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吸血姫ハ愛ヲ求ム  作者: 金柑乃実
15/23

藍莉編②

「藍莉ちゃん……」

「なに」

「アルカイド像のことだけど」

「取り壊しなんて認めないからね」

「だから……」

最近、雪乃や紅音とはずっとこんな感じ。2人は取り壊しに賛成みたいだから、なんか嫌だ。

紅音もサクラちゃんのこと、好きだったくせに。

なんでそんな簡単に賛成できるのかわからない。


2人から逃げるために、毎日納骨堂に行った。なぜか葵さんも毎日いて、気楽だった。

葵さんと乙女像の隣に座って、楽しくおしゃべりするだけ。

紅音や雪乃とのお茶会より、こっちのほうが楽しい。

「そういえば、聞いたことありませんでしたね」

「なにがですか?」

「藍莉さんは、どうして毎週納骨堂の掃除に来られるんですか?」

どうして?そんなの、決まってる。

「いつかわたしもお世話になりますから、その前に掃除くらいはしたいと思って」

わたしの家族は、わたしが発症した8歳の時から全く連絡が取れない。

それは学園から聞いていた。

本来教えて貰えないことではあるけど、紅音がいるからね。

それを知った時、さすがに絶望はした。でも、どこかではわかってた。

そもそも、わたしは8歳からずっと“スピカ”。治る可能性なんてないに等しい。

ここで死んだとして、家族がわたしの遺骨を引き取ってくれるとは思えない。

ここで死んで、仲間たちと一緒にここで眠る。

顔もほとんど忘れてしまったような家族より、こっちのほうがいいかもしれない。

「確かに。僕もそうだな。今のうちに恩を売っておかないと」

おどけたような彼の言い方に、思わず笑ってしまった。

でも、ふと目に入った乙女像が、懐かしい記憶を呼び覚ましてハッとする。

「藍莉さん?」

「え?あ、すみません。少しぼーっとしてました」

「どうかしたんですか?」

「なんでもないです」

葵さんは、少し悲しそうに笑った。

「藍莉さんは、いつもそうですよね」

「なにがですか?」

「普段は楽しそうなのに、ふとした時に暗くなるんです。ここでずっと楽しくなんて、無理とは思いますけど。どっちが本当の藍莉さんか、たまにわからなくなります」

「すみません……」

そんなの、自覚してなかった……。別に隠してたわけじゃないんだけど、ここじゃ特別話す必要も無いかなって思ってたことだから。

「じゃあ、葵さん、わたしの話、聞いてくれますか?」

「もちろん!」

葵さんは少年のような笑顔を見せてくれた。

「わたし、8歳でここに来ました。それまでは外で普通の小学生でした」

「8歳って、かなり遅いんですね」

この病気、発症はだいたい入学前の子供に多いってされてる。

この学園に入ってくる子も3歳から5歳の子が多いのは事実。

「わたしも、最初は驚きましたよ。まさか自分が血を飲まきゃいけない体になるなんて、思ってもいませんでしたから」

「それはそうですね」

「まだ発症する前、特に仲良くしてた近所の男の子がいたんです。内気な子で、弟のように思ってました」

わたしには兄弟がいなかったから、その子の存在はかなり大きかった。

クラスの男子たちにいじめられていたのを、わたしがよく助けにいってたの、今でも覚えてる。

「この学園に入ることがわかった時、その子にお別れを言いに行ったんです。そうしたら、ボクは待ってるよって……、アイちゃんが治るまで待ってるから、早く出てきてねって。そう言ったんです」

