寡黙な店主
市場は私が懸念した通り、地獄だった。あっちを向けば男。こっちを向けば男。出店で美味しそうな匂いのするパンを売っている人も、お店の前でお客さんの呼び込みをしている人も、重そうな物を運んでいる人も、買い物を楽しんでいる人も、全てが男だ。とまぁ、それは私が男にのみ注目しているからそう見えるだけで、女の人も多い。でもこれだけ男が目に入ると、来て早々心が折れそう。メグルがいなければ帰ってるよ。いても帰りたい。だけど手をメグルに握られているので、逃げられない。
それならせめて、周囲を見るのをやめて視線を下げる事にした。前を見ずとも、メグルが手を引いてくれるので歩いて行ける。
「とりあえず、誕生日プレゼントだな!」
「う、うん。宝石屋さん……」
「ああ!こっちだ、付いて来い!」
前を見ていない私を、メグルは引っ張って連れて行ってくれる。その間に、誰かとすれ違うけど私は目を伏せたまま見ないようにした。
そのすれ違う誰かが男で、しかも知り合いで話しかけてきたとしても、メグルは足を止めずに軽く挨拶を交わすだけで進んで行く。私に気を遣ってくれているんだと思う。その気遣いを、サベルさんとすれ違った時も見せて欲しかった。
やがて、扉を開く音とともに、ベルの音がした。扉に装着された揺れると音が鳴るベルは、来客を知らせる合図だ。
「よし、ついたぜ!」
「……わー!」
扉をくぐってメグルがそう宣言すると、私は顔を上げた。
そこには、ショーケースに繊細な加工品が並べられている異空間が広がっていた。銀色の鳥や、金色の剣のミニチュア。形は、問わない。イヤリングやネックレスに、腕輪に指輪。宝石が埋め込まれたいかにも高そうな物から、安めの物まで様々な物が展示されている。お店自体はそれほど広くはないので、所狭しと並べられたショーケースもそれほど多くはない。ただ、その中に入っている装飾品はどれも美しく、私は目を奪われる。
このお店は、訪れるたびに私の心を躍らせてくれるよ。
「来たぜ、おっちゃん」
「……」
メグルが、お店のカウンターの奥にいる店主にそう話しかけた。私はショーケースを眺めるのをやめると、慌ててメグルの背中に隠れて様子を伺う。
そこにいるのは、まだ若い男の人だ。たぶん、パパと同じくらいの年齢だと思う。目つきは鋭く、髪型は分からない。だって、いつも頭にタオルを巻いて隠しているから。耳には朱色の玉のイヤリングをつけていて、コレもパパやサベルのおじさんがしている物と同じだ。たぶん、民族伝承的な何かなんだと思う。今度聞いてみよう。
それにしても、この人メグルを完全無視である。というのも、彼はただいま作業中だからだ。作業台の前に座り、凄く真剣な眼差しでタガネの背中を金づちで叩き、金属を変形させている。コンコンと一定の間隔で、捉えようによっては心地よい音が店内に響いていたけど、その音の正体はコレだ。
「相変わらずすげぇ集中力だな。オレらの事、眼中にもないって感じだ。コレはきっと、職人ってやつだな、うん。今なら何でも好きな物を盗めそうだぜ。どれがいい?」
店主が作業に集中しているのをいい事に、メグルは楽しそうに笑って提案してきた。
勿論コレは彼女なりの冗談であって、本気ではない。でも、盗めるとしたら青い石で作られた鳥の形をしたネックレスかな。凄くキレイで澄んだ青色の鉱石でできていて、私はそれをこのお店の中でどれよりも気に入った。他にもっと高そうな宝石でできた装飾品があるのに、私の興味を一番惹いたのはこれだ。もらっちゃおうかな。
「っ!?」
店主が最後に一度、金づちを強く打ち付けて大きな音をたてた。それは私の邪念を取り払うのに充分な衝撃をもたらし、慌ててメグルの背中に隠れなおした。
いや、本当に盗むつもりなんてなかったんだよ。理想を言えば欲しいけど、盗むのはいけない事だし、かといって買うのも無理だと分かっている。
だから、そんな怒んないで欲しい。まだ怒られている訳じゃないけど。
「……商品なら、出来ている」
店主が、ボソッと小さく呟いてカウンターの上を指さした。
