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吸血姫ハ愛ヲ求ム  作者: 金柑乃実
10/23

雪乃編①

同じドアが並ぶ中で、その1つに鍵をさしこんで開ける。

真っ暗な室内に入って、電気をつけると、見慣れた部屋が現れた。

もう外は真っ暗。この時間まで図書館で本を読むのが日常だから、おかしいことじゃない。

勉強机にバッグを置いたところで、呼び鈴が鳴った。

「はーい」

ドアを開けると

「やほ〜、雪乃」

藍莉ちゃんが立ってた。

「うわ、相変わらずすごい部屋」

もう17年もここにいれば、部屋も趣味に合わせる。売店でいろいろ買って、なんでもできるから。

藍莉ちゃんのボーイッシュな部屋と比べれば、確かにわたしの部屋はガーリーな方だとは思うけど、藍莉ちゃんはこれを趣味が悪いって言うの。

「どうしたの?こんな時間に」

「紅音の部屋、行くよ」

「えっ、どうして?」

「いいから、いいから」

「ちょ、ちょっと待って……」

慌てて鍵を取って電気を消して、部屋を出た。

紅音ちゃんの部屋は隣。藍莉ちゃんがまずチャイムを押すけど、反応はない。

「この時間だから、どこかを散歩してるんじゃない?」

「んー……たぶんお風呂?よし、中で待とう」

「入れないでしょう?」

「入れるよ」

スペアキー……。1階の管理室から持ってきたの?

「また怒られるよ……」

「大丈夫、大丈夫」

大丈夫じゃないでしょ……。部屋の電気はついてるから、留守ってわけじゃないのかな?

「雪乃も座って!」

「なんで藍莉ちゃんが言うの……」

って言いながら座るけど。

少し待ってると、寝巻き姿の紅音ちゃんがタオルで濡れた髪を拭きながら出てきた。

「……どうしてあなたたちがいるのかしら」

やっぱり不機嫌!

「わ、わたしは、藍莉ちゃんに連れてこられて……」

一緒に怒られたくないわ。

「今日はちゃんと理由があるわよ!ほら、これ!」

藍莉ちゃんが慌てて1枚の紙を紅音に渡した。

「雪乃を呼んだのも、紅音がそうするかなと思ってね」

「……そうね」

「藍莉ちゃん、その紙はなに?」

「医務室からの手紙。売店で買い物してたら如月先生に会ってもらったの。で、管理室で紅音の部屋のスペアキー借りて来たってわけ」

「なにが書いてあるの?」

「気になる生徒がいるから、注意して見てあげてほしいって」

気になる生徒?紅音ちゃんに確かめると、そうだって頷いた。

「切り傷に擦り傷、火傷。それが16歳の子っていうから、気になるわね」

小さい子が怪我するのは普通だけど、16歳か……。

「ついでにいうと、その子が“アルニラム”ってところもね」

「いじめの可能性があるってこと?」

「そうっぽいね」

“アルニラム”は、この学園内での第3階級。階級の意味はわからない。

噂では年齢や重症度って言われてるけど、長いことここで暮らすわたしたち3人は、なんとなく、重症度って思うようになった。

重症度の説が有力になってきたのはここ数年のこと。

それを知った“アルニラム”たちは、自分たちが悪化したことを知って絶望する。

その中でいじめが生まれるのは、“アルニラム”の悪い風習。

「雪乃、この子、様子を見なさい」

紅音ちゃんに言われて、紙を受け取った。

「それはもちろんいいんだけど……。この子のクラス替えは考えないの?」

「こっちのクラスにってこと?」

「そうよ、藍莉ちゃん。今は“スピカ”と“ベガ”が3人しかいないから、わたし1人と、藍莉ちゃんと紅音ちゃんの2人にわかれてるでしょう?こんな大変な子、わたし1人で見れるかしら……」

「クラス替えはなしよ」

「紅音ちゃん……」

紅音ちゃんがそう言うなら、どうしようもないよね……。……どうしようかな。


部屋に戻って、1人で考えた。

問題の子の名前は美晴ちゃん。確か“アルニラム”になって1ヶ月以上は立ってるはず。

進行性吸血鬼症候群の子はなかなかいないから、大半は生まれつき“アルニラム”に適する症状だった子たち。

そんな子たちに囲まれてるから、進行性の子たちは苦労するのよね。

いっそ一気に“スピカ”まであがってきてくれたら楽なのに。

……なんて、言えないわね。早く悪くなれって言ってるのと同じ。

今のところ、いじめって感じはない。ということは、隠してる?

せめてわかりやすくやってくれたら楽なのに?

