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代わりに


 私は押し倒されるような形で、地面に倒れこんだ。


「いつつ……」


 立っていた状態から倒されて痛みを感じつつも、ダメージは軽い。

 すぐに起き上がろうとしたけど、状況的にそうはできなかった。


「くっ……」

「……」


 私の目の前に、顔がある。その顔は近くで見ればよく整っており、女の子なのにイケメンで、見る人が見たら惚れてしまうだろう。

 ただ、目つきはやっぱり悪いかな。色んな意味で、ね。相手を威嚇する意味での悪さや、自信満々そうで言う事を聞かなそうであり、どこか狂気じみた目は、やっぱり気に入らない。

 その目の持ち主は当然ながらディシアで、私に突っ込んできた彼女に押し倒されたのが私という状況である。

 ディシアは私に覆いかぶさり、私の顔との距離が近くなっている。というか、鼻先がもうぶつかっている。かろうじて唇はぶつかっていないけど、お互いの息がかかり合っているような距離感だ。まさに、目の前に目があって、お互いにしきりに瞬きをし合い、牽制し合っている。

 こんな状況を前にして、観客が今日一番わいて大きな歓声があがった。

 観客の目からしたら、押し倒された私の負けかもしれない。ディシアの勝利が決まった瞬間であり、私の敗北が決まった瞬間だ。となれば、歓声がわくのは必須。でも実際は、ただ押し倒されただけである。私は決して、まだ負けた訳ではない。


「……ど、退いてくれる?」

「……」


 私は目の前で、私に覆いかぶさっているディシアに対してお願いをした。

 それに対し、ディシアは無言である。無言のまま瞬きをし、私の目をじっと見つめて来る。彼女の息が唇にかかり、くすぐったい。ディシアも同じことを思っているはずだ。

 同性とはいえど、さすがにこの距離はまずいと思うんだ。お互いに一歩踏み出せば、それだけで唇が重なってしまう訳で。というかもう正直言うと、恥ずかしい。


「……貴様、何故魔法を解除した」


 ようやくディシアが口を開いたかと思えば、そんな事を尋ねてきた。

 確かに私が魔法を解除しなければ、ディシアは氷漬けになって私の勝利だっただろうね。だけどその勝利は、私が望んだ形での勝利ではない。

 ディシアの炎の剣が消え去ったのは、外部からの要因によるものだ。あの魔法を、私は見た事がある。

 せっかくいい勝負をしていた所を、邪魔するだなんて許せない。私はこう見えて、凄く怒っているのだ。ディシアをそこから退かしたら、ディシアとの勝負を放棄してまでその人物に抗議に行きたいくらい。


「私は一対一でディシアに勝ちたいんだよ。この戦いに、外部からの手出しはいらない。普通に勝って、その上で私はディシアのその無駄な自信を砕く」

「余の自信を砕き、何を望む」

「貴女の考え方を、変えてもらう。人を奴隷扱いする事もやめてもらう。人に優しくて、良いお姫様になって、皆に愛される人になってほしい」

「貴様、可愛いな」

「は?」


 今の会話から、何がどうあってそうなるんだ。

 いや、そりゃあ私は可愛いよ。可愛すぎて、こんな近距離で見つめ合っていたら、たとえ同性であろうと魅了してしまう。


「ふ。はは!面白いな、シェスティアよ。そのまま魔法を解除しなければ勝てたものを解除し、勝機を逃したのも面白い。それに、貴様の戦い方。未熟な部分もあるが、面白い。無尽蔵の魔力も良いが、中でもマジックキャンセラーが特に素晴らしい。やはり余は、貴様が欲しい!なんとしても、どんな手を使ってでも物にしたい!」


 褒めてくれるのは嬉しいけど、言ってる事は悪質なストーカーだ。


「だから、そう言うのを止めてって私は言ってるの!」

「な、なに?」


 私はディシアの唇に触れないよう、ディシアと接触している額と鼻に力をいれて押し返した。押し返したと言うか、私に合わせてディシアも動いてくれただけだけどね。


「人を物にするとか、奴隷だとか、余計な敵を作るだけなんだよ!」

「……そうだとしても、支配しなければいけない。でなければ、支配される側の人間となってしまうのだ。余も、余の父も、とうに引き返す事のできない場所にいる。余の思想や行動が例え間違っていても、それは正しくなければいけないのだ」


