「断る」
メリバ要素有り注意。
ついでにこれはオチを楽しんで頂くモノでは有りませんので、そこはご了承をお願いします。
「…………ここは?」
とあるご年配の女性は、いきなり立たされたこの場所に困惑していた。
良く磨かれた白い石でしっかりと組み上げた、荘厳な神殿の中に立っているのだ。
そして外は不思議なことに、数々の星が煌めく満天の夜空だ。
不思議な部分は、夜空が地面にも広がっていて、陸地らしい陸地が立っている年配の女性の視界に入らない所である。
「こんな場所は………………ああ、私は死んだのね」
一時は混乱したものの直ぐに気を持ち直し、状況を把握する。
~~~~~~
ご年配の女性の人生は、悲惨その物だった。
彼女は寒村の出である。
寒村は伊達ではなく、冬への備えは毎年ギリギリ。 毎年1人2人は必ず厳しい寒さに耐えきれず命を落とす様な場所。
そんな寒村はある年に不作となり、冬場にいつも以上の死者が出る苦境が予想された。
村の存続の為、備えの消費を抑えるべく口減らしで人買いに売られ、傭兵団に雑用として買われた。
そこに心地よい居場所を得て彼女は育ち、大きくなったらなったで戦闘の才を見出だされ、最終的には傭兵団の看板にもなった。
仲間達から仕事の成果を誉められれば、それだけで幸せだった。
みんなの為に頑張ろう、もっと強くなって誉めてもらおう。
その為に頑張ったし、もっともっと強くなった。
だが、彼女は強くなりすぎた。
この世界には人類の敵対者とでも言うべき、魔獣が存在している。
中には1体で国1つ……いや、大陸1つを潰せる程の力を持った魔獣までいるのだ。
そんな世界で力を持ちすぎた人間が現れたら、国が黙っていない。
直ぐ様その傭兵団はとある国に専属として雇われ、あらゆる戦いに使われた。
対魔獣には当然として、対人……つまり戦争にまで。
それに勝利を収めて凱旋すれば英雄として誉め称えられて、まるで国の守護神が如く扱われる。
悪い気はしない女性だが、光ある所には闇がある。
集団同士での戦いがあれば敵味方問わず、戦死者は必ず出る。
傭兵団も例外ではなく、しかも女性の戦闘力を期待して、いつも最前線へ放り込まれる。
ほぼ戦闘にでずっぱりで、物資の補給もままならなくなり、ボロボロの武具と囚人もかくやの乏しい食料による栄養不足で満足に戦えないものも増え、戦死者数が加速する。
それが続けば、人員の補充など間に合わなくなる。
補充出来たところで最前線で生き残り続ける運も実力もない者ばかりで、3回も出撃をすれば周囲は大体見知らぬ傭兵ばかりになる。
それに傭兵団とは違う場所から、傭兵団の功績を妬まれ妨害される。
時として命も狙われ、ターゲットとして女性だけではなく他の団員も狙われた。
結果として、女性は一人だけの傭兵団になった。
それでも要請される出撃に怒りを覚え、そこで彼女は自覚する。
自分はこの国に、潰れるまで使い倒される。
傭兵団最後の一人になるまで気付かなかったのは、自身の戦闘力故。
自分が頑張れば頑張るだけ、他の傭兵団員は楽になる。 そう仲間達に言われ、実行してきた故。
実際はどうだ?
頑張れば頑張るだけ傭兵団の評価は上がり、それだけ危険の大きい戦場へ、または少ない兵力で向かわされる現実。
楽になってなど、いなかったのだ。
頑張れば頑張るほど死者が増えるのだ。
傭兵団のみんなはいつも笑顔で、お互いを支え合っていて、彼女には暗い部分を見せないようにしていたので気付けなかった。
隠し事があるのは分かっていたが、彼らは何も打ち明けてくれず、微妙な疎外感を覚えたこともある。
こっちが踏み込んでも「大丈夫だから」「こっちで何とかするから」と避けられた時もあるが、それは遺書に、困っていても“男としての意地”だから頼りたくなかったなどと書かれていた。
……全部自分の所為なのかも知れない。
自分がいるだけで周辺を不幸にすると思い詰めた女性は、逃亡を決意した。
自分をここまで使うだけ使って国として、人類の状況も含めて、良くならない現状への怒りの抗議も含めて。
ささやかな抗議ではなく、武力を持って決起すれば良い?
