紅音編⑦
「紅音、おめでとう」
「おめでとう、紅音ちゃん」
藍莉と雪乃が大きな花束を持ってきた。
「ありがとう」
笑顔でその花束を受け取ると、思い思いにドレスアップした女子たちの拍手が、教室に響く。
「紅音さん、おめでとうございます」
今日も雪乃のそばを離れない美晴も、その隣で無言で立ってる雅もいる。
ここで19歳を迎えた数少ない1人になった。わたしが知る中では、5人の中の1人。
20歳を迎えたのは、わたしが知ってるだけで1人。わたしは、きっとそこには入れない。
それでいい。苦しみながら生きたくなんかない。
「おめでとう、紅音ちゃん」
理事長室に行くと、ラッピングされた両手で持てるくらいの缶を渡された。
「紅音ちゃんが好きな茶葉だ。あまり多くはないけどね」
「ありがとう」
「紅音ちゃんが素直にお礼を言ってくれるなんて……」
「わたしだって感謝くらいはするわ」
「そうだね」
1日1杯として、何ヶ月分くらいある?1年分くらい?
これを全部飲み終わるまで、わたしは生きていられる?
「じゃあ、これで」
「なにか用事があるのかい?」
「サクラに会いに行くの。また1年追いついたって言わないと」
「行くなら、あの小屋じゃなくて納骨堂にしなさい」
「サクラは納骨堂になんていないわ」
サクラがいるのは、今も昔もあの小屋の中。好きな人と2人でいる。そうとしか思えない。
白い薔薇の造花を持って、小屋に来た。
変わらない黒く焦げた木でできた小屋。いつもと変わらない小屋を囲む木々、星空に月。
でも、今回はいつもと違う。今まで危ないって避けていたけど、今日は中に入る。
「サクラ」
部屋の中央に立ち、造花を置いた。
きっとサクラはここにいる。サクラが好きだった人も。ここでずっと苦しんでいる。
この小屋が建っている限り、炎の中から逃げられない。
恋愛と火に包まれるの、どっちが苦しいかなんてわからないけど、ここさえなくなれば、楽になれるはず。
花束の中に隠していたマッチを取り出した。
まず1本。シュッていう音がして、指の少し先に火が現れる。この1本は窓の縁に。
その窓と向かい合うもう1つの窓にもう1本。
すぐに焼け焦げた匂いが出てきた。元々焦げていたからか、簡単に燃えてしまいそう。
サクラもこの匂いを嗅いだのよね……。
白い薔薇の前に座ると、サクラと向かい合ってる気分になる。
「サクラ、すぐに楽にしてあげるわ」
ここが完全に焼け落ちれば、サクラはここにいられない。天国があれば、そこにいける。
そんなものがなくても、ここで苦しみ続けるよりはマシなところへいける。
……わたしも、サクラと一緒に……。
火はどんどん燃え広がっていった。
壁をつたって、窓の左右へ。ドアを囲むように一面が火になった。
見上げれば、天井があるかどうかもわからないほど黒い煙に満ちている。
サクラはどうしてたの?サクラが最後に見たのも、これに似た景色だったのよね?
これを見て、サクラはどう思ったの?
わたしは……今のわたしは……恐怖しかない。
怖い。死にたくない。生きたい。もう長くないことはわかってても。
それでもいい。まだ生きていたい。
「何してるんだ」
「……!」
顔を上げると、ドアの前に雅が立っていた。
「なんで……」
「煙が見えた。ここは女子寮から近いんだ。じき騒ぎになる」
「……」
近いといっても、森の中に隠れてるんだから、ここに小屋があることも知らない人が多いはず。森林火災ってことになるはずだけど……。
……あぁ、そうか。それはそれで、騒ぎになりそう。森をつたって広がれば、寮や校舎にも被害が及ぶかもしれない。
ここに小屋があることを知ってる人は、わたしがここにいることも……。
「何してるんだ。早く逃げるぞ」
「……嫌」
「は?」
「ここで死ぬの」
「……なにバカなこと言ってるんだ」
雅の顔が見れない。ここで見てしまえば、たぶんもう死ねないから。
「知ってるでしょう?大人になれば、今までの比じゃないほど大量の血を飲まなければ生きていけない。だから大人になる成長過程で、たくさんの子どもたちが死んでいくの」
「だがお前はまだ生きてる」
「まだね。これから1年生きられるかわからないわ。それならもう苦しみたくないの。どうせ生きられないなら、自分の人生の終わりくらい、自分で決めたいわ」
「わからないだろ。生きられるかもしれない」
「0に近い可能性だわ」
なんで死なせてくれないの。なんで認めてくれないの。
「それでも0じゃない」
「ほとんど0よ!」
「決めつけるな!」
「……っ!」
雅が……初めて声を荒らげた……。
「そんなもの、ここで生きてきた子どもたちの統計だ!」
「だから何?!わたしたちに、ここで生きるか死ぬか以外の選択肢があるの?!」
あるわけがない。
病気だとわかった瞬間に、自分の意思とは関係なく森の中に閉じ込められ、ただ自分の死を待つしかないのに。
「……賭けてみよう」
「……え……?」
「ここを出て外に行くんだ。ここの薬じゃなくてお互いの血を飲めば、まだ生きられるかもしれない」
「……なに、言ってるの……?……雅……」
「これなら、まだ誰も試したことがない。ここで生きるより可能性はあるだろう?50%くらいは」
「……そんなこと……できるわけ……」
「できる」
「なにを根拠に?」
「俺が10年間生きてきた」
「……え……?」
「誰にも知られず、ここの薬も飲まずに生きてきた」
「あなた……この前発症したんじゃなかったの?」
「発症年齢くらい、お前も知ってるだろ」
10歳以下の子ども、それも小学校に通う前の子どもに多い。
今の雅の言葉から考えると、雅が発症したのは8歳前後。
少し遅めではあるけど、18歳で発症したというより、ずっと現実的な数字。
「……無理よ……」
「やってみなきゃわからない」
「外の騒ぎが聞こえるわ。この小屋を出れば見つかる。外になんて出れるわけ……」
「裏口がある。表はもう火に包まれてるが、裏ならいけるだろ」
「……あの人が……理事長が、知ってるの。わたしがここにいること……」
「いいじゃないか。ここが焼け落ちれば、誰もがお前は死んだと思う。助けに入った俺もだ。誰にも追われないということだ」
「……雅……」
「ここで焼け死ぬか、この学園内で病死するか、死ぬか生きるかわからないが外に出るか。選択肢は3つだ。お前が選べ」
「……わたしが……」
わからない。わからないけど……。