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吸血姫ハ愛ヲ求ム  作者: 金柑乃実
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知花編①

『雷に打たれたような衝撃でした』

何かの本で読んだ文章。今でも覚えている。

でも、その文の意味を、わたしたちは知らない。


知花(ちか)〜、遅れるよ〜」

「はーい!」

友達の(つばさ)に言われて、慌てて返事をした。

今日の授業の教科書を入れたバッグを持って、部屋を出る。

「遅い!」

目をつりあげた翼が、仁王立ちしてた。

「ごめんって!」

「忘れ物は?」

「ない!」

「ほんとに?」

「ほんとだって。信じてよ」

そう言いながら、バッグの中をもう一度見る。

「あれ?」

アレがない。いつもこの内側のポケットに入れてるんだけど……。

「ちーかー?」

「ご、ごめん……」

もう一度翼に謝って、部屋に戻る。すぐに目的のものを見つけた。やっぱり入れ忘れてたみたい。

手のひらサイズの四角くて平たいケースを取り、バッグに入れる。

縦横5cmの正方形。厚さは1cmもない、本当に小さなケースだ。

「なんでそんな大事なもの忘れるの!」

部屋を出ると、やっぱり怒られた。

「ごめんって……。だってほら、こんな小さいと、忘れちゃうじゃん?」

「普通は忘れないの!」

「わかった、わかった。ほら、行こ。遅れちゃうよ」

この小さなケースに入っているのは、わたしたちの命をつなぐ大切なもの。


40人クラスの教室の、窓側の前から2番目。

どちらかというと運が悪いとも言える位置が、わたしの席。

黒板は見えづらいし、だからといってサボると見つかるし。

「100年前……」

何度聞いたかわからない歴史の授業は、欠伸を噛み殺しながらペンを走らせた。

そうしないとこの教室では浮くからね。

「次のページを、えー……雪乃(ゆきの)さん、読んでください」

「はい」

中央の列の後ろの席の子が立ち上がった。

透き通るような白い肌に、明るい茶色の髪。クリッとした大きな目の横には涙ボクロ。

本の中から出てきたような美少女さん。それが彼女、雪乃さんだ。

わたしの病的に白い肌や、なにもしないのに傷んで色が抜けたような茶髪とは比べ物にならない。

「100年前、我が国の医療機関が『吸血鬼症候群』という新しい病気を発表した」

澄んだ声も綺麗だしね。

他の子たちなんか、先生が黒板に書いてるのも気づかずに見とれてるくらい。

「この病気にかかると、吸血鬼のように吸血発作が起き、定期的に血液を摂取しないと異常な喉の渇きにより死亡する。さらに、紫外線に触れると肌を火傷するなどといった症状が報告されている。現在では、10代以下の子どもたちのみ発症することがわかっている」