それを彼女は望まない。 彼女は血に飢えた獣では決してないのだから。
それからはその国が女性を脱走兵として指名手配し、周辺国へは裏切り者の大悪党と喧伝してまわり、彼女の居場所は人類の土地から消え失せた。
山や森に隠れ住み、時折遭難者を助けては生きて帰し、指名手配されている相手だったと助けた者の住む土地で明かされ、追われ、逃亡を繰り返した。
~~~~~~
あの逃亡を決めた時に抱いた、理不尽な戦いばかりの人生に追いやった国の首脳部どもへの怒りは、諦めへと半ば変わった。
怒り続けられるほど、心が元気ではなくなったから。
そして延々と続く心が休まらない逃亡生活の中でふと、自身が居場所だと感じていた仲間達を少しだけ振り返れる時間が出来たとき。
その皆の顔が霞んでしまっていた事に気付いて、咽び泣く。
それでもなんとか生きていたが、精神がついに擦り切れ、生きようとする行為全てを放棄した。
――――はずだった。
「死んだはずなのに、なぜ私はこうして立っているのでしょうか?」
年配の女性は自身の手や腕を注視しながら動かす。
逃亡生活の最終盤、まともに動かせなくなった体を記憶しているが、今は普通に動かせる。
この状況を分析・解析しようとしていると、少し離れた所から声がする。
「死後の魂を、貴女をこの神界へ呼んだからですよ」
音の方へ首を巡らせれば、そこには聖母のような微笑みを浮かべた、実に神々しい女性が立っていた。
「ようこそ、才ある者。 ここは神界の中でも、生涯を終えた才ある者が次の生を受ける為に一時留まる、休憩所です」
両腕を軽く広げ、まるで出迎えているような表現の自称女神に、年配の女性は目を細める。
だがそれだけなので、自称女神は話の続きを求められていると判断し、続ける。
「才ある者の魂は貴重で、こうして休憩所で労り次に備えて頂いています」
先ほど辺りを見回した時には何もなかったはずの屋内に、自称女神が動かした視線の先から変化が起こる。
まるで王妃や王女が使うような、立派な寝台や豪華な飲食物が載ったテーブル、生前では手が届かなかった高級な酒を詰めた酒樽に、ひとりでに動き天上の調べを奏でる楽器たち。
他にも世間一般で贅沢と言える品々までめが、何もない所からパッと生み出して行く自称女神。
「ここで存分に心を休め、癒し、まっさらな魂で次の生もまた才を発揮して頂きたいのです」
自称女神が言いたい事は、恐らくだが分かった。
分かったが、他に訊きたい事がある。
「才が有るか分かりませんが、なぜその才ある者をこうして直々に歓待なさるのですか?」
年配の女性は一応丁寧な物言いだが、この自称女神を女神と認めていない。
こちらに見せてきたのが無から有を生み出す特殊な力だけなので、信用も何もない。
使い手が滅多に居ない、収納魔法とやらの使い手である“だけ”の女かも知れないのだ。
それに気付いているのかは知らないが、自称女神はより深く微笑みかけて来たが、そんなのに心を動かされる年配の女性ではない。
「この世界は神が意図していない混沌に包まれています。 このままでは理想の世界にならず、その問題解決に才ある者がどうしても必要なのです」
そう自称女神が語ると、不意に右手の人差し指を顔の横まで持ち上げ、ひと振り。
すると光る長方形が年配の女性の目の前に現れた。
その光る長方形はやけにリアルで不可思議に動く絵を映し出す。
「近い将来……貴女達の尺度で言えば6代位先でしょうか。 増えすぎた魔獣により人類は減らされ、こうして1人残らず命を落としてしまうでしょう。 それを防ぐのに、才ある者が必要なのです」
映る絵は、どこかの王都だろう。
なんと声まで絵から響いて来ており《ここが人類最後の土地だ! なんとしても魔獣を食い止めろ!》と必死になって叫ぶ兵士がいた。
だがそんなのは魔獣からはお構い無しとばかりに襲撃を始め、人類側は撃退できず、生存圏に入り込まれて人が次々と死んで行く光景が映し出されている。
確かに胸が痛くなる“だろう”光景を描いた絵だ。
「これは未来視をして得られた映像です。 これを現実にしたくないのです」
自称女神もこうして重ねて言い募ってくる。
映像とやらの意味は分からないが、ほぼ確定している事項として自称女神が語るので、恐らく本当の事なのだろう。
それを受けて、疲れきった年配の女性がじっくり考えた返答は。
「断る」
強い拒絶だった。
彼女の心を擦り切れさせるきっかけとなったのは、国からの無茶振りだ。
その時の連中とこいつは、何一つ変わらない。
危機感を煽り、こちらの力を認め、貴女が必要だと求め、死地へ向かわせる。
そのやり口にもう、うんざりしていた。
もうとっくに。 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もその無茶振りに応えてきた。
そしてその無茶振りに頑張って頑張って頑張って頑張って頑張り抜いて、なんとかやって来た結果に得られたのは、たった1つの呪いだけ。