……ダメだわ。最近、思考が藍莉ちゃんに似てきてる気がする。17年も一緒にいれば当然かな?とにかく、いじめを見つけて止めればいいのよね。


「雪乃さん、おはようございます」

「おはよう。今日もお勉強、頑張りましょうね」

「はい……!」

ただ挨拶しただけなのに、みんな嬉しそうにしてくれる。

やっぱり笑顔になってくれるのは嬉しいわ。病人だから暗い顔なんて、そんなの嫌。

ただでさえ太陽が見えないんだから、身近に太陽のような笑顔があった方がいい。

「おはようございます」

“アルニラム”……。今日もみんな一緒なのね。今のところ10人しかいないからだろうけど。

「おはよう。今日も仲がいいのね」

「もちろんです。ここに集った仲間ですもの。みんなで助け合うのは当然のことじゃありません?」

「その通りね。素敵な考えだわ」

美晴ちゃんは……いない?

「あら?でも、1人足りないんじゃないかしら?」

「さっき、ミハルさんが、お花摘みに行かれました」

「そう。それならいいの。仲がいいのはいいことだわ」

「それじゃあ、雪乃さん、失礼します」

「えぇ」

お花摘み……トイレね。なんだか、嫌な感じ。


「美晴ちゃん、いるの?」

「あ……」

やっぱり、トイレの床に座り込んでいた。頭から全て濡れた状態で。

「大変……風邪をひくわ。これ、使って」

「すみません。……水道の水、かぶっちゃって」

「本当に、水道の水?」

「あ、はい。軽くひねったら、突然水が吹き出してきて」

「それは大変ね。理事長に伝えて、修理を要求しておくわ」

「え、そんな……!そこまでしなくても……」

「いいえ。あなたみたいに濡れてしまう子がいたら大変だもの。当然のことよ。それとも……本当は水道が原因じゃなかったりする?」

「……すみません」

嘘ってことは認めたわね。

「立って。授業はお休みして、医務室に行きましょう」

「いえ、でも……」

「いいのよ。授業に出ることより、風邪を引かないようにすることが優先。わたしたちは、ちょっとしたことで簡単に風邪をひいて、悪化させやすいんですもの」

「……わかりました。でも、雪乃さんは戻ってください。わたし1人で行けますから」

「いいえ、ぜひ一緒に行かせて」

美晴ちゃんは嫌がってるけど、ここで見捨てたら、仕事放棄になって、紅音ちゃんに怒られるからね。


「あら……」

「如月先生、お願いします」

「どうぞ、座って」

事情をわかってるからか、先生は何も言わずに美晴ちゃんを座らせた。

「今日はどこも怪我してないみたいね。じゃあ代わりの制服に着替えてね」

「はい」

美晴ちゃんが着替えを持ってベッドのカーテンの中に入っていく。

会話はできないけど、視線だけで如月先生に伝えた。いじめの可能性が確実になったこと。

如月先生にも伝わったようで、頷いてくれた。


「雪乃、例の件、どうなってる?」

午後は紅音ちゃんと藍莉ちゃんと3人でお茶会。

場所は誰かの部屋だったり食堂だったりっていろいろだけど、今日は紅音ちゃんの部屋。

その中で、紅音ちゃんが聞いてきた。

「今のところ、いじめらしいってところまでね。上手に隠してるみたいでなかなか現場を押さえられないし、美晴ちゃん本人もいじめというところまでは認めてくれないの」

「早くどうにかして」

「紅音、どうかした?」

紅音ちゃんの急かすような態度に疑問を持ち、藍莉ちゃんが口を開く。

「……別に。理事長がうるさいの。なにか感づき始めてるみたいで」

「理事長、紅音がお気に入りだもんね」

「藍莉ちゃん、からかわないの」

紅音ちゃんは理事長に実の娘のようにかわいがられてる。紅音ちゃんは嫌がってるけど、それも父親を嫌う娘みたいで、わたしとしては微笑ましいくらい。

「いじめなら今までもよくあるし、理事長が動くだけ無駄なのよ……」

「それ、理事長本人に言ったら?」

わたしたちじゃ言えないけど、紅音ちゃんなら言えるからね。

「もう言ってるわよ」

「それで?」

「無駄にはならないって。それで毎回喧嘩」

「親子喧嘩」

「違うと言ってるでしょう、藍莉」

これは……わたしも庇えないかな。だって、どう見たってそうだもん。

「とにかく、美晴ちゃんのことは任せて。取り返しのつかないことにはさせないわ」

「当たり前よ」

紅音ちゃんは、机の上に置かれたペン立てと同じ大きさの薬入れの瓶をじっと睨んでた。


「美晴ちゃん、おはよう」

「あ……おはようございます、雪乃さん」

