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吸血姫ハ愛ヲ求ム  作者: 金柑乃実
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京編①

「今日の授業難しかったぁ!」

「そうだね」

教室を出て歩きながら、隣で解放感にひたる虹香(にじか)に同意する。

「それよりお腹空いたよ。早く行こ」

「もー、みゃーちゃんはご飯のことしか考えてないんだからぁ」

「当然。ご飯しか楽しみないじゃん、ここ」

「えー、そうかなぁ?」

おしゃれでかわいい虹香と違って、わたしは食べることが一番!

「みゃーちゃん、素材はいいのに 」

「かわいくなんてならなくていいし、みゃーちゃんって呼び方もやめてよ?わたしは(みやこ)なの」

「ミヤコだから、みゃーちゃんでしょ?あだ名!」

5歳で吸血鬼症候群を発症してからこの学園に来て10年ちょっと、虹香とはほとんどの時間を一緒に過ごしてきた。

それだけの時間ずっと言い続けてたのに今でも変えてくれないから、たぶんもう諦めた方がいいのかな。

「今日のご飯ってなんだった?」

「昼はうどんとコールスローサラダ。夕食のメインはハンバーグ、副菜でおからのサラダだったかな」

食べもの大好き人間として、その日の、というかその月のメニュー丸暗記は当然のこと!

「おからやだぁ!」

「なんで?おいしいじゃん」

「あのパサパサしたのが嫌なの!」

「好き嫌いせずに食べなよ。じゃないと治るものも治らないよ」

「えー……」

どんなに絶望的でも、わたしは治るって信じてる。

だから好き嫌いせずに食べてる……ってわけでもないけど。

元々この病気にかかる前にも、小さい頃から食べることだけが好きだったと思うし、親からもそう言われて育ったから。

「みゃーちゃんって、ほんと食べるために生きてるって感じだよねぇ」

「え、食べるから生きてるんじゃないの?」

「普通はそうだけど、みゃーちゃんはなんか違う!」

校舎を出たところで、左の道に入っていく。

「あ!」

虹香が嬉しそうな声を上げて足を止めた。

「虹香?」

「みゃーちゃん、見て!」

虹香が右の道を指す。そっちは男子寮の方向だけど……なにかあるの?

「って、男子寮の人たちじゃん。早く行かなきゃ」

男子と会うのは絶対禁止なのに。

「えー、いいじゃん!かっこいい人いないか見ないと!」

「見なくていいって……。怒られるよ」

「大丈夫!先生たちいないし!」

「あなたたち、何してるの?」

「あ……」

同じクラスの藍莉(あいり)さん。2クラスしかないんだけど。

「早く寮に戻りなさい」

「はい。虹香、行くよ」

「あー、もうちょっとだったのにぃ……」

藍莉さんの前でそんなこと言う?!

虹香は納得しないし、無理やり手を引いて左の道に連れ込む。

ある程度進めば、周りは木だらけになるから、男子に会う心配はなくなる。

「みゃーちゃん、真面目だなぁ」

「真面目とかじゃなくて、普通に規則は守るものだよ。わたし、罰なんて受けたくないからね」

「イケメンとか見たくないの?」

「イケメンが美味しく食べられるなら、いくらでも探すかな」

「みゃーちゃんはそればっかり……」

授業で何度も聞いた。恋をすると、苦しい思いをするって。

でもそれは病気のせいだから、これが治ればいくらでも素敵な恋ができるって。

恋がどういうものかは知らないけど、いつか素敵な恋というものができるなら、今はしなくていいっていうのが、わたしの考え。苦しいのは嫌だから。

「でも、今日はラッキーな日だよ!」

「どうして?男子寮の人たちをシルエットだけでも見れたから?」

「それもあるけど、あの藍莉さんが話しかけてくれたんだよ!」

「怒られたけどね」

「それはどうでもいいの!あぁ……あの綺麗な目で見つめられたら……」

本で読んだ気がする。こんな表情のこと。恋する乙女のうっとりとした表情。

恋?藍莉さんに?確かに藍莉さんは綺麗だし、ここで藍莉さんや雪乃さんに憧れてる人はいないくらい、みんなが大好きな人だけど。でも、食べられないからね。


「みゃーちゃん、ちょっと待っててね」

寮に入った直後なのに、走って売店に行くほど急いでほしいものでもあったのかな?