頑張れば頑張るだけ不幸になる。
彼女は、もう疲れたのだ。
「栄光も名誉も未来も新しい人生もやり直す機会も、私はいらない。 私はただ、消え去りたいんだ」
擦り切れた心に何をしても、言っても届かない。
あるのは、自称女神へ見せる感情の虚無ただひとつ。
この言葉に焦る気配を見せる自称女神だが、何か言う前に年配の女性が続ける。
「もう生きたくない。 存在したくないんだよ」
自称女神は絶句した。 何がここまで彼女を追い込んだのか。
それでもどうにか説得して、一休みした後に再び地上で生を受けてもらえるよう考えを巡らせていた時だった。
自称女神によって生み出された豪華な食事に添えられた、切れ味鋭い食器のナイフで頸動脈を無造作に自らパッと深く切りつける年配の女性。
突然の事に自称女神が唖然。
切り開かれた頸動脈の傷から溢れ出てくる血を、何ともない動きで確認する年配の女性。
止めようとしてこない自称女神を余所に、年配の女性は血の付いたナイフを自らの心臓へ躊躇無く突き立てる。
まさかこの場所で、果てようとする人類がいると思っていなかった自称女神は、なにも出来ず眺めるばかり。
「…………これできっと、楽になれる」
首より下が血塗れの体を見下ろし、今再び命を失う……いやそれ以上の喪失感を抱えたまま、虚無に塗れた顔で頷きをひとつ。
この喪失感はきっと、自身の存在が消えてしまうモノなのだろう。
そんな感覚に満足しながら、年配の女性は消滅した。
蛇足
年配の女性
疲れきっている。
全てが信じられないし、この世に希望も持っちゃいない。
女性自身の居場所がどうなろうと、それでも構わず使い倒そうとする国に失望した。
逃亡生活中も、やること成すこと全てにケチが付いて回り、もはや生きる気力さえ持てない。
その姿は生きた浮遊霊。
傭兵団に居た仲間達が遺した言葉を支えになんとか自死せずいたが、時間経過でそれも薄ぼんやりしてきて思い出せなくなってきていた。
それで最後にダメ押しで、偶然助けた遭難者が少し後に大人数で隠れ住んでいた場所に近付いて来ているのを感じとり、それをきっかけに生を捨てた。
彼女はただ、平穏に暮らせる居場所が欲しかっただけかも知れない。
いや。
それ以前で、只々ありふれた小さな幸せを求めていただけなのかも知れない。
最後に助けた遭難者
助けてくれた相手が指名手配されている者なのは知っているけど、助けてくれたし疲れきっていて放っておけないと思っていた。
なのでみんなで迎えにいって、ウチの村だか町だか街だかに住まないか? と相談しに行く気だった。
それ以前に助けられた遭難者
それぞれ。
最後のと同じつもりで再び会おうとしたのも居るし、指名手配犯を捕まえた時の報奨金狙いで山狩りしようとしたのも、情報を治安組織へ売ったのもいる。
自称女神
女神。 創った世界を何とか守ろうとしているだけ。
当の女神自身は真面目。
神となってから、他の神と比べてまだ日が浅い。
自身の正義で動いていて、人類についてはペット感覚。
ペットと言っても、道具として見ているのではないので、差別とかそんなのは無い。
守る世界には人類……正確には強い感情がこもった魔力を産み出せる知性体が必要不可欠で、それを絶滅させたくない。
だが年配の女性には、そんな理由など知ったこっちゃない。
才ある者の転生事情
武力でも知力でも生産力でも技術力でも開発力でもエンタメ力でも。
とにかく何らかの能力が飛び抜けて素晴らしい存在を、才ある者と女神が呼称している。
転生する事で確実に才ある者が生まれる。
稀だが一般的な存在からも才ある者が発生する。
それらを上手く使い、人類が安定した生活を得られるよう、良い感情エネルギーを増やせるようにしたいのが女神。
だが才ある者は死ぬと、4割以上が消滅を望む。
それを防ぎたくて、厚待遇をして踏み留まって欲しい女神。
だが、そんな努力をしても、才ある者全体の1割程度は消滅を頑固に望み、消えて行く。
消えるのはこの世界の損失である為に、女神は阻止したい。
今回の年配の女性は自力で消えたが、女神に頼んで消してもらうのが普通。
神が手を出さない場合の転生事情
人生に満足したり、逆に心が疲れきっていたり擦り切れていたり。
そんな状態で死ぬと、転生しないで魂が消滅する世界。
才が有るなら大抵が波瀾万丈な人生となるので、かなりの確率で魂が消滅する。
それを神は防ぎたかった。
魔獣
人類の負の感情エネルギーから生まれたり、そのエネルギーに影響を受けて変質した野生動物が魔獣となる。
その負の感情そのままに、人類へ牙を向く。
この世界は末期に近く、良い感情のエネルギーより負の感情のエネルギーの方が強くなってきている。
全ては女神(世界の管理者)がへっぽこだから。
この世界
既に5度目の世界。
4度目までと、5度目の世界崩壊の原因は皆同じ。
崩壊(失敗)する度に女神はため息をつき、創り直す。




