてない。どんな状況でも、血を流しても平気だなんて言わないで。はっきり言って迷惑よ」

「紅音、言い過ぎ」

「そうよ、紅音ちゃん。もうちょっと優しく……」

「……じゃあ、あなたたちがどうにかしなさいよ。傍観してたくせに」

「おもしろいことになってたからね〜」

「藍莉ちゃんに止められて……」

相変わらず仲が良さそうな3人だ。

「ミワちゃん、サナちゃんが他の女の子とお話しているのを見つけた時、つらかった?」

雪乃さんが優しい声でミワちゃんの言葉を誘う。

「……つらかった、です」

「つらかったのね。でも、その時じゃなくてもいい、後からでも、冷静になってみた?サナちゃんの気持ちを、冷静に考えてみた?」

「……」

「そのブレスレット、素敵ね。サナちゃんも同じものをしてたのを見たことあるけど」

「サナが、今年の誕生日に、売店で買ってくれて……」

「大切にされてるのね。形に残るほどはっきりと好きだっていう気持ちを表現してくれているのに、どうしてあなたは大好きなサナちゃんのことを信じられないの?」

「信じてないなんて……!」

「あなたがそう思っていても、わたしたち部外者から見たらそう見えるわ。あなたがしていることは、そういうことなのよ」

雪乃さんに説得されて、ミワちゃんは涙目になりながらサナちゃんを見た。

「サナ、あなたもね」

「藍莉さん……」

「好きな人を不安にさせる前に、プレゼントを渡して形として気持ちを見せるより、形に残らなくてもはっきりと伝わる方法が選べたはず。素直な気持ちを、何度でも伝えるべきだったんじゃない?」

「……はい」

すごい。あの喧嘩を、簡単に止めてしまった。

病気に侵されているとは思えないほど強い。みんなが憧れるのも、仕方ない気がする。


「今日、すごかったねぇ。ミワちゃんとサナちゃん。あんなに仲良しだと思ってたのに」

「恋愛なんて感情は、簡単に壊れてしまう。その表れなんじゃないの?」

授業が終わって、なぜかわたしの部屋に虹香が来てた。

いや、ほんと何しに来たんだろ。さっきから世間話ししかしてないし。まぁもう慣れたからいいんだけど。

「でも、終わった後はすっきりしたみたいだったよ。手繋いで寮まで帰ってて、すごく幸せそうだった」

「周りを巻き込んでおいて、何もありませんでしたって?」

「……みゃーちゃんは、ああいうの嫌い?」

「当たり前じゃん。夫婦喧嘩は犬も食わないって言うでしょ。美味しくないものはいらない」

「でも、わたし、ミワちゃんの気持ちもわかるんだぁ」

「え?」

「好きな人にはずっと自分だけを見てほしい。他の人なんて見ないでほしい。その気持ちは、間違ったことじゃないって思うよ」

「……そう?」

なんか……虹香、恋愛でもしてるの?そんな感じの口ぶり。

先生たちも含めて男性との接点が全くないから、女子同士で誰と誰が付き合ってるとか、そういう話はよく聞く。まさか虹香も、誰かと付き合ってる?

いや、わたし以外といるところあんまり見ないし、片思いかな?

「わたしにはわかんないかな」

「みゃーちゃんはまだ人を好きになったことがないの?」

「恋愛的な意味だと、ないね」

「そっか……!わかるといいね、いつか」

「その時は、たぶん太陽の下を歩いてるよ」

こんな所で恋愛する気なんかないからね。


「あれ?」

教室の席に着いてすぐ、机の中に教科書を入れようとすると、何かに引っかかって入らなかった。机の中を見ると、文庫本が入ったままになってた。

「なにこれ」

「みゃーちゃん、どうしたの?」

席が離れてるのに、虹香がわざわざ近づいてきた。

「机の中に入ってたの。誰かの忘れ物じゃない?」

「もしかして、男子寮の?」

「あ……」

全然考えなかったけど、たしかにそれも有り得る。というか、そっちの方が有り得る。

女子はみんな同じ時間に授業を受けるし、席は決まってるから、自分の席じゃない机の中に本を置き忘れることはないはず。

「どうするの?みゃーちゃん」

「同じように入れておけばいいでしょ」

誰のものかもわからないし、直接渡すことはできないからね。

机の中に入れておけば、持ち主の元に戻るよね。


シャワーを浴びて濡れた髪を拭きながら、ベッドに座った。

目の前にバッグを見つけて

「……明日の準備でもするか」

バッグを開ける。今日の分の教科書を全部出す。

毎日やってることだから、なんにも考えずに手が進む。

「あれ?」

教科書の間に、あの文庫本が挟まってた。

「これ……」

ウソ。持って帰って来たの?!あー……持ち主、探してるだろうなぁ……。

明日、また机に入れておけばいいかな?……にしても、これどんな話なんだろ。

ブックカバーつけられてるから、なんにもわからない。

明日返せば、今読んでもいい……はず!


次の日、教室で席に座ると、まずちょっと周りを見た。

実は、あの後、この本にどハマりしちゃって。だって、食べ物の話だったから!

主人公が、おいしいって噂のお店を回るっていうグルメな話!

そんなの、おもしろいに決まってる!

