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吸血姫ハ愛ヲ求ム  作者: 金柑乃実
3/23

知花編③

「それで、翼ちゃんは落ち着いたの?」

「うん、なんとか」

その話を大志くんに話した。

「翼はいつもかっこよくて強いなって思ってたんだけどね、あれ見ると、本当はすごく弱かったんだなってわかったの。だから、わたしがそばにいてあげなきゃ」

「優しいんだね、知花ちゃん」

「友達だから、当たり前だよ。でも、わたしが恋愛なんて、バカみたいだよね。こんなお肌も髪もボロボロなのに、恋愛なんかしてる余裕ないって」

肌に手を当てると、いつものガサッとした感触じゃなかった。

「あれ?」

信じられなくて、もう一度指先で頬を撫でる。

「すべすべしてる」

「よかったね」

「なんで?なんで突然……」

「知花ちゃんは元々綺麗だったよ」

「そんな……」

少なくとも、大志くんに出会った頃は、まだガサガサだった。

夜に会うのだって、肌が見えないからその方がいいって思ってたのに。

なんで突然こんな……。


日が沈んで暗くなってから、またいつもの待ち合わせの場所へ向かう。

最近、翼と会ってないなぁ。

あの時様子おかしかったし、なんとなく関わりづらいんだよなぁ。

翼は、わたしがいないとダメなんだよね、きっと。

待ち合わせ場所が見えてきて、黒い人間の形のシルエットが見えた。

「大志く……」

声をかけようとして、足が止まった。

大志くんは、どこか悲しそうに、黒い星空を眺めていたから。

なんで?なんでそんなに悲しそうなの?なにかあったの?今出ていっていいの?

木の影から見つめてると、大志くんがこっちを見た。

「……あ、お、お待たせ」

「待ってないよ」

いつも通りの笑顔。さっきのはなんだったの?

「あの……、大志くん、なにかあった?」

「え?」

「いつもより、元気がなさそうだなって……」

「そうかな?」

怖い。大志くんになにかあったら。心臓がギュッと締め付けられる。

「……今日が、最後なんだ」

「え……?」

最後?こうして会えるのがってこと?

「ボク、治ったんだって」

「なお、った……?」

「だから、明日にはここを出ていくんだ」

あぁ……雷で打たれた時の衝撃って、きっとこんな感じなんだな。

稲光みたいに頭が一瞬真っ白になって、全身が一気に重くなって。

「……そっか。おめでとう」

「ありがとう」

嫌だ。泣きたくない。泣き顔なんて、大志くんには見せたくない。

おめでたい事なんだよ。原因不明でまともな治療法がない吸血鬼症候群は、自然治癒するのを待つしかないんだから。

だから、治ったのは、すごい奇跡なんだよ。泣いちゃダメ。絶対に。

「知花ちゃん……」

「なんか、ごめんね。気使わせたでしょ?」

「正直、知花ちゃんに言うかどうか迷ったよ」

大志くんに、悲しい顔をさせちゃダメ。一度目をつぶり、小さく深呼吸をする。

そして目を開けて、

「びっくりしたぁ!」

って笑って見せた。

「本当におめでとう。すごくうれしい!」

ちゃんと笑えるよ。


「知花……」

「翼……!」

翼の部屋に行って顔を見ると、一気に堪えてたものが吹き上げてきた。

「なに。どうしたの?」

「翼ぁ……!」

翼に飛びついて、その場でいっぱい泣いた。


「落ち着いた?」

翼のベッドに座って、翼が持ってきたコップを受け取る。

中に入ってる水を一気に飲み干した。

「……ん。急にごめんね」

「別にいいけど。で、どうしたの?」

「大志くんがね」

「うん」

「治ったんだって」

「え?」

「明日にはここを出ていくんだって」

「……そっか」

翼、思ったより驚いてない?

