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少し面白い話


 気づくと私は、布団の上に横になっていた。部屋は窓から差し込む光で明るくなっていて、今が朝だという事を悟る。

 ここは、エリシュさんのお屋敷の一室で、私とシグレに与えられた部屋だ。そう気づくのに、目が覚めてから10秒ほどの時間を要した。

 眠っている間、私は夢を見ていた。メグルや、ママやパパとの夢だ。何気ない日常の、何気ないやり取りをしていて、それがとても幸せだった。どうせなら、夢が覚めなければよかったのに。そう思ってしまうくらい、幸せな夢だった。


「ん……お姉さま、おはようございます」


 私が起きたのと、ほぼ同じようなタイミングでシグレが目覚め、私に挨拶をしてきた。

 この部屋にはベッドが1つしかない。部屋どころかベッドもシグレとの共用で、2人で布団を温め合うような形で眠っていた。

 といっても、ベッドはダブルサイズだ。子供2人で眠ってもまだスペースは余っているので、窮屈ではない。


「……うん。おはよう」


 一瞬だよ。一瞬だけ、隣で眠っているのがメグルに見えてしまった。

 

 ──本当に、そうだったら良かったのに。


 そう思ってしまった自分を呪う。メグルはメグルで、シグレはシグレ。決して比べたりはしていけない。私にとって、どちらも大切な家族だ。


「大丈夫、ですか?」

「な、何が?」


 身体を起き上がらせたシグレが、眠たげに目を擦りながらそう聞いてきて、私は慌てた。

 まるで、私の心の中を見透かされたみたいで、居心地が悪くなる。

 私はただ、またパパやママに、メグルと喋りたいだけだ。今の生活に不満はないし、シグレを初めとしてエリシュさんやルナさん。メイドさんたちにも感謝している。


「あまり表情が優れていないようですので……それに、少し悲しそう」

「……ううん。大丈夫。ちょっと夢見が悪かっただけだよ」


 本当は、幸せな夢を見ていた。それなのに、私は夢を言い訳にしてそう答えた。


「やっぱり、そうでしたか。実は、昨夜うなされていたので、心配していたんです」

「うなされていた……?」


 自分の中では、幸せな夢だった。うなされる要素なんてどこにもない。

 いや、そうでもないか。夢の中でしか会えない人の夢なんて、悪夢でしかない。だって、目が覚めたらもうその人はいないんだから。無意識化でそんな事を考えて、うなされていたのだと考えれば納得できる。


「ああでも、うなされているお姉さまは可愛かったです。思わずちょっとだけ、抱き締めてしまいました。そ、それ以上は何もしていませんよ!?ただ、抱き締めただけです」

「あ、うん、そう。ありがとう」


 何故か早口で、抱き締めた以外に何もしていないと主張するシグレ。

 最近こういう事が少し多い気がする。シグレはふと気づくと私の傍にいて、隙あらば私にくっついてきたり、遠くからじーっと私を見つめてくる。

 その度に、ただ見ていただけとか、ただくっつきたくなっただけとか、言い訳して来るんだけど、姉妹ならこれくらい普通の事だと思う。そんな事をいちいち言わなくても、私は受け入れるから心配しないで欲しい。

 ただ、私を見て息を荒らげ、はぁはぁしてくるのとか、私が使用したスプーンを使おうとするのはちょっと止めてほしいかな。普段は可愛い妹なのに、そういった行動のせいで、たまに気持ち悪く感じてしまうから。いや、可愛いんだよ。可愛いんだけど……ね?


「……よしっ」


 私はベッドから起き上がると、掛け声とともに自分の両頬を両手で挟んで叩いた。

 じんわりとした痛みが頬につたわり、涙が出そうになる。でも堪えた。

 コレは、メグルとシグレを比べてしまった事に対する罰と、夢の中で出会ったパパやママとの決別の儀式だ。


「だ、大丈夫ですか!?」

「うん。目が覚めた。大丈夫」


 私の突然の行動に、シグレが慌てて頬を挟もうと手を伸ばしてくる。だけどその手は途中で止まった。止まって手をわなわなと震わせて、このまま触れてもいいのかどうか自問自答しているようだ。


「本当に平気。心配しないで」


 私は迷うシグレの心配を振り払うように、窓辺に立って身体を思いきり伸ばす。

 この窓からは、美しい街並みを見る事ができる。建物自体が高いのと、この家は段々上になって分かれているこの町の上層にあるので、余計に高く感じる事ができる。たくさんの赤い屋根と、所々で突き抜けるようになっている、鐘の塔。教会と思しき、複雑な作りの大きな建物もある。