……で、この本の持ち主に感想言いたくて、メモに書いたんだよね……。

もちろん直接会わなくても、文通とかで男子寮の人たちと話すのも禁止。

だから、誰にも見られちゃダメ。

文庫本をバッグから取り出して、誰も見てないことを確認してから、メモを本に挟む。

「みゃーちゃん!」

「……っ!び……っくりしたー……。虹香、なに?」

「あれ?その本、昨日の?」

「あぁ、うん。昨日、間違えて持って帰っちゃったみたいで」

「そっかぁ。ね、それどんな話か見てみない?」

「ダ、ダメだよ!人の本なんだから、勝手に見ちゃ」

「えー、もう。みゃーちゃん、真面目だなぁ」

危ない危ない。メモが見つかったらやばい。


翌日、文庫本は無くなってたけど、また別の本が入ってた。

「……?」

表紙をめくると、白いメモ紙が。

『失くしたと思って諦めてた本が返ってきて、よかったです。本当におもしろい話ですよね。よかったら、この本もおすすめですよ』

「わ……」

まさか返事がくるなんて……。やばい。楽しみができてしまった。


それから毎日、秘密の文通が続いた。

お互いに名前を知った。怜央(れお)さんはわたしより年上ってことも知った。お互いの好きなことも、日課がなにかも。

怜央さんは本が好きで、いろんなジャンルの本を読んでるらしい。

晴れの日は森に入って、静かな場所で読書するのが好きとか。

顔を全然知らないことも、そういうのを聞く度にこういう人なのかなって想像するのが楽しくした。

初めはただ普段とは違う好奇心と、誰にも見つかってはいけないスリルを楽しんでいただけだったのに、少しずつなにかが変わっていく気がした。


『今日は朝から雨が降ってるね。外での読書は諦めるしかなさそう。こんな中でも、京ちゃんはきっと大好きなお菓子を食べてるんだろうなって考えてみると、自然と笑えてくるよ』

『昨日はお菓子なんて食べてないよ!しばらく雨が続くみたいだね。怜央くんは、雨の日はどこで読書するの?』

『雨の日の読書は、自分の部屋が多いかな。雨音を聞きながらの読書は、雨の日にしか味わえない楽しみだよ。今日も雨だけど、京ちゃんは雨の日に必ずすることってある?』

『雨の日はかわいい傘が多いから、友達のコーディネートに付き合ってあげるかな。傘なんていつもさしてるのに、雨傘を中心にコーディネートするんだって。わたしは興味ないから、売店のクッキーを食べながら頷いてるだけだけどね。男子寮では、雨が降るとなにか変わったことがある?』

『男子は雨の中外で遊ぶかな。すぐに先生たちに見つかって怒られるんだけどね。雨の日しか遊べないからって、友達はいくら怒られても全く反省しないんだ。久しぶりに晴れた今日は、友達が女子寮の話をしてたよ。京ちゃんと文通していることを話したかったけど、ぐっと堪えた。2人だけの秘密だからね』

『怜央くん、雨に当たって風邪をひかないようにね!今日、女子寮の子が亡くなりました。同じクラスの子だったから悲しいけど、お別れはもう何度目かわからないね。わたしも怜央くんのとの秘密は、友達にも話してないよ。秘密って楽しいね』


楽しいメモがたくさん溜まっていく。

怜央くんの男らしいゴツゴツした字で書かれたメモ紙は、宝物箱の中でどんどん増えていく。暇な時に読み返しては、1人でニヤニヤした。


『明日の夜、会えないかな?』

それは突然だった。

『京ちゃんに実際会ってみたいんだ。もし会ってくれるなら、校舎から1番近い栗の木の下で、明日の夜8時から待ってます』

どうしよう。

栗の木の場所はわかる。敷地内に5ヶ所しかない栗の木の場所は、全部覚えてるから。

でも、会えるはずなんてない。

男子とこっそり会うなんて、先生に見つかったらどんなに怒られるか、わからない。

でも、会いたい。

今まで想像してきた人物像が合ってるのかどうか、あんなに優しい言葉を使う人はどんな人なのか、確かめたい。

先生に怒られてもいい。それだけの価値はあると思う。

よし。ちょっと怖いけど、行ってみよう。

『わかった。今夜8時、栗の木の下で待ってるね』

いつものメモ紙を、本の中に挟んだ。


授業を終えて、ドキドキしたまま午後を過ごした。

約束の時間が近づくと、部屋でじっとしてるのもじれったい。

だから、7時半に栗の木の下に行くことにした。


寒くなり始めた空気は、容赦なく顔を突き刺す。

それも痛いくらいだけど、傘をささずに出歩ける数少ない機会だ。

それすら楽しめるほど、今日は気分がいい。

まだ8時にはならない。時計の針が動くたびに、心臓が早くなってく。

早く、早く。早く8時になれ。

その時、すぐ後ろでギイィと、重たい扉を押すような音がした。

「怜央くん?」

男子寮の方を見てたと思ってたけど、ここは森の中。方向感覚がおかしくなっても仕方ない。

振り返ったけど、そこには誰もいなかった。

「……?」

さっきの音、なんだったんだろ。

頭上を見上げた瞬間、なんの音かわからない、すごい音がした。


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