「よかったね。……って、言ってもいいの?」

「治るのはいいことだってわかってるよ」

「そうね。誰かが亡くなったって話はよく聞くけど、治ったって話は聞かないしね」

「うん。だから、大志くんにはちゃんとおめでとうって言ってきた」

「そう」

「でも……、でもね、すごく嫌」

「大志くんと離れるのが?」

「それもだけど……。なんで大志くんだけって……なんでわたしは治らないのって……思ってしまう自分が、嫌い……!」

また涙が出てきちゃった……。わたし、こんなに嫌な性格だったんだ。

「違うでしょ」

「……え……?」

「いい加減気づきなよ」

「なにが……?」

「もしクラスメイトの誰かが治ったって聞いたら、知花はそんなこと思わないと思うよ。わたしが知ってる知花は、心の底から祝福するはずだから」

「でも……」

「大志くんだからでしょ?」

「大志くん、だから……?」

「大志くんが外に出ていくから、会えなくなるから、それが嫌なんじゃないの?大志くんと一緒に行けないから、そう思うんじゃないの?」

そう、なのかな……。

もし治ったのが、大志くんじゃなかったら?翼とか、他のクラスの子たちだったら?

翼と離れるのは嫌だけど、確かにおめでとうって心から言えたかも。

じゃあ、わたし……

「大志くんのこと、好きなんだ……」

呟いた瞬間、翼がわたしの頭を撫でた。やっと気づいたかって顔で。

「ふふふ」

「知花?」

「好きって気づいた瞬間に、失恋確定だよ」

「そうね」

バカだなぁ。もっと早く気づいてれば、大志くんに伝えることだってできたのに。

「失恋は確定だけど、気持ちを伝えることは、悪いことじゃないと思うよ」

「無理だよ、もう。大志くん、明日には行っちゃうんだもん」

「見送りに行けば?それで、ちゃんと伝えるの。ちょうど明日は雨が降るらしいし。わたしたちには絶好の天気だよ」

見送り……。

きっと、大志くんのお友達とかもいるんだろうな。

先生たちとかいたら、見つかったらお仕置きだよ。

……でも……。処分を受けたっていい。もう一度会いたい。今の気持ちを伝えたい。

「ありがとう、翼。わたし、ちゃんと言うよ。明日、ちゃんと」

「わかればいいの」

「じゃあ、今日はもう寝るね。おやすみ」

翼の部屋の前で、もう一度翼に笑顔を向ける。

開けっ放しのドアを背中で押さえていた翼も、ちょっとだけ呆れたような笑顔を見せてくれた。

「じゃあ」

「おやすみ」

そう言って翼に背中を向けて歩き出した。

明日ちゃんと言う。ドキドキするけど、緊張するけど、どうせ会えなくなるんだもん。

振られたっていい。気まずくはならない。

「……っか」

「え?」

翼に呼ばれた気がして振り返った。

その瞬間、翼の身体がグラリと傾いて、ドサッという重い音が耳に届いた。

「翼?!」

嘘。なに?翼、なんで倒れたの?どうしたの?

「翼、翼!」

なんで起きないの?なんで動かないの?

「ねぇ、翼!」

なんで?


