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吸血姫ハ愛ヲ求ム  作者: 金柑乃実
14/23

藍莉編①

午前中は勉強、午後は紅音のお供で仕事か3人でのお茶会。

毎日決まったサイクルの中で、週に一度、楽しみにしてることがある。

学園を閉ざす門が見える、限りなく外に近い建物。

ここで亡くなった子供たちの中でも、家族に引き取られなかったお骨を納める、納骨堂。

週一でここに来て、掃除をする。

小さい頃、大好きな先輩に連れてこられたのが初めてだった。

建物を入って左が女子、右が男子。

建物の前にある同じくらいの身長の乙女像が特にお気に入り。

先輩に教えてもらった名前はアルカイド。アルカイドは星の名前で、別名ベネトナシュとも言うらしい。その意味は、「泣き叫ぶ乙女」。

確かにこのアルカイド像、泣いてはないけど、寂しそうに空を見上げてる。

そう教えてくれた先輩も、今はこの納骨堂の中。初めての友達も、初恋の先輩も。

そういうのも含めて、この納骨堂が大好きだった。


「あ、藍莉さん。こんばんは」

今週も夜になって納骨堂に行くと、アルカイド像を掃除してる人がいた。

「……またいたんですか、葵さん」

男子寮の第二階級の人とだけ聞いてる。彼も納骨堂の掃除が趣味らしく、よく出会うことがあった。

「あなたがいると、わたし、戻らなきゃいけないんですが」

「それは僕も一緒ですよ。いいじゃないですか。誰もいませんし」

まぁ今更感はある。もう何度目かわかんないし。

「今日、新しい子がここに入ったんですよ。納骨堂関係は僕に任されてるので、納骨に来たついでに掃除でもしようかと」

「……いくつの子だったんですか?」

「5歳です。幼稚部の子で、先週入ったばかりの子でした。血を飲むということが受け入れられなかったみたいで」

よくあること。悲しいけど、仕方ない現実。

普通の人間だった小さい子が、突然発症した病気のせいで血を飲まきゃ生きていけないなんて、信じられるはずがない。

「また頼んだぞ、女神像」

男子寮では、この乙女像を女神像って言うらしい。


彼と出会ったのは、初めて1人でここを訪れた日。

大好きな先輩を亡くして、その先輩がここにいると知った日だった。

小さな骨壷になってしまった先輩を抱いて、この乙女像の横に座ってた。

「……うわっ」

突然男の人の声がして、顔を上げると、彼がいた。

「……人間?」

「……そうですけど」

「……びっくりしたぁ……女神かと……」

「は……?」

女神?何言ってんの?この人。……って、素直に呆れた。

「いや、女神像の横にいるからですよ!……と、すみません。泣いてました?」

そういうことを簡単に尋ねるのは、デリカシーがないと思う。

「泣いてません」

骨壷を抱えて立つと、彼はなんとなく状況を察したみたいだった。

「……お友達ですか?」

「先輩です」

「お悔やみ申し上げます」

「そんなこと言わないでください」

「どうしてですか?」

「先輩は、自由になったんです。ずっとここを出て家族と暮らしたいって言ってましたから、魂になって出ていったんです」

それは、先輩から、初めての友達を亡くした時に教えてもらったことだった。


それから3年。17歳になっても、彼との関係は途切れない。

乙女像と納骨堂と中の掃除を終え、今日もいつも通り別れた。


「藍莉さん!」

1週間後、日が沈んでから寮を出ようとすると、明るい声に呼び止められた。

「なに?美晴」

美晴は、1人で歩き回り、匂いや気配で近くに誰がいるかまで特定する。

目が見えないとは思えない。

症状のひとつなのか薬の副作用なのか、人より嗅覚が効くのはよくあるけど、それだけじゃない気がするから。

「雪乃さんが探していましたよ。理事長のお呼び出しみたいです」

「げ」

なんで。しかもこんな時間に。

「美晴、悪いんだけど、わたしには会わなかったことにしてくれない?」

「だ、ダメですよ!雪乃さんが、藍莉さんは今日納骨堂に行くはずだから呼んできてって言ったんですから!ここで会わなかったら、納骨堂まで追いかけないといけません!」

「納骨堂にもいなかったとかって嘘がつけるでしょ」

「ダメです!藍莉さんを連れてきたら、わたし、雪乃さんから褒められるんです!だからついてきてください!」

「わたしが褒めてあげるから」

「雪乃さんじゃないとイヤです!」

このバカップル……。

「……何してるの?藍莉」

「あ、紅音……」

「あ、雪乃さん!」

「ご苦労さま、美晴ちゃん」

見つかった……。

「今日は無理だって。知ってるでしょ?納骨堂に」

「毎週行く必要はないわ。男子寮も定期的に掃除をしてるようだし」

バレてるし……。

「なんでこんな時間に呼び出しなの?!」

「それはあのぼんくらに聞いて」

うわ、紅音も機嫌最悪じゃん。そりゃそうか。昼間たっぷり時間があったはずなのに、日が沈んでから呼び出すなんて、悪意しか感じられない。

「藍莉ちゃん、行くわよ」

雪乃も、不機嫌な紅音の地雷を踏む気はないみたい。……諦めるしかないか……。

「お留守番、お願いね、美晴ちゃん」

「はい!いってらっしゃい!」

元気な声に送り出されて、重い足を踏み出した。


理事長のろくでもない用事が終わってすぐ、

「じゃあ、わたし納骨堂に寄るから!」

紅音と雪乃とはさっさと別れて、納骨堂に向かった。

乙女像が見えて、周りを見渡したけど、もう彼の姿はない。

さすがにこの時間じゃ、もう帰ったか……。……って、わたし、葵さんを探してるみたいじゃない!あんな人、いない方がいいの!誰に見られるかって緊張しなくて済むんだから!