毎朝必ず声をかけるようにした。

「今日、席替えがあるんですって。美晴ちゃんの隣の席を希望してもいいかしら?」

「え……どうしてですか……?雪乃さんのお隣がいい人は、たくさんいらっしゃいますが」

「わたしは美晴ちゃんの隣がいいのよ」

「……わかりました」

昨日のうちに担当の先生に事情を話して、席替えをお願いしておいた。

基本好きな席に移動するだけだから、ここではあんまり席替えとかないんだけど。

珍しいことだけど、お願いすればしてもらえけるからね。

わたしがそばにいれば、美晴ちゃんがいじめられることはないも思う。

最後列に美晴ちゃんと並ぶ新しい席になって、少し安心できるわね。


「美晴ちゃん……」

「お疲れ様です」

あ……。声かける前に、逃げられちゃった。一緒に帰ろうって言いたかったのに。

やっぱり、突然こんなに親しくすると、怪しいかな?

「雪乃さん、お疲れ様です」

「お疲れさま」

新しく隣になった子が、笑顔を向けてくれる。

「雪乃、帰ろう」

「あ、藍莉ちゃん……。今日、紅音ちゃんは?」

「理事長に呼ばれたって。さっき、嫌そうに教室を出ていった」

「また……?」

「仕方ない。あの子、どうなった?」

「急に接近しすぎたせいか、避けられてるわ」

「ま、仕方ないか。あ、あなたたち、早く寮に戻りなさい」

「はい!」

まだ教室に残ってる子たちを校舎から出しながら、藍莉ちゃんと並んで帰る。

男子寮に続く道を覗いてる子は今でもたまにいて

「そっちは禁止よ」

と注意するのもいつものこと。

「すみません……!」

ダメってことはわかってるから、みんな慌てて帰っていく。

「あら……?」

校舎を出て右の道に入って少し進んだところで、森の入口で座り込む影を見つけた。

「どうしたの?」

「気分でも悪いの?」

藍莉ちゃんと2人で声をかけると、その子が顔を上げる。

「美晴ちゃん……!」

「……その、声……雪乃さん……?」

「そうよ。どうしたの?目が見えないの?」

「……あの……さっき、太陽の光、浴びちゃって……眩しくて……目が、チカチカ……」

日傘をさしてなかったから、わたしのを傾けながら膝を曲げる。

「美晴ちゃん、その顔……」

ところどころ火傷してる。そんなに大きな傷じゃないとは思うけど……。

「ねぇ、日傘は?」

藍莉ちゃんが周りに日傘がないことに気づいたみたい。

「……えっと……風?で、飛ばされ……。」

「嘘つかないで。嘘は嫌いよ」

「あ、藍莉ちゃん……」

嘘は嘘だけど、いじめで奪われたなんて、言えないでしょう……。

「誰に取られたの?」

「……取られてなんて……」

「誰かが取っていったくらいの理由がなきゃ、この場所に日傘がないことの説明にはならないわ」

紅音ちゃんがいないと、藍莉ちゃんの言葉が強くなるんだから……。

「何をしているの?」

「あ、紅音ちゃん……」

紅音の声がして校舎の方向を向くと、珍しく理事長も一緒だった。

「理事長まで……?」

紅音ちゃんが嫌な顔してるから、きっと理事長が心配して寮まで送るとかいったのかな?

「その子は?」

「理事長、もういいですから、戻ってください」

「そういうわけにはいかないよ。キミ、どうしたんだい?」

「……あ……」

滅多に見ない理事長の登場、それも男性ということもあって、美晴ちゃん、ちょっと怯えてる。

「その顔は火傷?」

「……!」

「……あ、いえ……」

理事長にそこまで知られてしまったら、紅音ちゃんが嫌がる。

わたしたちが動こうとする前に、美晴ちゃんは顔をふせた。

「理事長がいるから怖がってるんです。友人とも出会えましたし、戻ってください」

紅音ちゃんは強引に理事長を引き離す。

「戻らないなら、今後一切の呼び出しに応じませんから」

脅迫……理事長を……。一応、この学校の一番偉い人のはずだけど。

「……わかったよ。報告を待ってるからね」

理事長もそれは嫌みたいね。すぐ戻っていった。

「とにかく、ここは危険よ。医務室に運びましょう」

「あ、えぇ」

紅音ちゃんの声でハッとして、ようやく頭が働く。

着ていた日除け用のコートを脱いで、美晴ちゃんに頭から被せた。

「行きましょう」

「……はい……」

コートの上から支えた肩が、ちょっとだけ震えてるように感じた。


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