 私はこの時、ディシアの弱さを垣間見た。


 ──支配されたくないから、支配する。

 ──引き返せない場所にいるから、突き進む。


 そうか。ディシアは自分が間違っていると理解していて、その上で支配者をしているんだ。もし今更弱い所を見せれば、あっという間にプレタス先輩のような人間に、逆に支配されてしまう。だからディシアは強者を演じなければいけない。例え間違っていると思っても、支配者として強者であり続けるために進まなければいけないのだ。

 その人間臭さに、私はなんだか少しだけ安心したよ。そしてそう考えると、ディシアがなんだか可愛く見えてくる。

 かと言って、ディシアを自由にさせる訳にはいかない。何が間違っていても正しくなければいけないだ。そんな事言ってるからいつまでも同じ事の繰り返しとなり、どんどん引き返せなくなるんだ。


「そんな生き方は、クソだよ」

「だとしても、余は既に全てを受け入れている」

「ああ、分かった。ディシアは、弱虫なんだね」

「……ふ」


 私の挑発とも思える言葉に、ディシアは笑ってスルーすると私の上から退いた。

 弱虫という私の言葉を、ディシアは否定も肯定もしなかった。いつも通りのディシアなら間違いなく殴り掛かってくるような勢いで怒るはずなのに、そうしなかったのは自分でもう認めてしまっているからだろう。


「では弱虫の余に勝ち、止めてみせろ」

「……うん。私は勝つよ。でもやっぱり、今はやめよっか」

「は?いきなり何を言い出す」

「私やっぱり、観衆の面前で闘うのとか嫌。男の視線が特に嫌で嫌でたまらない。オマケに邪魔をしてくる人もいるし、興が冷めました。だからもう、やめよう。この決着は後日またつけるということでいいかな?」


 私は立ち上がりながら、ディシアにそう言った。

 歓声は未だに鳴りやんでおらず、周囲に私達の会話は聞こえないだろう。何をノロノロとやっているんだと思っているかもしれない。

 この中に確実に、私達の邪魔をしてきた人物がいる。男もいる。こんな状況下で闘うのは、やっぱりフェアじゃない。興が冷めたと言うのも本当であり、これ以上戦う気にはなれなかった。


「何を勝手な事を……」

「だってほら、今も蝶が飛んで私達を邪魔しようとしてるし」

「蝶?何を言っている」


 魔力の気配は、極わずか。気にしなければ、気にしても気づけないような微細な物だ。それが蝶の形となって私達の周囲を数匹飛んでいる。いくら魔力の気配を消していても、私の目は誤魔化せない。

 先ほどまでは飛んでいなかったけど、何匹か飛んで機会を伺い、大胆になってきているこの状況で闘うのは、やっぱりダメ。ディシアの身が危なすぎる。


「とにかく、こんな状況では闘えない。それに私、怒ってるんだよね。ディシアにじゃなくて、邪魔をしてきた人に。ディシアもむかつくでしょ?」

「それはそうだが。……良いのか?この状況は、むしろ貴様にとって有利に働くはずだぞ」

「ありがた迷惑だね」


 私はマジックキャンセラーにより、飛んでいる蝶を消し去りながらディシアに答えた。

 蝶の出所を探して周囲を見渡すけど、ぱっと見では分からない。一体あの人はどこにいるのだろうか。


「ああ。やはり貴様は面白い。面白いぞ、シェスティア!」

「な、なな、なに!?」


 すると、いきなりディシアが近づいてきて、私の手を両手で握って来たんだ。突然の事に驚いて離れようとするけど、私の手はディシアによって握られていて、離れる事ができない。

 襲われるのかとも思ったけど、敵意は感じない。むしろ今までで一番の良い笑顔を私に向けており、その笑顔から感じられるのは好意だ。


「シェスティア!貴様は余の奴隷にならなくても良い!代わりに、余の嫁になれ!」

「……は?」


 そして公衆の面前で、大きな声で告白されてしまった。

 その瞬間だけは観客が静まり返り、そして次の瞬間また大きく沸き上がったよ。


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