狂っていく計画
その姿を見た瞬間、私は頭を抱えて屈んだ。距離はさほど近くはなかったけど、不意の男はけっこうキツイ。身体が震え、防御反応が大きく出てしまう。
「大丈夫だ」
「……う、うん」
そんな私を、メグルが優しく抱きしめてそう囁いてくれた。それだけでも安心できて、だいぶ楽になる。
でも、顔はあげられない。メグルに抱擁された情けない格好のまま、私は亀のように丸くなる事で恐怖を耐える事を選択したのだ。
「何か用か?」
「お迎えにあがりました」
その声に反応し、私は身体をビクリと震わせた。
本当に低い、男の人の声。普通なら、ダンディで渋い声といった感じかもしれないけど、私はこの系統の声が一番苦手だ。
そんな声の持ち主と会話を始めたメグルは、どうやら彼と知り合いのようだ。
「迎えだぁ?なんのためにだよ」
「……お迎えにあがりました」
苛立ちを隠さず、やや強い口調で返したメグルに対して、男は同じ言葉を繰り返した。
ただでさえ苛立ちを隠そうともしていなかったメグルは、同じことを繰り返された事に怒ったのか、身体から魔力を発した。別に相手をどうにかしようとしている訳ではないだろうけど、その魔力は相手を威嚇するのに充分な効果がある。
「お迎えに、あがりました」
それでも相手は同じ言葉を繰り返した。
丁寧な言葉で言っているけど、その言葉からは感情を感じさせない。とても不気味でまとわりつくような声で同じ言葉を繰り返すと、まるで感情を持たないロボットか何かが喋っているかのようだ。
「ちっ」
男に対し、メグルは舌打ちをしながら魔力の解放をやめた。
男とメグルの会話を聞く限り、たぶん相手はメグルの従者か何かだよね。だったら、そうしたくなる気持ちはよく分かるけど優しくしてあげたほうがいいよ。あんまり私が言える事じゃないけど、そうなんだよ。
「すまねぇ、シティ。用事ができちまった」
「う、うん。いいけど……」
「安心しろ。後でまた家に行くから、ちょっとだけ待っててくれ。何の用か知らねぇけど、すぐに終わらせるからよ」
「うん……」
メグルの家の事情を、私はよく知らない。メグルの両親の姿を見た事もないし、聞いたこともない。あえて聞くような事でもないからね。だけど従者がいるという事は、もしかしたらお金持ちなのかな。だとしたら、ちょっとだけ羨ましい。
私が返事をしたのを確認して、メグルはそっと私から手を離した。最後に名残惜しそうに私の頭を撫で、足音が遠ざかっていく。
「ま、また後で」
「おう!」
顔を伏せたまま最後にそう声をかけると、メグルは元気よく返事をしてくれた。それに元気をもらって顔をあげたけど、メグルと男の姿はもうそこにはない。その場には私と、木の陰に残された荷物があるだけだった。
さて、これから1人で家に帰らなければいけない訳だ。お出かけをする時は、大抵の場合パパやママか、メグルと一緒だからちょっとだけ不安になってきたよ。
帰ってからも、1人で準備をしないといけない訳だ。コレも不安だ。メグル、後でくるって言ってたけどすぐに来てくれるかな。
「……よしっ」
ここは、1人でもちゃんとできるという事を示すチャンスでもある。私は荷物を胸に抱くと、家に向かって駆けだした。
メグルが一時離脱というハプニングはあったものの、まだまだ計画通りに事は進んでいる。
──そう思っていたのは、ここまでだった。メグルがいなくなってから、私の計画は大いに狂っていったのだ。
家に帰ってから、とりあえずは家の飾りつけにかかった。パパとママは仕事に出かけて留守なので、私1人でやる事になる。コレは、まぁ上手くいった方だと思う。紙でつくった花を壁に飾ったり、色とりどりのリボンで場を色鮮やかにするだけだから、誰にでもできる。ただ、その紙で作った花が若干いびつだったり、リボンがただ天井から吊り下がっているだけで想像してたより見栄えがよくない気がするけど、気にしなければなんとかなるだろう。
次に、本題ともいえるケーキ作りに取り掛かった。コレはもう、酷かったよ。元々メグルが作れると言うので手作りにしようという話になったので、そのメグルがいなくてはどうにもならない。私には料理の才能がないからね。結果として出来上がったのは、よく分からない形の、よく分からない物体だ。何だろうコレ。詳しくは省くけど、なんというか……早すぎた、という表現が妙にしっくりと来る物体だ。
一応勇気を出して味見をしてみたけど、無理だった。こんな不味い物、とてもじゃないけど誕生日パーティのメインに出す訳にはいかない。