聞き飽きた文章も、こんな綺麗な声で聞くと、やっぱり耳に入ってくるなぁ……。

「はい、そこまで」

教師の声で、雪乃さんは席に座った。静かな拍手がその場に広がる。

「さすが雪乃さんね」

「ほんと。教科書を読むだけであんなに絵になるんですもの……」

小鳥のさえずりのようなお喋りと一緒に。

「みなさん、静かに。授業を続けます」

教師の声で一気に静まり返った。

つまらない授業に戻ってしまったから、黒塗りの窓を見てため息をこぼした。

見えるはずのない青い空に、吸い込まれていくように感じた。


「はぁ……」

部屋に戻って鏡を見ると、こっちもため息しか出てこない。

「知花?」

遊びに……というか、勉強を教えに来てくれた翼が、不思議そうに首を傾げる。

「お肌ボロボロ……髪はパサパサ……。あの方たちと同じ人間なんて、思えないよね」

「仕方ない。大事な血液製剤(くすり)の副作用よ」

「じゃあなんで雪乃さんはあんなに綺麗なの?同じものを飲んでるはずなのに」

「そんなのわたしに聞かないで」

翼はそう言いながら、ケースを取り出して薬を口に放り込む。

「こんなもの……」

無機質な白いプラスチックの表面には、薔薇の花が彫られてる。

「抵抗したって無駄よ。苦しくなるのは自分なんだから」

そんなのわかってる。

いくら拒絶したって、最終的には飲まなければいけない。

「さっさと諦めて飲んで。そして勉強するよ」

翼に言われて、渋々錠剤を口に放り込んだ。


高い木々に囲まれたここ紅月学園は、吸血鬼症候群を発症してしまった子どもたちが暮らす場所。

壁に囲まれた広い敷地にはぎっしりと高い木が生え、その隙間を縫うように、校舎と男子寮女子寮があるだけ。

毎日決まった時間に起き、朝食を食べ、日傘をさして教室に行って授業を受け、昼には男子生徒と入れ替わりで校舎を出る。

吸血鬼症候群の治療ができるなんて言われてるけど、実際は吸血発作を抑える薬を飲むだけ。

それも、血液の成分が凝縮されているだけのタブレット。

こんな場所で、本当に治るの?その疑問は、ここでは口にしちゃいけない。

治ることを信じてる子もいるから。

吸血禁止に恋愛禁止。その他厳しい規則で縛られて、わたしたちは太陽の影で生きる。


日が沈んで暗くなると、カーテンを開けることができる数少ない機会。

開けても、ただ木が並んでいるだけのなにもない場所なんだけど。

「知花、見て」

隣で、翼が空を指した。

「今日は三日月ね」

「そうだね」

窓を開けると、冷たい空気が肌を突き刺す。

「あれ?」

知花の目に、2つの人影が映る。

「なに?」

翼もその視線の先を追った。顔は見えないが、明らかに髪の長い女性と身長が高い男性だ。

「……バカみたい」

「え?」

翼の呆れ果てた声に、知花は隣を見る。

「恋愛なんて、虚しいだけ。相手を好きになればなるほど辛くなるだけなんだから」

「恋愛をすれば、その相手の血しか受け付けなくなるって話のこと?」

「事実よ。授業でも言ってた」

「そうだけど……」

「知花は、苦しい思いをしても、誰かを好きになりたいの?」

「それはまだわかんないよ。好きになったことなんてないし。でも……、わたしは素敵だと思う。命をかけてまで自分を愛してくれる人がいて、自分の命をかけて愛する人がいるって、すごく幸せなことだと思うよ」

「綺麗事」

「それは……」

「命懸けが綺麗なんて、美化しすぎにも程があるよ。好きな人ができたって、どうせ死ぬんじゃ意味無いじゃん」

「じゃあ、翼はどう思うの?」

「わたしは、生きる。なにがあっても、どんなことをしても、1分1秒でも長く生きる。恋愛はそれからでいい」

「……そっか……」

「わたしたち、まだ14歳だよ。時間は充分あるじゃん。今から焦って恋愛なんてしなくても」

「そうだね」

一応同意を示すが、知花は納得できなかった。


「このクリーム、肌荒れ治らなかったしな……。別のに変えようかな……」

共同スペースの売店で、ハンドクリームを見てた。

今日は翼もいなくて1人。

翼とは仲いい方だけど、周りの女子たちみたいにベタベタしなくていいからっていう理由で仲良くなった関係だから、こういうとこは誘いづらいんだよね。

「これ、おすすめよ」

「え?」

突然背後から声をかけられて振り返ると、雪乃さんがハンドクリームを差し出してた。

「あ、ありがとうございます!」

それを受けとると、雪乃さんの空いた手が、わたしの顔に伸びてくる。

「すごい荒れてるわ。仕方ないけどね」

「……っ!」

雪乃さんに、言われた……。

すごいショック……。やっぱり、周りの子よりひどいのかな、わたし……。

「雪乃さんはいつもお綺麗で、羨ましいです」

「あら、そう?ふふ、ありがと」

「なにか特別なもの使っていらっしゃるんですか?」

「特別なもの?……そうねぇ……」

「教えていただきたいです」

「特別なクリームは使ってないわね。化粧水も乳液も、ここで売ってある1番安いもの」

「じゃあ、どうして……」

「強いて言うなら……、禁断の果実、かな」

「禁断の果実?」

「とっても甘くて美味しいの。じゃあね」

雪乃さんは綺麗な笑顔を見せて、行ってしまった。

甘くて美味しい、禁断の果実?なんだろう。

きっとこの売店にあるものか、敷地内で採れるものだよね。翼に聞いたらわかるかな……。


「は?禁断の果実?」

翼は眉をひそめて言った。

「アダムとイヴが食べたのはリンゴって話があるけど、それのことじゃないの?」

「リンゴで肌荒れが治るの?」

「だから、それは諦めるしかないって」

わかってる。肌荒れは、吸血鬼症候群の患者用に開発された血液製剤の副作用。

肌が弱いのも症状のひとつらしいし。

仕方ないことだっていうのはわかってるんだけど……。

「でも……」

「そんなに気になるなら、薬、飲まなきゃいいじゃん。まともに生活できなくなってもいいならね」

「それは嫌だけど……」

わたしたちにとって血を飲まないというのは、水を飲まないのと同じこと。

それだけで簡単に死んでしまう。

「知花の肌荒れ、そこまでひどくないと思うよ。知花よりひどい子はいっぱいいる。だから、もう気にしないで」

「……うん……」

これ以上は翼を苛立たせてしまいそうで、頷いておくことにした。


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