紅音編③
雅が入学してきて数日。
午後のお茶会の人数が増えたこと以外、特に何も変わらない毎日だった。
雅はまだ一言も喋らない。そのせいで、藍莉はどんな声か予想して楽しんでる。
雪乃と美晴は、自分たち以外の人間に興味はないらしく、相変わらず人目も気にせずイチャつく。
わたしは、理事長に呼び出されたと言って理事長室にお茶を飲みに行くだけ。
18年間続けてきた、変わらない日常だった。
「たまには全員で納骨堂の掃除をしよう!」
「納骨堂はとても綺麗だと聞いているわ。それなら、薔薇園の方が先じゃないかしら?」
最近、藍莉と雪乃は、よくこの話題でぶつかっている。
「薔薇園は雪乃と美晴が2人でやってるんでしょ。わたしは1人よ」
「本当に1人なの?他の方は?」
「い、いないわ!」
藍莉も、一応隠してるつもりらしい。
「ね、紅音、納骨堂の掃除が先でしょ?」
「薔薇園の方が先よね?」
「……どっちも2人がほとんど毎日通ってるから、わたしが行く必要ないと思うんだけど?」
学園内で誰にも邪魔されない場所っていうのは限られてるから。
わたしたちは、立場上邪魔されにくい場所を多く知ってるけど。
それに、わたしとしては、そういうのよりお茶を飲みに行きたい。
「わたしだけじゃ人手が足りない!」
「それはわたしたちだって一緒よ」
「薔薇園のどこに掃除が必要なの?水を与えないから雑草は勝手に枯れるし、吸血薔薇の世話は充分でしょ?」
「それは違うわ」
このまま放置してなんとかなる問題ではないみたい。
「わかったわよ。順番に行けばいいんでしょう」
しばらくお茶はお預けか……。
まずは簡単に終わりそうな温室から。
特にすることはないから、わたしがするのは薔薇の花の手入れ。
雪乃も藍莉に対立するだけするけど、意味が無いことが多いから……。
まぁ、おかげで雪乃の機嫌はいいけど。
わたしは慣れてるけど、わたしの隣で薔薇の木の根元を見ながら雑草を探している雅は、たぶん1番の被害者。
「巻き込んでごめんなさい」
雅は無言で首を振るだけ。相変わらず喋る気はないみたい。
ここにいても楽しくないし、渋々作業してる藍莉のところにでも行こうかな。
「危ない!」
立ち上がった瞬間、バランスを崩した。
……と思ったら、なんかがっしりした腕に支えられてた。
……この感じ……知ってる、けど……。
「……雅……?」
目の前にあるのは雅の顔。けど、さっき聞こえた声も、この腕も、男性的なもの。
わたしの知ってる、こういう腕の持ち主は1人しかいないし、それも何年も前の薄れた記憶だけど、でも覚えてる。
……雅は、男……?まさか……。うん、そんなことありえない。
「……雅、ありがとう」
雅から離れて、そこ姿をじっと見る。男には見えない……はず。
「……今の声……」
「……!」
雅はハッとして口元に手を当てた。やっぱり、あの声は雅で間違いないみたい。
「その声を隠すために、今まで喋らなかったの?」
雅は少し戸惑いを見せた後、頷いた。
「……そう」
「……すみません」
今度はちゃんと喋るみたい。もう隠す必要はないからか。
「その声、コンプレックスなの?」
「はい」
「じゃあ、無理に喋ることはないわ」
「……いいんですか?」
「えぇ。好きにすればいい。別に何も言わないから」
「ありがとうございます」
彼女にどんな秘密があるのか知らないけど、わたしがどうこう言うことじゃないと思うし。
……気にならなくはないけど。