あ、薬の補充か。

「あれ?」

「虹香、どうかした?」

「誰かの忘れ物が……」

機械に入ってたのか、缶ジュースくらいの大きさの瓶を取り出す。

「あ、それわたしの!」

「え?」

売店の中から藍莉さんが出てきた。

「いやー、ごめんね。これ、フルで補充すると10分くらいかかるから、いつも放置して売店で買い物してるの」

「あ、藍莉さんの……」

「いえ。こちらこそすみません」

虹香はなぜか固まってるから、わたしが瓶を藍莉さんに返した。

「ありがと。じゃあね〜!」

藍莉さんが軽く手を振ってるからって、わたしたちが振り返せるわけがない。身分が違いすぎる。

「藍莉さんの薬ケース、大きいねぇ」

「いろいろあるんじゃない?“スピカ”だもん」

「わたしたち“クー”と違うのは、当たり前ってこと?」

「それは当たり前」

わたしたちは、4つの身分にわけられている。

一番下の基本が“クー”、その次は“アルニラム”、次が“スピカ”で最後に“ベガ”。

全部月とか星の名前から取ってるらしい。

その4つの身分がなにを意味するのかは知らない。日常的にその身分を感じるようなことはないから。

全校生徒の8割以上が“クー”っていうのもあるけど、クラスは同じだし、特別差別されてるって感じることもない。

噂では、病気の重症度で、上に行けば行くほど悪いんだなんてことも言ってるけど、所詮ただの噂。

「よし、できたぁ!」

「早く昼ごはん食べに行くよ」

「うん!」

薬の補充を終えた虹香と一緒に、食堂に入った。


「みゃーちゃん、ほんとに行くのぉ?」

今日は朝から晴れていて、栗を探しに行くことにした。

「わたしが好きで行くだけだから、虹香は部屋で待ってたら?」

「やだ!森に入るなんて、イケメンに会うかもしれないもん!」

「またイケメン……」

虹香の口からは、「かわいい」か「イケメン」しか出てこない気がする。

「来るからには、栗拾い、手伝ってよね」

「はぁい!」

本当に手伝うのかな……。

広い森とはいっても、栗の木があるところは限られてる。

それも群生してることはなくて、なぜか数本ずつバラバラ。

今まで見つけただけで5ヶ所にわけられてたけど、1回で全部を回るのは無理だから、今日行くのはそのうちの1ヶ所。

「あ、あった」

さっそく見つけた栗を足で踏みつける。そうしてイガの中から栗の実を取り出す。

いくつかそうやって拾って、虹香を見た。

やっぱり……。足元なんて見ずに、木の間を覗き込んでいる。

こんなところに来る人なんか、いるわけがないのに。

男子寮に近いならまだわかるけど、ここは女子寮のすぐそばなんだよ?

「虹香、栗拾いしないなら帰ってよ」

「する!するって!」

虹香は慌てて足元に視線を落とす。

「でも、そんなに落ちてないねぇ」

「栗の木が1本しかないからじゃない?そこ、探してみて」

「あ、あったぁ!」

ちょっと離れたところを見てたから、栗の木に近いところを教えると、すぐに見つかったみたい。

「へぇ〜、すごぉい!」

「直接手で触ると危ないよ」

「え?あ……っ」

遅かったか。

「だから言ったのに。……早くどうにかして」

ただほんの少し指の先を切っただけなのに、わたしの鼻は、その匂いを簡単に捕らえる。

鉄の匂い。それだけならいい。それに対して、『美味しそう』って思ってしまう自分が怖い。

「どうにかって……、バッグ、持ってきてないよぉ?」

たしかに。わたしも置いてきたから、文句は言えない。

「ねぇ、みゃーちゃん」

「なに……」

嫌な匂いを嗅がないように背中を向けて、栗を探してる風に装って、返事だけはした。

「これ、舐めて?」

「……っ!」

何言ってるの?!びっくりしすぎて、振り向いちゃったじゃん!

なんで指差し出してるの?!

「そんな顔しないでよ。冗談だから」

……なんだ、冗談か。

「でもね、わたし、みゃーちゃんになら、食べられてもいいよ」

「……え?」

「みゃーちゃんになら、わたしの血、いくらでもあげるよ」

「……なに、言ってるの……?」

虹香……。また冗談?だよね?じゃあなんで、そんな笑顔なの?真っ直ぐな目なの?

どう答えればいい?どれが正解?冗談言わないでって笑うべき?

でも、もし本当だったら?虹香の気持ち、受け止めてあげるべき?

「誰かいるのか?」

この声……男!え、どうしよう。

こっちに来てる?どこに行けばいい?とりあえず隠れる?いや、ここ隠れる場所ない!

「あ……」

木の間から、男の人が出てきた。

「……」

うわ……10年ぶりくらいにこんな間近で男の人見た。

えーと……これは、どうするべき?

一応意図的に会ったわけじゃないから、規則違反にはならないかな?

いや、でも、この森に入ったこと自体が規則違反だ。

雨の日や夜ならいいことになってるけど、今日はすっきり快晴だから。

えー……どうしよう。

「……どっちか、ケガ、してる?」

あ!そうだった!虹香の血!

「あ、わ、わたしが……!」

「よかったら、これ」

絆創膏だ。持ち歩いてるのかな?わたしも普段は持ち歩いてるけどね。

自分の怪我の手当てくらいできないと、ここでは血液は刺激臭になるから。

……栗拾いで怪我なんて、予想外だったけど。

「医務室に見せにいった方がいい。栗のトゲは菌があるからな」

「そうします。ありがとうございました」

「虹香、行こ」

栗拾いは諦めて、医務室に行くことにした。


「傷は小さいし、血も止まってる。もう大丈夫ね」

医務室の女医さん、如月(きさらぎ)先生は、絆創膏で応急処置をしただけの虹香の指に、丁寧に包帯を巻いた。

「ありがとうございます、如月先生」

「いいえ。でも、随分小さな傷だったわ。紙で切ったわけでもなさそうだし、なにをして怪我したの?」

森に入って栗拾いしてました!なんて、言えない……。

「2人で裁縫してたんです」

虹香がとんでもないことを言う前に、言っておいた。

「そう。お裁縫、好き?」

「あ、は、はい!」

虹香も合わせてくれるっぽいね。じゃあ安心。

「気をつけてね。授業で習ったと思うけど、小さな怪我で命に係わることもあるんだから」

「はい!」

虹香の元気な返事に、如月先生は笑ってた。


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