紅音編④
翌週、藍莉がしつこいから、納骨堂に行った。あんまり行きたくはなかったんだけど。
藍莉は納骨堂に着いた瞬間、その前アルカイド像の掃除を始めるから、雪乃と美晴にも周囲の掃除を任せて、わたしと雅で中を掃除することにした。
久しぶりに中に入った……。
いつかはお世話になるから、掃除くらいはするべきだと思ってるんだけど、やっぱりここの独特の空気は苦手。
雅はさっそくほうきを持って掃除を始めてた。
まだここに来て数日で、ここへの思い入れもないんだろうな。
というか、今まで家族と暮らしてきたのなら、雅はここに入らないのかもしれない。
同じ“ベガ”だと思うとこれからもずっと……って感じるけど、やっぱり違うのよね。親がいないわたしとは。
「雅、それぞれの骨壷に供えてある花を処分して。全部古いもののはずだから」
1年に一回、年末の大掃除の時だけここに来る。その時に花を供えることになってる。
全部造花だけど、せっかく掃除をするなら、新しく供えてあげた方がいい。
雅は黙って花を片付け始めた。
最低限しか喋らないのはいつものことだけど、あれ以来、少しだけ喋ってくれるようにはなった。わたしといる時は、だけど。
「おい」
もう聞き慣れてきた低い声に振り返る。
「ここの花、どうすれば?」
雅が指したところを見ると、そこだけ生花が供えられていた。
それも、全く枯れてない、綺麗な花。
「……藍莉ね。勝手に処分するでしょう。そこはしなくていいわ」
「知り合いなのか?」
「昔のもう1人の“ベガ”よ」
「……お前も知り合いじゃないのか?」
「そうね」
知り合いというか、大好きな先輩。でも、ここには来たくない。
なんとなく、ここにはいない気がするから。だってここは男女別にわかれた納骨堂。
20歳を迎える1か月前、タイムリミット直前に好きな人と命を絶つ決断をした彼女が、こんなところで我慢してるはずがない。
……まぁ、彼女がどうやって死んだかなんて、藍莉も知らないことだから、藍莉が毎日のようにここに来てるのは仕方ないことだと思う。
「……あなたは、ここでいいの?」
「なにが?」
「死んだ後にまで男女別にわけられる。……わたしたちは、死んでからも恋愛ができないわ。それでもあなたは、その偽りの姿でい続けるの?」
もちろん雅がここに入る可能性はないけど。
「……いつから気づいていた?」
「確証はなかったわ。カマをかけただけ。やっぱり男なのね」
「……」
「どうして女のフリをしてるのかなんて聞かないわ。どうでもいいから」
「助かる」
「このこと、誰か知ってる人は?」
「誰にも言ってない」
「理事長も?」
「あぁ」
あの人が知ってたら、女子寮に入れるはずはないか。
「これからも誰にも言わないの?」
「そのつもりだ」
「そう」
雅がそれでいいって言ってるなら、わたしがいろいろ言えることでもない。
授業が終わってすぐに理事長にお茶を飲みに行って、それから寮に帰ってくると、ちょうど雅が寮から出てきた。
「雅、どこかに行くの?」
雅は用心深く周りを見てから
「納骨堂」
と短く答えた。
「なんで?」
雅が納骨堂に行く理由なんてないでしょう。
「……お前が言ってただろ。いつか世話になるから掃除くらいはって」
確かにそうしなきゃとは思ってるって話はしたかな?
「雅はご家族がいるでしょう。あそこに入るのは家族がいない子たちだけよ」
「……死んだ後、家族が先祖代々の墓に入れないと思うからな」
「……そう」
どういう意味とかは聞かない方がいい?
「興味無いのか?」
「あるけど聞いていいの?」
「……別に」
さすがにここで話す気はないみたいで、森の中に入っていく。
「雅、今まで家族と暮らしていたわけじゃないの?」
森の中に入って歩きながら聞いた。
「いや」
「じゃあどうして家族の元に帰れないなんて言うの?」
「……俺の家、女系の占い師一家なんだ。俺を産んだ時、母親はもう産めない体だって言われたらしくてな」
「だから女装?」
「あぁ」
でも、それなら雅がいないと家族は納得しないんじゃないの?
「2年前、奇跡的に妹が生まれた。それから俺は厄介者だ。俺が病気だとわかった瞬間、すぐにここに送り込んだ。俺が死んだ後、骨を引き取るヤツらじゃないと思う」
「そう」
「それより、俺もお前に聞きたい」
「なにを?」
わたし、何か変なこと言ってたかしら?
「お前は理事長の娘じゃないのか?お前こそ、ここに入る理由がないだろ」
藍莉か雪乃から聞いたのかな。そこまで教えるなら全部教えればいいのに、あの2人は……。
「実の娘じゃないからよ」
「どういうことだ?」
「わたしは生まれつき病気だったの。おかげで母親に抱かれた記憶もないわ」
「それで、最初からここに?」
「そう。普通は3歳以上で発症するから、3歳以下の子どもは手が空いてる教師に育てられる。わたしの時はたまたま理事長しか暇人がいなかったから、理事長に育てられた。それだけのこと」
「なるほどな。だから理事長の娘か」
「あの2人はおもしろがってるのよ。父親だなんて思ってないわ」
「……そうは思えないけどな」
雅まで何言ってるの……。
「そういえば、雅、あなた男としての名前も雅なの?」
「いや、タイガ……大きいに雅で大雅だ」
なんだ、一応そっちの名前もあるのね。彼を大切に思う人もいたってこと?
「大雅ね。覚えておくわ。これから使うかどうかもわからないけど」
日傘の中で長い黒髪の隙間から見えた彼の横顔は、少し嬉しそうに見えた。
本来の名前を知ってもらってうれしいから?それとも、また別の理由?
そんなの、わたしにわかるわけがない。
でも……なんだろう、これは。心から溢れ出る笑顔は、こんなに綺麗なものなの?