「ただいまー。どうだ、上手くいってるか?」
そこへ、上機嫌に声をあげながらパパが帰って来た。
今日は仕事を早上がりで帰ってくると言っていたので、予定通りの時間だ。
ここまで、主にケーキ作りに苦戦してかなり時間がかかっていたからね。もう日が暮れそうな時間になっていて、それはこの惨状を挽回する時間もない事を意味している。
「……パパ」
「……」
私は机に置かれたケーキと、家の扉を開いて帰って来たパパとを交互にみて、縋るような気持ちで出迎えた。
パパも、この惨状を見て理解してくれたと思う。色々と失敗したこの現状を見て、固まってしまった。朝と似たような状況だけど、今の方が酷い。酷いと言うか、もうホント、修羅場だね。
「あー……シティ。一人か?」
「うん……。メグルは、用事ができたから後で来るって……」
「そうか。シティ一人で頑張ってくれたんだな。……よーし、ここからはパパも手伝うぞ!」
パパは笑顔で元気にそう宣言をすると、手にしていた紙袋の中身を見せてくれた。その中にはクッキーやチョコレートといったお菓子が詰め込まれている。どうやら、パーティを盛り上げるためにどこかで買ってきてくれたようだ。どこかというか、市場なんだろうけど。
「ごめんなさい……」
怒られる、と思っていた訳ではない。パパはこんな事で怒る人じゃないし、謝らなくとも赦してくれると思う。でも、謝らずにはいられなかった。
パパもきっと、楽しみにしてくれていたはずだから。その期待を裏切る形となってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「何を謝ってるんだ?パパはシティが頑張って準備してくれて、凄く嬉しいんだ。だから、シティが謝る事なんて何もない」
「でも、ケーキが……」
「ケーキ?ああ、その変な物体ケーキなんだ……。うん、ケーキなんてなくとも、なんとかなる!代わりのお菓子がいっぱいあるからな!」
パパが私を傷つけないよう、励ましてくれている事は分かる。この惨状を前にしても前を向けるパパは、偉大だ。
でも今、さらっと私が作ったケーキをディスったよね。確かになんなのか分からないくらい変なケーキだけど、一生懸命作ったケーキをケーキと認識してくれなかったのはちょっとだけショックだな。
魔法、打ち込んでもいいかな。だって、愛する娘が一生懸命作ったケーキを、変な物体とか言ったんだよ。親ならコレがケーキだと、一目見て分かってよっていう話だ。
「ただいまー」
「「え」」
魔法を打ち込もうかどうか迷っていたその時、玄関の扉を開いた人物に対して私とパパは声を合わせて驚いた。驚きすぎて、何のリアクションもできない。
だって、ママが帰って来ちゃったんだもん。確か今日は少し遅くなるって言っていたはずなのに、そりゃないよ。
「え?コレ……どうしたの?」
そして、ママも家の中を見て驚いている。不器用ながらも飾りつけされた部屋と、ケーキか何なのか分からない変な物体。それと、お菓子の入った袋を抱くパパ。
もはや、誤魔化しようがない。いや、誤魔化す必要もないのか。ただ時間が早まっただけだ。
「──お、お誕生日おめでとう、ママ!」
「お、おおう!おめでとう、サラ!」
私は一旦ケーキの事は忘れ、そう言ってママを元気よく迎え入れた。パパも私に続いてママを元気よく迎え入れる。
「誕生日……私のために、準備してくれたの?」
「う、うん。飾りつけは歪だし、ケーキはこんなになっちゃったけど……私とメグルと、パパと三人でママを喜ばせたいなって思って……これでも頑張ったんだ」
サプライズ大成功とは言い難い。私が思い描いた図は、もっと華やかでケーキも美味しそうだし、ママの帰宅に合わせて私とメグルとパパの3人で、しっかりと出迎えられていた。
うん。何一つとして描いた図の通り行っていないね。頑張ったのは事実だけど、結果として生まれたのはこの状況だ。
「ありがとう!」
「わっ……」
それでもママは、喜んでくれた。私を胸に強く抱きしめ、嬉しそうに笑いながら涙まで流してしまっている。
「よかったな、サラ……。オレ達の娘は、やっぱり最高だ。うぅ!」
何故かパパまで泣き出してしまった。
予定とはだいぶ違ってしまったけど……でも、ママが喜んでくれたのならいっか。本来の目的は予定通りにする事ではなく、ママを喜ばせる事だからね。
そういう意味では、私の失敗はいったん隅っこに置いておいて、大成功だという事にしておきたい。




