卒業の朝 その3
前話のタイトルを変更しました。
卒業式では全校生徒が集まり、そこで卒業生を在校生が見送ると言うイベントが行われた。一人一人が名を呼ばれ、返事をして壇上でエフテニーリャ先生から卒業証書を受け取っていく。
ラピスは、ガチガチだった。ラミーヤは、胸を張って誇らしげに受け取った。シグレは緊張しながらも前を向いて受け取り、メグルは堂々と歩いて受け取った。私はまぁ、普通だ。名を呼ばれて返事をし、普通に歩いて壇上に向かい、先生から卒業証書を受け取った。ただ、それだけである。
「君は、今日この学校を卒業する。卒業して、何か心境の変化はあったか?」
先生は、他の生徒にそんな事を尋ねたりはしなかった。なので、コレで終わりだと思ってその場を去ろうとした私は驚いたよ。驚いて、壇上から落ちそうになった。
この全校生徒の前で、そんなドジっ娘みたいな事してみてよ。一生語り継がれる事になってしまう。危なかった。
「心境の変化、と言いますと?」
私は体勢を立て直し、先生にそう言い返した。
「君はこの世界に、魔法という物が必要だと思うか?あるいは、全ての人間が魔術師になるべきか……。かつて、二人の魔術師は魔法は差別を生み出す物として、魔法でこの世から魔法を使えない者をなくそうとした。それは失敗し、昨今も魔法という技術はこの世界の礎となり、発達。しかし一方で、魔法が使えない者は存在し、彼らの生活はひっ迫している。この町のスラム街を見れば、そこには魔法を使えない者ばかり。魔法が使えない者は、職探しにすら苦労する。そんな世界に、魔法という技術がしてしまった。そんな世界を憂い、逆に魔術師以外の人間をこの世からなくそうと考える者もいた」
前者の、魔法を消し去ろうとしたのは、エストラルさん。後者はカラデシュさんとカルマの事だ。
ちなみにカルマは私達が倒したあの後、国家反逆罪で起訴され、有罪となった。そりゃそうだ。だって彼は、この国の王様にすらも手を出していたのだから。
でも彼にもそうしようと思い立ってしまうだけの理由があって、それは同情されるべき所もあった。
メグルの話によると、カルマがメグルにつけたリーシャという名前は、カルマの子供の名前だったらしい。でも彼女は魔法を使えなかった。カルマの妻である女性が魔法を使えなかったため、そちらの血筋を受け継いでしまったらしい。そのためカルマの妻は周囲から責められ、それと関係があるかどうかは分からないけど、衰弱して死亡。リーシャもまた流行り病にかかり、母を追うように死んでしまった。どうやら、魔法を使えないと言う理由から薬を融通してもらえず、死に至ったらしい。
その一件が、彼を変えてしまった。
まぁ、だからといって大勢の少女の命を身勝手に奪った彼が、赦される訳ではない。彼自身もその罪を受け入れ、そして死んだ。最期は、娘と同じように病死だった。あの一件で衰弱し、牢獄の中でその命を落としたのだ。
「君はこの学校で魔法を学び、成長した。今、卒業する前に君の意思を聞いておきたいと私は思う。だからこの場を借りて、尋ねている」
学校の生徒たちの、ほとんどが先生のこの質問の意味が分かっていないだろう。
私は、この世界から魔法を消し去ってしまう可能性を秘めている。私の中にいる、カラデシュさんとエストラルさんの意思を引き継ぎ、そうする事は可能だ。そしてそれは、カルマが成し遂げようとした事にも通じる所がある。
あの日は全てを知り、全てを保留した私だけど、学校を卒業すればもう子供ではなくなる。その前に、先生は私の意思を聞いておきたいのだ。この世に、魔法が必要だと思うかどうかを。
「……この世界に、魔法はいりません。人間、魔法なんてなくてもなんとかなりますから」
私がそう言い放つと、生徒たちの中からどよめきが起こった。
私はこの学校の、優等生。全ての生徒のあこがれの的で、カリスマ的な存在に成り上がっている。美しくキレイで、魔法使いとしても優秀。そんな私から、魔法がいらないなんて言葉が出れば、当然驚くだろう。
