紅音編②
「この子が雅さん。そしてこちら、紅音さんと藍莉さんと雪乃さん。女子寮の幹部の皆さんです。何かあったら、彼女たちを頼るといいわ」
医務室で如月先生の紹介のもと、新入生との初対面。
ボブヘアーの黒髪で、輪郭もほとんどわからないほどだけど、表情は暗い。というより、ない。
「じゃあ、あとは生徒の皆さんで」
半分追い出されるような形で、医務室を出た。
「えっと……、どこで話そうか?」
藍莉が、無表情で感情が全く読めない彼女に戸惑いながら聞く。
「まずは部屋に案内しよう。荷物も置きたいでしょうから」
雪乃がしっかりしてるから、もういいかな。
「あとは任せるわ」
「また理事長の呼び出し?」
藍莉の言葉には答えず、一度部屋に戻って、それから寮を出た。
ドアを開けたところで、まだ日が高いのに森に入ろうとする2つの人影が見える。
「雪乃、美晴」
「あら、紅音ちゃん……」
「紅音さん、お疲れ様です」
「雪乃、雅の案内を任せたはずだけど?」
「学園内の案内と説明だけだから、藍莉ちゃんに任せたわ」
「そう」
藍莉だけ……。雪乃がいるから大丈夫だと思って任せたのに。
でもこれから戻るのも嫌だわ。紅茶を飲みに行く気持ちになってるのに。
「2人はまた温室に行くの?」
「えぇ。今月分の検査をしに」
「……まだ日が出てるけど?」
「紅音ちゃんなら、見逃してくれるでしょう?」
「ただ面倒なだけよ。気をつけて」
「紅音ちゃんもね。理事長に何を言われても、イライラしないように」
「あ、紅音さん!」
雪乃たちとは別の道に行こうとすると、美晴に止められた。
「あの、さっき藍莉さんと雅さんに会ったんですが……」
「それで?」
「雪乃さんにも聞いたんですが、雅さんはどんな方ですか?」
「どんなって言われてもわからないわ。髪は肩の上くらいで黒、前髪で目も見えづらかったし、一言で言うなら根暗ね」
「紅音ちゃん、そんな言い方……」
事実でしょう。
「美晴、なにか気になるの?」
「えっと……少し……。なんだか、不思議な感じがしたので」
「不思議な感じ?」
「えっと、ここに来てからまだ感じたことの無い雰囲気というか……すみません、上手く説明はできないんですけど……」
美晴の説明できない直感は、なんとなく気になる。
……あの人が何かを隠しているのはいつものことだし。
「美晴ちゃん、そんなに気になるなら、今から理事長にお話を聞きに行く?」
「え……」
雪乃の言葉に、美晴は固まってしまった。いやわたしも困るんだけど。
お茶を飲むためだけに理事長室に行くなんて、知られたくないし。
「紅音ちゃんも今から行くみたいだし、わたしも一緒に行くわよ」
「……わかりました。紅音さん、お供してもいいですか?」
「……わかったわ」
仕方ない。あの人が隠してることを知れるなら、お茶を我慢するしかないか。
「今日は珍しいメンバーだね」
美晴がいるからね。
「彼女たちが理事長にお話があるそうです」
「なにかな?」
「じゃあ、わたしから」
美晴を庇うように雪乃が前に立つ。
2人が恋愛関係にあることは、わたしたちは知ってるけど、たぶんこの人は知らない。
この光景、どう見るんだろう。
「今日、新入生の雅ちゃんに会いました。わたしは特に何も思わなかったのですが、美晴ちゃんが、雰囲気がおかしいと感じているようで、気になるようです」
「なるほどね」
柔らかい笑顔を見せる。……なんか、嫌だ。
この人のこの顔、なにかを隠してる時のもの。
「確かに必要以上に喋らない不思議な子だけど、おかしい子ではないよ」
そんなの、美晴もわかってるでしょ。
「でも、美晴ちゃんが気になってるんです。美晴ちゃんは、目が見えなくなってから他の感覚が特に鋭くなっていて、直感は無視できないと思います」
「……雪乃さん、もう、いいです」
「でも、美晴ちゃん……」
「いいんです、もう。……理事長先生、お時間を取ってしまって、すみませんでした」
「あ、美晴ちゃん!」
美晴は雪乃の手を引いて出ていってしまった。
「……」
「紅音ちゃんは行かないでいいのかい?」
「……必要ないでしょう。美晴には雪乃がいるわ」
ようやくいつも通りソファに座れた。
「彼女の言葉、紅音ちゃんはどう思う?」
お茶を淹れながら聞いてくる。
「わたしは別に雅が気になるわけではないわ。でも、美晴の言葉は無視できない。雪乃が言ったように、彼女の直感は気になるから」
「……そうか」
出されたお茶を一口飲んで、目の前の人を見る。その人は困ったように笑うだけだった。




