緊急事態
ママの誕生日パーティはそれからもつつがなく進んで行き、ママはずっと笑いながらも泣きっぱなしだ。嬉し涙が止まらないみたい。
ママは、歪な飾りつけに可愛いと喜んでくれたし、私が作ったケーキも美味しそうだと褒めてくれた。一口食べてやめちゃったけど……それでも私は凄く嬉しかった。更に、ケーキの代わりにパパが買ってきてくれたお菓子を皆で食べて、それからお誕生日の歌も歌い、楽しい時間が過ぎていく。
その間泣き続けているママへ止めを刺すように、私はプレゼントを差し出した。そしたらもう、ママの顔は酷いことになってしまった。涙どころか鼻水まで流し出して、私は慌ててハンカチでその顔を拭きにかかったよ。
「えぐっ。ひぐっ。うれじいよぉ……ありがどぉ」
「私とメグルで宝石屋さんにイメージを伝えて作ってもらって、お金はパパが出してくれたんだ。三人からのプレゼントだよ」
「うわああぁぁ。ありがどおおぉぉ」
とまぁこの通り、ママは梱包されたプレゼントを抱いて泣き、収まる様子がない。仕方がないのでプレゼントの開封を、今日は見送る事にした。
これ以上続けてたら、ママが死んじゃいそうな勢いだからね。楽しみはとっておこう。
「落ち着いたか?」
「うん……。ありがとう、グラちゃん」
それからしばらくして、ママはようやく落ち着いた。イスに座るパパの膝の上に上半身を預け、パパに頭を撫でられながら思う存分泣きわめいたママの目は、腫れている。コレだけ泣けば、当然か。
そんな仲睦まじい夫婦を見て、つい私も甘える相手を探してしまった。本当ならこの場にいるべきメグルは、結局最後になっても姿を現わしてはくれなかった。
約束、したのにな……。
寂しいし、来てくれなくて怒りの感情を抱く。でも、なによりも沸き上がったのは心配と言う気持ちだ。彼女が約束を守らなかったことは、今まで一度もない。そんな彼女が約束を反故にしたということは、それほどの何かがあるという事になる。
「そういえば、メグルはどうしたんだ?さっき、後で来るって言ってたよな?」
「……」
ふとパパが思い出して、私に尋ねてきた。
丁度今、私もメグルの事を心配していた所だよ。でもそんなの、私が知りたいよ。
「メグルちゃんも、来てくれるの!?」
「えーっと……」
嬉しそうにするママだけど、すぐに来ると言っていたのに日が暮れても来てくれないあたり、今日はもう無理だろう。むしろこんなに暗くなっているのに来たら、なんで来たんだと叱ってあげるよ。
この世界の夜道って、本当に月明りくらいしかないんだ。真っ暗で、ホントに危ない。
「今日は無理だろうな。まぁメグルにはメグルの事情があるんだ。仕方ないさ。な」
「うん……」
「……」
メグルが来ないと聞いて、ママはしょんぼりとしてしまった。メグルはもう、我が家にとってなくてはならない存在であり、家族の一員だ。ママにとっては娘のような存在で、そんなママのメグルの可愛がりっぷりには、本当の娘である私が嫉妬を覚えてしまう程である。でも私にとってもメグルは姉妹みたいな存在だし、メグルがいない時は私が甘えさせてもらっているので、そこは言いっこなしだ。
そのメグルがせっかくの誕生日会に来れなかった事は、本当に残念で仕方がない。形はどうであれ大成功のはずの誕生日パーティなのに、ぽっかりと大きな穴があいて何かが欠落してるみたいだ。
「しかし、いったい何の用だ?サラの誕生日をほったらすほど大切な用事だろ?……まさか、男か!?」
「はは。ないない」
パパがあり得ない事を言うので、私は笑いながら否定した。あのメグルに、男なんてできる訳ないよ。でももしできるとしたら、女だ。メグルは男勝りで正義感も強く、性格が多少傲慢な所があるものの、それが何故か女の子からのウケがいい。
……なくはない事かもしれないけど、そうだったらなんか嫌だな。想像して心がもやもやとしてきた。認めたくないけど、もしかしたらコレは嫉妬というやつだろうか。メグルに?この私が?