 もう何度も見た光景だけど、何度見ても飽きないよ。この家の景観は、最高だ。お金が取れる。


「さ、着替えて行こう。あんまり遅くなると、ルナさんが迎えに来ちゃう」

「はい、お姉さま!」


 シグレは元気に返事をし、寝起きの身支度をしてから2人で部屋を出た。

 ここに来てから、既に3か月が経とうとしている。生活にはすっかり慣れてきて、それが逆に時折怖く感じる事もある。今日見た夢は、もしかしたらそんな自分が無意識に見せた、意思表示なのかもしれない。

 そんな物を見なくとも、忘れた事はないんだけどな。


「──で、あるから、ここの答えは3となるのです。分かりましたか?」

「はいっ!」


 午前中は、ルナさんの授業。今日は算術の授業で、コレは私にとって退屈な事この上ない。だって、前世で全て習得済みの知識だから。私にとっては暗算で出来る事を、公式を使って式をかき、解かなければいけない。それでも最初は復習の意味もこめて頑張って来たけど、最近はもう限界だ。簡単で眠すぎる。


「ぐー……」

「シェスティアお嬢様。お嬢様。……」

「あいたっ」


 どうやら今日も眠ってしまっていたようだ。ルナさんに軽く頭を叩かれ目を覚ますと、そこには教本を片手に眉間にシワを寄せる、ルナさんが立っていた。


「貴女は算術の授業だけは真面目に受けてくれませんね。その割には全て一瞬で解いてしまう。どういう事なんですか」


 最初は怒っていたようだけど、それが段々と呆れた表情になっていき、そう言われてしまった。

 何故解く事ができるのかと聞かれれば、前世で既に習った事だからだ。言いたいけど、言えない。

 ちなみに他の授業は真面目に受けてるからね。寝てしまうのは、あくまで算術の授業だけだ。

 あと、シグレが授業の中で理解できなかった事は、私が後でフォローして教えてあげている。むしろ手伝っていて、感謝してほしいくらいだ。


「お姉さまは凄いんですっ!」

「えへへ」


 私を自慢してくれるシグレに、私は照れて頭をかいた。

 そして私にだけ算術の宿題をたんまり出される事になり、泣いた。

 気を取り直して、午後の授業はエリシュさんによる魔法の授業だ。魔法の授業は、それはそれは面白い。座学で退屈な時もあるけど、座学で得た知識は実技で役に立つので気が抜けない。


「──さて、前回言った通り、魔術師にとっての最大の弱点は、魔法が発動するまでの隙だ。その隙を補うため、魔術師は前もって自分の周囲に、自分の魔力の塊を仕掛けておくのが常套手段となっている」


 いつもの庭先。青空の下でのエリシュさんの授業。いつも通りシグレと2人でイスに座り、エリシュさんの言葉に耳を傾けて集中している。


「仕掛けておける魔力は、多ければ多い程いい。マジックキャンセラーによって数個程度消されても、問題ないようにするためだ。しかしコレが案外難しい。出来る者はそれこそ数百もの魔力を仕掛けておけるが、出来ない者は二つでも手こずる。空間に複数自分の魔力をとどまらせておくのは、繊細な魔力のコントロールが必要なんだ」


 エリシュさんと対峙した時の事を思い出す。エリシュさんはその周囲に、数えきれないくらいの魔力の塊を仕掛けていた。そのどれもがいつでも魔法を放てる状態にあり、私のマジックキャンセラーではとてもではないけど消去が追いつかなかったんだよね。


「君たち二人には、十個の魔力の塊を周囲に配置できるようになってもらう。それが出来るようになったら、次は魔術学園の入学テストだ」

「魔術学園……?」

「そうだ。この町にある、国中の魔術師の卵が集う学校。それがゴールデウス魔術学校だ。魔術学校とある通り、魔術の才能がなければ入学する事はできない。筆記テストもある。そこに入ってもらう。最初に言っただろう?」


 確かに、学校がどうのこうの言っていた気がする。スルーしてたけど、本気だったんだ。


「ま、待ってください。ゴールデウス魔術学園は、名門校です。そんな所に、お姉さまはともかくとして、私が入るなんて──」

「問題ない」


 エリシュさんは、自分を卑下するシグレにそう言い放ち、黙らせた。


「それに、少し面白い話が入ってきている。それを聞いたら、シェスティアのやる気が出ると思うよ」


 そういって、エリシュさんは私にニヤリと笑いかけて来た。

 やる気が出ると言うそれを、是非とも聞いてみたいものだ。私は腕を組み、顎の角度をややあげて、その続きに耳を傾けた。


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