「……それは、約束?」

「もう無効ですよね。10年も経ってるし。その子だって忘れてると思います。でも、たまに思い出すんです。1人で大丈夫かなとか、いじめられてまた泣いてないかなとか」

「……本当に弟のようにかわいがっていたんですね」

「わたしの人生で初めてのお別れだったから、乙女像の前に来ると、よく思い出してしまって……。それで葵さんに心配かけてたなら、謝ります」

「いやいや、話してくれてうれしいです。いつかその男の子に会えるといいですね」

断言しないのは、そんなこと不可能だってわかってるから。葵さんの優しさを感じた。


「藍莉ちゃん!話を聞いて!」

「アルカイド像の取り壊しがなくなった?」

「そうじゃなくて……」

「じゃあ、わたしから話すことはない」

雪乃は毎日のように話しかけてくる。

乙女像のことでわたしを説得したいんだろうけど、話を聞かなきゃ言いくるめられない。

「藍莉、聞きなさい」

「……紅音」

雪乃みたいに逃げられないじゃん……。

「アルカイド像は取り壊さないわ」

紅音が言うってことは、ウソじゃないよね。

「話を聞く気になった?」

「早くしてね。今日も納骨堂に行くんだから」

「わかってる」

紅音の部屋に入ることにした。

「で、取り壊しをやめたってどういうこと?わたしの知ってる理事長は、というか紅音は、一度決めたことを覆なさいと思うんだけど」

「元々取り壊すつもりなんてなかったわ」

「は?」

「藍莉ちゃん、本当に理事長の話を聞いてなかったの?」

当たり前じゃん。理事長の言葉の半分は、ほとんど無意味な世間話だし。

「アルカイド像は建てられてかなり経つから、一度取り壊して再建するってことだったの」

「それならそうと、最初に言ってよ」

「聞く耳持たなかったのはそっちでしょ」

それはそうだけど……。

「てことは、取り壊しをやめたっていうのもおかしいんじゃない?」

「それは、藍莉ちゃんがあまりにも反対するから、紅音ちゃんが理事長に頼んでくれたの。もう少し待ってくれないかって。それで理事長が実際にアルカイド像を見に行ったら、老朽化なんてしてなかった。定期的に手入れされていたおかげでね。だから、しばらくは再建もなしってことになったの」

雪乃が全部説明してくれた。つまりは……

「紅音……ありがとね」

「……別に。あのまま駄々こねられたら面倒だと思っただけよ」

「素直じゃないね、紅音ちゃんも」

「うるさいわよ、雪乃。とにかく、そういうことだから、アルカイド像も含めて納骨堂の管理はあなたに任せるわ、藍莉。老朽化してきたと感じたら、すぐに教えて」

「はいはーい。で、今日の話はこれだけ?」

「えぇ」

「じゃ、わたしはこれで!」

「あ、藍莉ちゃん……」

うれしい。すごくうれしい。早く葵さんに会いたい。このうれしさを共感してほしい。


納骨堂に行くと、もう葵さんがいた。

「葵さん!」

「ど、どうしたんですか?今日はなんていうか……すごく、元気そうで……」

「わたし、乙女像が取り壊されるって思ってて、でもそれ、勘違いってわかったんです!だから、とっても嬉しくて……!」

「女神像の再建の話ですか?」

「葵さんも知ってたんですか?」

「一応、話は聞いていました。具体的な日時がなかなか決まらなかったので心配してましたけど……」

あぁ……たぶん、わたしのせいだ……。

「あ、でも、再建もなくなったみたいですよ」

「えっ、そうなんですか?」

「理事長が実際に乙女像をご覧になられて、まだ再建の必要は無いという判断を下されたみたいです」

「確かに、建てられて随分経つという話でしたけど、全然老朽化してませんね」

「わたしたちが定期的に掃除をしてたからかもしれませんね」

「だといいんですけど」

葵さんは乙女像を見上げた。嬉しそうな瞳で。

葵さんもこの乙女像を大切に思ってる。それは今までで充分わかってる。

「あと、葵さん」

「はい?」

「このテンションに任せて、ちょっと、調子乗っていいですか?」

「どうぞ」

「わたし、葵さんの血が飲みたいです」

「え?」

「あ、だからくださいとか変な意味じゃなくて……なんて言うかな……、血を飲みたくなるくらい、葵さんが好きです」

葵さんは、驚いて、次にはちょっと笑った。

「藍莉さん。僕の話を聞いてくれますか?僕がなぜ納骨堂に通うようになったか」

「はい」

なんで突然こんなこと言い出すの?勇気出して告白した意味は?

「はじめは、ただ、上に言われたからでした。亡くなった子たちの納骨を担当してほしい、と。何度かここに来るうちに、愛着が湧いて、せめて掃除くらいはと思ったのが始まりでした」

「始まりってことは、今は違うんですか?」

「そうですね。今は、藍莉さんに会うためです」

「……っ!」

「あなたと会うと、自然と自分の心が洗われていくようでした。藍莉さんはお綺麗な方ですから、自分が浄化されていくように感じていたんです」

「綺麗って……初めて言われましたよ」

「本当のことですよ!お姿もですけど、心も、とても綺麗だと思います」

「ありがとうございます」

「何度か会っていくうちに、自分自身の感情が本でしか知らない名前の感情だと気づきました。でも、それを打ち明けてはいけない気がしたんです。藍莉さんに知られてしまえば、もうこうして会うこともできなくなってしまうと思ったから」

「……」

「でも、今、後悔してます」

「え?」

「女性からこんな話をさせてしまうなんて、僕は情けないなって」

「じゃあ、今の取り消します」

「……おもしろいな、藍莉さんは」

「褒め言葉と思っておきます」

おもしろいって、女性に対する褒め言葉には思えないんだけど。

まぁ、細かいことは気にしなくていい。

「……藍莉さん」

「はい」

「僕は、あなたが好きです」

「わたしも葵さんが好きです」

「その……この学園の規則上、秘密ということにはなりますが……、お付き合いしていただけませんか?」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

18歳にして初めての彼氏ができた。


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