でも話はそれで終わりではない。
「でも必要だとは思います。魔法には、魔法にしかできない事がある。だけど魔法にもできない事はある。魔法を使えない人たちには、魔法を超えるような技術を作ってもらい、お互いに切磋琢磨していけばいつしか差別もなくなると思います。人間、魔法だけが全てではありませんから」
「なるほどねー。ま、確かに魔法が使えなくなると困る人もいる。かと言ってこの世界の人間が全員魔法に頼るようになれば、魔法以外の技術が廃れてしまう。難しい所だが、君は現状維持で行こうと、そう言う訳だ」
「はい。……ダメですか?」
「いや、いいと思うよ。むしろ安心する。私は世界の形が変化する事を、望まないからね。できればこのまま、のんびりと平和に余生を過ごしたいと思っている。私が存在する限りは、そのままでいて欲しい物だ」
「それは……かなり長いですね」
「長いよー。はい、じゃあ次」
先生はそれで話を切り上げ、次の生徒の名を呼んだ。私は最後に呟くように先生に対してお礼を言うと、先生は口の端を上げて笑い、見送ってくれた。
異例ともいえる、壇上での先生と私とのやり取り。その謎のやり取りは、しばらくの間在校生の中で語り継がれる事になったのだとか。
まぁ卒業式もこうして無事に終わり、ついに私達はこの学校から卒業を果たした。
気がかりなのはディシアだ。ディシアは結局、卒業式に姿を現す事はなかった。一体どこに行ってしまったのか、心配しつつも卒業式は待ってくれない。そのまま卒業式は終了。解散となり、仲間たちにお別れの言葉を送り合って去っていく。その光景は、やっぱり少し寂しい。
「……では、私達もコレで」
「我は泣かないぞ。今生の別れではないからな」
校舎前で、卒業証書を片手に私達に別れを告げて来たのは、ラミーヤとラピスだ。
ラミーヤは目に涙を浮かべ、ラピスは涙が出そうになるのを必死に堪えている。というか、もう泣いていると言って良いと思う。
ラミーヤとラピスは、2人でこの町の魔術研究所への就職が決まっている。日常の魔法から、医療に戦闘系など、様々な魔法を研究する国運営の機関の1つで、倍率はけっこう高い。そこへの就職は、エリートを意味する。ラミーヤはともかくとして、ラピスが受かったのは驚きだったよ。というか、よく雇ったね。就職先の行き先が不安だ。
というけど、ラピスも優秀な魔術師へとちゃんと成長している。技術的には凄いんだよ。中身は子供のままだけど。
「うん。ありがとう、ラミーヤ。お仕事、頑張ってね」
「はい。本当はお見送りしたかったのですが……」
「ご家族と、卒業パーティがあるんですよね。久々に会う訳ですし、それを邪魔する訳にはいきません」
「シグレの言う通り。全然気にしないで。それに……この学校で出会って、この学校でそれぞれの道に進んで行くのが、一番キレイだと思う」
「……はい。皆さん、どうか頑張ってください」
私はラミーヤと抱き合い、お別れの挨拶をかわす。たっぷりとその大きな胸の感触を味わってから、手を離した。
「ラピスも、ラミーヤと一緒に頑張ってね。迷惑かけたらダメだよ。ラミーヤの言う事を、ちゃんときくように」
「我は子供ではない!……だが、頑張る。シェスティアも、元気でな。うぅ……!」
次にラピスと抱き合うと、やはり泣き出してしまった。私の胸で泣き、しばらくして離れるとラミーヤに慰められてようやく泣き止んだ。
それからシグレとメグルともお別れの挨拶をかわし、2人とはそこでお別れとなった。最後にはシグレとラミーヤも泣き出してしまい、私も釣られるように泣いた。それでもラミーヤとラピスは胸を張って歩いて行き、私達はそんな2人の姿を見えなくなるまで見送ったのだった。
「──さて。それじゃあ私達も行こうか」
「おう」
「はい!」
私の掛け声に、メグルとシグレが元気よく返事をした。シグレはもう、泣いていない。私も泣いていない。これから3人で、旅に出るんだから。泣いている場合ではない。