そこには、可愛らしいピンク色の紙でラッピングされた上で、リボンで結ばれた物が置かれている。大きさは、さほど大きくはない。片手で持てる程度だ。でも、私たちが依頼していた物がいれられているのなら、充分な大きさである。
コレは、ママへの誕生日プレゼントだ。前もって商品を予約しておき、誕生日用にラッピングもしてもらってこの日のために用意してもらったんだ。
「さすがおっちゃん!見た目によらず、すげぇ可愛くできてるな!」
「……」
メグルが失礼な事を言って店主を褒めるけど、店主はノーリアクションだ。黙って自分が加工していた物を見て、ボケっとしている。
うん。でも確かに、店主のちょっと怖めの見た目からは想像もできないような、可愛いラッピングだ。
「可愛い……」
私はメグルの背中に隠れながらそれを手に取り、ちょっと感動しながら呟いた。本当に、可愛く出来ている。もうママにこれを見せた時点で、絶対に喜んでくれるよ。
「……ゼロス銀貨二枚」
店主が再び、ボソッと呟いた。呟いたのは、この世界で使われているお金の事だ。この可愛くラッピングされた物の代金の事を言っているんだと思う。
でも、おかしい。聞いていた値段より安い値段だ。
「え、えと……お金、安い、です」
「そうだぜ、おっちゃん!代金はゼロス銀貨三枚だろ?ボケるにしちゃ、若すぎだぜ」
「……ボケてはいない。サービスだ」
店主がそう呟き、私とメグルは笑顔で顔を見合わせた。
店主がサービスだと言うのなら、遠慮する事はない。私はパパから預かっていたお金をポケットから取り出し、銀貨2枚をカウンターの上に置いた。
「……」
店主は黙ってそのお金を手に取ると、頷いて金庫の中にしまいこんだ。
この店主、やはり中々のやり手だ。こんなサービスをされたら、嬉しくなってまた来たくなってしまう。常連客をゲットする術を、しっかりと心得ているようだ。
店主の思惑に乗るのは癪だけど、仕方がないからまた来てあげようと思う。と言っても、市場を訪れる度にこのお店にもよく寄ってるんだけどね。パパと店主が仲の良い知り合い同士で、パパに付き合ってママと3人でよく来るんだ。
そのおかげで店主とは顔見知りとなっていて、知らない男の人と接するよりは、だいぶ恐怖心が和らいでいる。というか、店主が寡黙で物静かな人なおかげかもしれない。大きな声を出さないし、不用意に手を伸ばしてこないし、こちらから近づかなければ向こうから近づいてくる事もない。
ある意味、私の理想の男性かもしれないよ。
「いいのかよ、こんなに安くしてもらって」
「……構わん」
「知らねぇぞ?金がなくなって、食うもんがなくなっても」
「……構わん」
店長はメグルに対し、そう答えるだけだ。お金がなくて食べる物がなくなったら、そこは構っておこうよと思ったけど黙っておいた。
本来であれば、こんな過剰なサービスは遠慮するべきなんだろうけど、でも私たちは子供だ。子供は大人の厚意を素直に受けておけばいい。メグルの心配する所も分からなくもないけど、大人がいいと言っているんだから良いんだよ。というかメグルが何を言ったとしても、やっぱりダメとか今更言えないでしょ。だからしつこく言うのは、なしだ。
そう訴えかけるように、私はメグルの服を引っ張って店長を煽るのを止めさせた。
「ん?ああ、そうだな。んじゃ行こうぜ、シティ!次はケーキの材料だ!じゃあな、おっちゃん!」
私の思惑とは少し違ったけど、メグルは煽るのをやめて店長に背を向けた。
「う、うん!ありがとうございました」
私はママへのプレゼントを大切に胸に抱き、店の出口へと歩き出したメグルの後を追う。
追いながら、ショーケースの中の装飾品たちにチラリと目を向けると、私の足が止まりかけた。本音を言えば、もう少しゆっくり見ていきたかったけど……でも、我慢だ。
今日は他にも、やる事がいっぱいある。こんな所で時間をかけていたら、色々と間に合わなくなっちゃうよ。自分にそう言い聞かせ、止まりかけた足を進ませてメグルの後を追う。
「……また来るといい」
お店を出る直前、最後に店主が静かにそう呟き、見送ってくれた。
私は振り返らなかったけど、心の中で勿論と答え、メグルと一緒にお店を飛び出した。




