紅音編⑥
流血シーンあります。
イライラする。
何にも満たせない飢え。何にも潤せない渇き。苦しいとはまた違う、何とも言えない不快感。
それから逃れたくて、理事長室にお茶を飲みに来た。
「お茶」
一言言ってソファに座ると、その人は苦笑いしてお茶を淹れてくれた。
「随分苛立っているね。来週には誕生日だと言うのに」
あ、そうだった……。誕生日、来週だったんだ。
「誕生日は関係ないわ」
「そうかい?あぁ、そうだ。せっかくの19歳の誕生日、盛大にパーティーを開こうと思うんだけど、どうかな?」
「勝手にして」
その人は意外そうな顔をした。
「……この茶葉がいいわ」
「え?」
「誕生日プレゼント。多ければ多い方がいいわ。全て飲み終わるまで死ねなくなるわね」
「そうか……!」
嬉しそうな顔。そんなに嬉しいの?わたしのおねだりが?変人だわ。
「……紅音ちゃん」
「なに?」
空気が変わった。何を言うの?
「最近、薬の量が増えたらしいね」
「……!」
なんで……あぁ、補充しすぎたか。
「何かあったのかい?」
「……別になにも」
「そうは思えないよ。あの転入生と一緒にいる時間が長いようだし……」
「彼女は同じベガよ。友達になっても不思議ではないでしょう」
「それはそうなんだけどね……」
なんで……なんで気づくの?なんでそんなことを聞くの?
雅は関係ない。雅はただの友達。恋愛なんて、もう……!
「紅音ちゃん」
「……っ、触らないで!」
喉が……。苦しい。違う。喉だけじゃない。全身から水分が抜けたような、激しい渇き。
今近づかれたらダメ。たぶん、襲ってしまう。
薬……はダメ。こんなところで飲んだら、きっともう気づかれる。
「紅音ちゃん、こっちを見なさい」
「……っ!」
呼ばれた方を見ると、その人の腕から赤い液体が流れ出ていた。
「飲んで」
「いや……!」
「飲まないと収まらないだろう?その渇きは、もう薬じゃ」
「うるさい!」
伸びてきた手を叩き除ける。
「余計なことしないで!あなたはわたしの親でもなんでもないでしょう!」
「紅音ちゃん……」
苦しい。苦しい。もう嫌だ!
「……っ!」
目の前のカップを掴んで、一気に流し込んだ。こんなもので収まるはずがない。
そんなの知ってる。一瞬、一瞬だけでいい。一瞬だけ収まってくれれば……。
「……はぁ……っ」
深く息を吐くと、ようやく落ち着いてきた。
19年間伊達にこの病気と付き合ってきたわけじゃない。
薬を飲まなくても一時的に渇きが収まる方法は知ってる。
「……紅音ちゃん、落ち着いたかい?」
「……」
カップに新しいお茶を注ぎながら、その人が言った。
「……こういうことは言いたくないけど……。紅音ちゃん、自分ではない人を想うというのは素晴らしいことだよ。でも……、今じゃなくていいんじゃないかな?今はまだ優先するべきものがあるだろう?」
「……知らない」
もう一度お茶を飲んで、理事長室を出た。
寮に戻って薬の瓶を開けた。掌に出てきた錠剤を全て口に入れて、水で流し込む。
『今じゃなくていいんじゃないかな?』
知ってる。そんなの、わたしがよくわかってる。
どうせ死ぬ運命。恋愛なんて無駄なだけだって。
でも、止められない。どうしたって、自分でコントロールすることなんてできない。
コントロールできるなら、その術を教えてほしいくらい。
そうしたら、こんな無意味な感情から逃げられるのに。
こんなに苦しい思いをしなくて済むのに。
ベッドに座って、そのまま倒れ込んだ。見慣れた天井が視界いっぱいに広がる。
「……もう……嫌だ……」
疲れた。