あの後、翼は医務室に運ばれた。

医務室の無機質なベッドの上で、たくさんの機械に繋がれて、苦しそうに息をしてる翼。

「翼……」

「知花さん、翼さんは大丈夫だから、部屋に戻って休んで?」

一晩中いたせいか、先生に言われるけど、嫌だって首を振った。

「翼と一緒にいる……」

一緒にいなきゃダメなの。翼が言ったんだから。離れないでって。だから、一緒にいるの。

翼の白い手を握る。暖かい……。

医務室のドアが開いて、誰か入ってきた。

「あなたたち」

「先生、少し席を外していただけませんか?」

この声……雪乃さんだ……。振り返ると、雪乃さんがいた。雪乃さんだけじゃない。

雪乃さん以上に生徒のあこがれの的、紅音さん。

そして雪乃さんと同じ階級の藍莉さん。

この3人は、この学校でもすごく強い権力を持つ人たち。

「なんで……」

「大切な仲間が苦しんでいると聞けば、お見舞いに来るのは当然のことよ」

雪乃さんは、いつもの綺麗な笑顔を見せてくれた。

紅音さんは、翼に近づいて、その何の意思も感じられない目で翼を見つめる。

「翼、大丈夫ですよね?」

紅音さんは全てを見透かしていそうだから、聞いてみた。

「……そうね」

そう返ってきただけだった。本当のことなんて、誰も教えてくれない。

「……ち……か……?」

「翼?!」

翼のくぐもった声がして、慌てて視線を移すと、翼の目が開いていた。

「……なん、で……」

「覚えてないの?倒れたんだよ。安静にしてなさいって」

「なんで……、ここに、いるの……?」

「え?」

「きょう、でしょ」

大志くんのことを言ってるのかな?

「それなら大丈夫だよ。翼の方が優先」

「……そんなの、頼んでない……っ!」

「つ、翼……」

叫ぼうとしても、翼の今の体力じゃ、それも無理みたい。

「……いって」

「嫌だよ、翼。わたしはここにいたいの」

「……さいご……なんでしょ……」

「でも……」

「こうかい、する……よ……」

「……」

「はやく……いって……」

「翼が……」

「ちゃんと……伝えて……けっか、おしえ……て、よ……?」

「でも」

「……まってる、から……」

「……っ」

そう言われて、やっと身体が動いた。

医務室を飛び出し、寮を飛び出して、雨の中を傘もささずに走る。

冷たい雨が身体中にあたるけど、そんなこと気にしてられない。

木の間を縫って、門を目指す。

「大志くん……!」

大志くんがいたのは、門じゃなかった。いつもの、わたしたちの待ち合わせの場所。

わたしの足、門に向かってたつもりだったのに、勝手にここを目指してた。

「知花ちゃん……」

「大志くん、ごめん……」

「なんで知花ちゃんが謝るの?」

「……」

一瞬唇が麻痺したように固まる。

「……すき……」

次には、勝手に動いていた。

やっと出てこれた言葉に引き込まれるように、雨とは違う暖かい雫が頬を濡らす。

「……大志くんが好き……」

歪んだ視界では、大志くんの顔なんか見えない。

これでいい。見えなくていい。大志くんの傷ついた顔は見たくない。

「……ありがとう」

「え……」

「嬉しい。すごく嬉しいよ。知花ちゃんも同じ気持ちだってわかって」

同じ、気持ち……?

「ボクも、知花ちゃんが好きだ」

「……っ!」

一気に視界が開けた。目の前に大志くんの指がある。

やっと見えた大志くんの顔は、もう随分見ていない太陽みたいだった。

「知花ちゃん、泣かないで。ボク、待ってるから。知花ちゃんがここを出てくる日まで、何年でも何十年でも、待ってるから」

「……大志くん……」

「約束」

小指を絡ませる大志くんは、すごく笑顔だった。


大志くんを見送り、すぐに寮に戻った。

ちゃんと言えた。それだけじゃなくて、気持ちを通じ合えた。

翼に言ったら、なんて言ってくれる?よかったねって笑ってくれるかな?

「翼……!」

医務室のドアを開けると、そこにはたくさんの人がいた。

雪乃さんたち3人はもちろん、先生たち、そしてイベントの時にしか見ないこの学園の理事長先生。

木のように立ち尽くす人間の隙間から、翼が見えた。

さっきまでつけられていた機械が、全て外されてる。

「翼……?」

嘘だよね?こんなの、ありえない。

「翼」

慌てて翼に駆け寄り、身体の上で重ねられていた手を持つ。

さっきの雨のように冷たかった。

「翼!」

どんなに呼んでも、翼は目を覚まさなかった。


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