「あれ?」

「……あ」

「今日は遅かったですね、藍莉さん」

「えぇ。理事長に呼び出されたので」

「あぁ……。あの人の呼び出しは唐突ですからね」

「男子寮の方もそうなんですか?」

「そんな感じです。たまに唐突に呼び出されて、最近どうかなんて聞かれても、答え方がわかりませんしね」

「たまになんですね」

「月1か多くて月2くらいですね。女子寮は違うんですか?」

「理事長の娘がいますから。ほぼ毎日ですよ」

「あぁ……その噂は、こっちにも届いてきます。気の強い女性とか。そのせいで、女子寮の生徒は怖いなんて噂も流れてますが、おかげで女子寮に近づかない生徒が多いので、助かってますよ」

「紅音は気が強いというより、ただの頑固ですよ。でもまぁ、それがそちらの役に立ってるのなら、これから放置する理由ができます」

楽しい。この会話が楽しい。なんのことは無い、普通の会話なのに。


「……あー……」

「藍莉、みっともないからやめて」

椅子にダラーって座って、天井に声をぶつけると、紅音に怒られた。

「みっともないって。ひどい」

「事実でしょう」

「あ、そうだわ、紅音」

「なに?」

「納骨堂のアルカイド像の取り壊し、いつになりそう?その前に一度お参りに行きたいんだけど」

「……え……?」

雪乃……何言ったの?今……。アルカイド像……取り壊し……?

「藍莉ちゃん?」

「……アルカイド像、取り壊し……って……」

「この前理事長が言ってたでしょう?」

紅音も雪乃も、当然って顔してる。理事長の話なんて、まともに聞くわけがないじゃん……。

「わたし、嫌だから」

「藍莉?」

「絶対イヤ!認めないから!」

「藍莉ちゃん、待って……」

雪乃の声も聞かず、すぐに雪乃の部屋を飛び出した。


アルカイド像が……乙女像が……なくなる。あそこから。そんなのダメ!

「……っ!」

今日も乙女像は納骨堂の前に立ってる。悲しげに空を見上げながら。

「……アルカイド……ベネトナシュ……」

その姿を見た瞬間、もう堪えきれなかった。

『この子は、名前を2つ持ってるの。アルカイドが本名。あだ名はベネトナシュ。遠い国の言葉で、泣き叫ぶ乙女っていう意味なのよ』

『へぇ〜!サクラちゃん、なんでも知ってるね!』

この像の前で、何年も前に交わした会話が聞こえる。

『アルカイドはね、わたしたちの代わりに、空へ訴えてくれてるんだと思うわ。わたしたちを自由にしてって。早く家族と一緒に暮らしたいのって』

『神様、聞こえてるかな?』

『聞こえてるわよ。アルカイドは女神様だもの。だから、きっといつか、全て治して外に出してくれるわ』

幼い子を慰めるだけの言葉だ。そんなの、今になればわかる。

でも、関係ない。サクラちゃんとの思い出は、ここから始まるんだから。

「藍莉さん?!」

「……っ!」

葵さんが森の中から飛び出して駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか?!」

座り込んでたからか。

「……すみません。大丈夫です」

こんな姿、この人には見られたくない。

「……これ、よかったら」

綺麗な青いハンカチを差し出された。泣いてるの、見られたかな。

「ありがとうございます」

ここは断らない方が自然。

「……なにかあったんですか……?」

「別になにも。ちょっと落ち込んでただけです」

「それならいいんですが……」

なんとか立ち上がって、乙女像を見上げる。

「……アルカイドが、かわいそうです」

「え?」

「わたしたちの代わりに、たくさん泣いてくれているのに……」

「……僕はそうは思いませんけどね」

「……どうしてですか?」

「僕には、彼女の顔が希望に満ちた顔に見えるんです。病気が治って、いつかあの空の下、なにものにも遮られない道を歩くことができる。そう信じてる顔に見えるんですよ」

「……希望……?」

そんなの、考えもしなかった。アルカイドが希望に満ちた顔?

やっぱり、何度見ても、わたしには見えない。

この人には、わたしには見えないものが見えてる?葵さんに、この世界はどう見えてるの?

「アルカイドは、ここで眠る子どもたちを守ってくれている女神ですからね。自由になれた子どもたちを空へ旅立たせていると思います」

「だから、希望ですか?」

「はい」

お骨を守る女神。だから男子寮では、アルカイドが女神像って言われてるんだ。

「……葵さんって、変わってますね」

「えっ、そうですか?……よく言われるんですが……えー……そうかなぁ……?」

自覚なしですか。だいぶ変人な方だと思うんだけど。

というか、葵さんは知ってるの?アルカイド像が取り壊されること。

女神像って言うくらい大切にしてるんだよね?

言わない方がいい?……わたしみたいに、ショック受けるか。

男子寮の第二階級ならいつかは知ることになるだろうし、わたしがわざわざ言うことでもないはず。

でも、どうして乙女像が取り壊されるの?

確かにもう古い像ではあるけど、わたしと葵さんで掃除はしてたから、そこそこ綺麗な方。

傷んでないし、危なそうな感じでもない。

もう古いからって理由だけ?今の乙女像を知らない理事長が、勝手に決めたこと?

『アイリちゃん、アルカイドはわたしたちの分身なの。だから、忘れないで。アルカイドがある場所が、わたしたちの居場所。これがなくなれば、わたしたちの居場所もなくなるのよ』

アルカイドはわたしが守る。絶対取り壊させない。サクラちゃんだって、そう思ってるはず。


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