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吸血姫ハ愛ヲ求ム  作者: 金柑乃実
22/23

紅音編⑦

「紅音、おめでとう」

「おめでとう、紅音ちゃん」

藍莉と雪乃が大きな花束を持ってきた。

「ありがとう」

笑顔でその花束を受け取ると、思い思いにドレスアップした女子たちの拍手が、教室に響く。

「紅音さん、おめでとうございます」

今日も雪乃のそばを離れない美晴も、その隣で無言で立ってる雅もいる。

ここで19歳を迎えた数少ない1人になった。わたしが知る中では、5人の中の1人。

20歳を迎えたのは、わたしが知ってるだけで1人。わたしは、きっとそこには入れない。

それでいい。苦しみながら生きたくなんかない。


「おめでとう、紅音ちゃん」

理事長室に行くと、ラッピングされた両手で持てるくらいの缶を渡された。

「紅音ちゃんが好きな茶葉だ。あまり多くはないけどね」

「ありがとう」

「紅音ちゃんが素直にお礼を言ってくれるなんて……」

「わたしだって感謝くらいはするわ」

「そうだね」

1日1杯として、何ヶ月分くらいある?1年分くらい?

これを全部飲み終わるまで、わたしは生きていられる?

「じゃあ、これで」

「なにか用事があるのかい?」

「サクラに会いに行くの。また1年追いついたって言わないと」

「行くなら、あの小屋じゃなくて納骨堂にしなさい」

「サクラは納骨堂になんていないわ」

サクラがいるのは、今も昔もあの小屋の中。好きな人と2人でいる。そうとしか思えない。


白い薔薇の造花を持って、小屋に来た。

変わらない黒く焦げた木でできた小屋。いつもと変わらない小屋を囲む木々、星空に月。

でも、今回はいつもと違う。今まで危ないって避けていたけど、今日は中に入る。

「サクラ」

部屋の中央に立ち、造花を置いた。

きっとサクラはここにいる。サクラが好きだった人も。ここでずっと苦しんでいる。

この小屋が建っている限り、炎の中から逃げられない。

恋愛と火に包まれるの、どっちが苦しいかなんてわからないけど、ここさえなくなれば、楽になれるはず。

花束の中に隠していたマッチを取り出した。

まず1本。シュッていう音がして、指の少し先に火が現れる。この1本は窓の縁に。

その窓と向かい合うもう1つの窓にもう1本。

すぐに焼け焦げた匂いが出てきた。元々焦げていたからか、簡単に燃えてしまいそう。

サクラもこの匂いを嗅いだのよね……。

白い薔薇の前に座ると、サクラと向かい合ってる気分になる。

「サクラ、すぐに楽にしてあげるわ」

ここが完全に焼け落ちれば、サクラはここにいられない。天国があれば、そこにいける。

そんなものがなくても、ここで苦しみ続けるよりはマシなところへいける。

……わたしも、サクラと一緒に……。

火はどんどん燃え広がっていった。

壁をつたって、窓の左右へ。ドアを囲むように一面が火になった。

見上げれば、天井があるかどうかもわからないほど黒い煙に満ちている。

サクラはどうしてたの?サクラが最後に見たのも、これに似た景色だったのよね?

これを見て、サクラはどう思ったの?

わたしは……今のわたしは……恐怖しかない。

怖い。死にたくない。生きたい。もう長くないことはわかってても。

それでもいい。まだ生きていたい。

「何してるんだ」

「……!」

顔を上げると、ドアの前に雅が立っていた。

「なんで……」

「煙が見えた。ここは女子寮から近いんだ。じき騒ぎになる」

「……」

近いといっても、森の中に隠れてるんだから、ここに小屋があることも知らない人が多いはず。森林火災ってことになるはずだけど……。

……あぁ、そうか。それはそれで、騒ぎになりそう。森をつたって広がれば、寮や校舎にも被害が及ぶかもしれない。

ここに小屋があることを知ってる人は、わたしがここにいることも……。

「何してるんだ。早く逃げるぞ」

「……嫌」

「は?」

「ここで死ぬの」

「……なにバカなこと言ってるんだ」

雅の顔が見れない。ここで見てしまえば、たぶんもう死ねないから。

「知ってるでしょう?大人になれば、今までの比じゃないほど大量の血を飲まなければ生きていけない。だから大人になる成長過程で、たくさんの子どもたちが死んでいくの」

「だがお前はまだ生きてる」

「まだね。これから1年生きられるかわからないわ。それならもう苦しみたくないの。どうせ生きられないなら、自分の人生の終わりくらい、自分で決めたいわ」

「わからないだろ。生きられるかもしれない」

「0に近い可能性だわ」

なんで死なせてくれないの。なんで認めてくれないの。

「それでも0じゃない」

「ほとんど0よ!」

「決めつけるな!」

「……っ!」

雅が……初めて声を荒らげた……。

「そんなもの、ここで生きてきた子どもたちの統計だ!」

「だから何?!わたしたちに、ここで生きるか死ぬか以外の選択肢があるの?!」

あるわけがない。

病気だとわかった瞬間に、自分の意思とは関係なく森の中に閉じ込められ、ただ自分の死を待つしかないのに。

「……賭けてみよう」

「……え……?」

「ここを出て外に行くんだ。ここの薬じゃなくてお互いの血を飲めば、まだ生きられるかもしれない」

「……なに、言ってるの……?……雅……」

「これなら、まだ誰も試したことがない。ここで生きるより可能性はあるだろう?50%くらいは」

「……そんなこと……できるわけ……」

「できる」

「なにを根拠に?」

「俺が10年間生きてきた」

「……え……?」

「誰にも知られず、ここの薬も飲まずに生きてきた」

「あなた……この前発症したんじゃなかったの?」

「発症年齢くらい、お前も知ってるだろ」

10歳以下の子ども、それも小学校に通う前の子どもに多い。

今の雅の言葉から考えると、雅が発症したのは8歳前後。

少し遅めではあるけど、18歳で発症したというより、ずっと現実的な数字。

「……無理よ……」

「やってみなきゃわからない」

「外の騒ぎが聞こえるわ。この小屋を出れば見つかる。外になんて出れるわけ……」

「裏口がある。表はもう火に包まれてるが、裏ならいけるだろ」

「……あの人が……理事長が、知ってるの。わたしがここにいること……」

「いいじゃないか。ここが焼け落ちれば、誰もがお前は死んだと思う。助けに入った俺もだ。誰にも追われないということだ」

「……雅……」

「ここで焼け死ぬか、この学園内で病死するか、死ぬか生きるかわからないが外に出るか。選択肢は3つだ。お前が選べ」

「……わたしが……」

わからない。わからないけど……。


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