「な、ないよ。絶対にない。だってメグルは、従者みたいな男の人に、迎えに来たとか言われて連れていかれたんだから。絶対ないよ」
「──待て。従者みたいな男の人、だと?」
私がパパの妄言を、補足を加えて否定した時だった。パパの声がいきなり真面目になり、ママも真剣な目で私を見つめて来る。
「……シティちゃん。その人は、どんな人だった?」
「い、いきなり出てきて、ビックリして顔を伏せちゃったからあんまり覚えてない……。でも、渋い声の男の人だった」
「何か聞いてるか?」
「私は何も。グラちゃんも、聞いてないよね?」
「ああ……」
2人は何故か深刻そうに話し合い、パーティ気分が吹き飛んでしまった。
どうやらパパとママは、メグルの従者みたいな男の事を知っているようだ。しかも2人の反応を見ると、彼が現れた事があまりよくない事な気がする。
2人の様子を見て、私は一気に不安になってきた。もしかしたらあの時メグルと別れたのは、間違いだったのではないか。あの時は気が動転してしまっていたけど、メグルが誰に連れていかれようとしているのか、もっとちゃんと見定めるべきだった。
「あ。ごめんな、シティ!なんでもないんだぞ。なんでもないから、心配するな!」
「誰なの?メグルを連れて行った、あの人」
慌てて空気を変えようとしたパパだけど、私は許さなかった。私はあの男の正体を知っていると思われるパパに問う。あの時出来なかった事を、パパに対してしているのだ。
ここにメグルはいないし、知った所で何かできる訳ではないけど聞かずにはいられないよ。
「……メグルの家の人だよ。きっと、悪戯が見つかって家に連れ戻されちゃったんだろうな、可愛そうに。明日にでも聞いてみるといい。どうして誕生日来なかったのって。そしたらパパが言った通りの事を言うかもしれないぞ」
「……」
パパが嘘をついてるのは、もうバレバレだ。アレがただのメグルの家の人だというなら、あんな反応は見せない。
でも、必死に誤魔化そうとするパパをこれ以上追及するのも可哀そうだ。パパがなんの意味もなく、私に隠し事をしたりするとは思えない。何かそうしなければいけない事情があるのだろう。
だとしたら、追及すべきはパパではなくメグルだ。直接アレが誰なのかとか、この際だからメグルの家の事も、聞き出してやる。
そう思っていた時だった。遠くから鐘の音が響いて聞こえてきた。規則正しい間隔で鳴り響くその鐘の音は、この村に住む者なら誰もが知っている、緊急事態を知らせる合図だ。
「っ!」
鐘の音にすぐに反応したパパは、玄関を開いて飛び出していった。それに続き、私もママに手を引かれて玄関を飛び出す。
家を出て、何か良くない事がおこっている事はすぐに分かった。本来なら月明りだけで、真っ暗闇のはずの草原の向こうが、赤い光によって照らされていたから。遠くてよく分からないけど、僅かながらに魔力の気配も感じる。私の目にだけに映る魔力の光は、さすがに距離がありすぎて確認はできないな。
普通に考えれば、これは火事だ。それもけっこう大規模な物だと思う。感じた魔力は、消化のために水の魔法が使える人が魔法を使っているのかもしれない。
この方向だと、きっと市場の方だ。今日行ったばかりのあの市場に、何がおこっているのだろう。ちょっと怖くなり、私はママの手を両手で強く握った。
「グラちゃん!」
「……二人は、家にいろ。カギをかけて、もし誰かが来ても隠し部屋に隠れて絶対に扉を開くな」
パパは村の治安維持を務める、衛兵の仕事をしている。警察みたいなものだね。
こういう事態がおこると、行かなければいけないのだ。でも分からないのは、何でカギをかけて隠し部屋にいないといけないの?
「分かったわ。気を付けてね」
「ああ……。シティ、ママを頼んだぞ!」
ママは私の手を一旦離してパパと抱き合い、それからパパは私に笑顔を向けてそう言って、赤い光の方へとすぐに駆けだして行ってしまう。
「き、気を付けてね!」
男の人は苦手だけど、こういう時にパパがいなくなるのはもっと苦手だ。できれば傍にいて欲しいけど、この村を守ると言う立場のパパを困らせる訳にはいかない。だから私は不安な気持ちに駆られながらも、遠くなっていくパパの背中にそう声を掛けて見送った。
直後に、パパは魔法によって脚力を強化し、馬のような速さとなって駆け抜けていく。
「……パパに言われた通り、家の中にいようね。今日はお布団を持って、隠し部屋で一緒に寝よっか」
「う、うん」
再びママと手を繋がれた私は、おとなしく家の中へと戻っていった。
せっかくのママの誕生日が、台無しだ。でもそうも言っていられない。あの火事で、誰かが傷ついてしまっているかもしれないと考えると、心が痛む。でも、パパがいったからもう大丈夫。パパはああ見えて、やる時はやる人だから。
でも、なんだろう。心がざわついて落ち着かない。何かとても嫌な予感がして、身体が震える。こんな時、メグルが傍にいてくれれば少しは落ち着くんだけど……そのメグルは大丈夫かな。あの火事に、巻き込まれたりしてないよね。
私は皆の心配をするものの、何もしてあげられない。子供に出来る事なんて、限られ過ぎている。自分の弱さを実感しながら、今村に起きている出来事に怯える事しかできないなんて、本当に子供だよね。
実際そうではあるんだけど、実は、私に限って言えば少しだけ違う事情がある。
それは、誰も知らない私だけの秘密だ。




