魔法の授業
まず、読み書きができないというシグレには、他のメイドさんが2人程付きっ切りとなってシグレに読み書きを教える事になった。それと並行するようにルナさんの歴史の授業が始まり、私たちはその知識を頭の中に叩き込まれて行く。
新たな生活は、そうして始まった。
シグレは始めこそ読み書きができなかったものの、授業の時間外にも私に読めない文字の事を聞いて来たりして、頑張った。その結果、1月もした頃にはもう読むほうはほぼ問題なくなり、その覚えの速さには私も感心させられたよ。
一方で、ルナさんの授業により、この世界の事が分かっていく。私は本と村で見た世界がほぼ全部だったので、この世界の事を習っていくのはとても面白かった。正直言えば、歴史とかそんなの全く興味がなかった前世だけど、この世界の歴史は何故か凄く面白く感じる。社会学的な事はそんな感じだけど、算術は退屈かな。レベルがあまりにも、低すぎる。式なんて書く必要のないくらいの単純計算を、わざわざ式まで書かされて解いていくのは時間の無駄としか思えない。
勉学だけではなく、たまにはシグレと一緒に町へと買い物へと出かけたりして、町の様子を見るのも楽しかった。男の人が大勢いて吐き気を催したりするけど、でもこんなにも大勢の人と、活気づく町を見るのは前世以来で、元気を貰う事ができた。
ルナさんは、自分で言う程スパルタではなく、優しく丁寧に教えてくれるのでいい先生だと思う。シグレは一生懸命頑張って知識を得ていって、その成長を傍で見れるのはとても楽しい。
この広い屋敷での生活は、まだ少し慣れない。でも、広いお風呂にシグレと一緒に入り、背中を洗いっこできるのは、前世で兄弟がいなかった私にとって新鮮な体験だ。湯船は広いのに、何故か私にくっついてくるのが、また可愛い。夜寝る時も、甘えるようにくっついてくるのも可愛いんだ。まるで、本当に妹ができたみたいな生活だよ。メイドさんが作ってくれるご飯は美味しいし、このお屋敷には男の人がいなくて皆女の人で、全く不便がない。怖いくらい楽しくて、そして充実した毎日だ。
そんなある日、私はある事に気が付いた。
「なぁ、ルナ。昨夜は、どうだった?感想を聞かせてくれないか?」
「い、いけませんっ。こんな所で、とてもではありませんが言う事はできません」
「いいじゃないか。どうせもう、私と君との関係は誰もが知っているんだ。隠す事はないよ」
「で、ですが……!」
いや、本当にですが、だよ。
それは、朝食の風景だ。エリシュさんが、お茶を淹れてくれているルナさんの手を引き寄せて机の上でやらしい手の動きで握ると、その手を愛おしそうに愛でながら囁くように尋ねている。
エリシュさんの行動に、顔を真っ赤にさせて抵抗する様子を見せるルナさんだけど、強くは抵抗できない。ルナさんは、エリシュさんの従者だからね。その立場を利用した、セクハラだよ。
と、思いたいんだけど、ルナさんが抵抗しないのはエリシュさんの事を慕っているからだ。相思相愛。お似合いの2人だと思う。だけど、人前でいちゃつくのはやめてほしい。それも、朝の食事の時間に、子供の前で。
ホント、教育に良くないよ。私の隣のイスに座り、朝食をとっているシグレが……顔を赤く染め、羨望の眼差しを2人に向けてぼーっとしている。
「──……いつか私も、お姉さまと」
何かぶつぶつと呟きながら、シグレは心ここにあらずといった様子だ。
時折口の端が吊り上がり、それを見て何故か背筋に悪寒が走る。本当になんでだろう。
「はいはい、二人がお熱い仲だという事はもう周知の事実だから、食事中にいちゃいちゃするのはやめて。お行儀が悪い」
「ふむ」
「……」
私がそう言うと、エリシュさんはルナさんの手を離した。手を解放されたルナさんは、尚も顔を赤くしたままエリシュさんに握られた手を、もう一方の手で胸の前で撫でている。
「そんな事よりも、早いもので私がこの家に来てから一月たったよ」
「そうだね。時の流れは本当に早い」
エリシュさんは食事を開始し、パンをちぎって口に放り込みながら答えた。
「色々あったよ。勉強を頑張り、新しい生活に慣れるために皆で遊んだりもした。お小遣いをもらってお買い物に出かけたりもしたね。でもおかしいんだよ!私、魔法に付いてまだ何も教わってない!教えてくれるって、ハッキリそう言ったよね!?私それが楽しみでおとなしくしてるんだけど、もう我慢の限界だよ!?」
「まずは、社会常識から。君たちの知識は思いのほか浅いようだから、そう思っていたんだ。他意はない」
「もうだいぶ知識ついたと思うけど!」
「では問題。この国フェアロッド聖王国の国王の名は?」
「マルクス・ヴィスト・ターンメリド・ゴーデルウスⅡ世」
「正解だ。では今日から魔法の授業も開始するとするか。丁度暇だし」
「簡単すぎない!?」
その問題を解く事が出来たら教えてくれるなら、もっと早くその問題を出してほしかったよ。
ちなみに最初は全く知らなかった問題だ。そんな長い名前聞いた事もない。ルナさんが授業の中で私に教えてくれた社会学の知識の1つで、割と重要な事として長い名前だけどしっかりと覚えておいたのだ。おかげで答える事ができた。
だけどあまりに簡単すぎる問題で、コレが魔法を教わるための最低限の知識なのだとしたら、拍子抜けすぎる。
「そう言う訳だ、ルナ。今日の授業は、全て魔法の授業とする」
「……分かりました。ですが、ほどほどに。お二人はまだ子供なんですからね。くれぐれも──」
「分かっている。さすがに私も、子供相手にそれほど厳しい授業をするつもりはない」
「なら良いのですが……」
ルナさんはどこか不安げで、その様子を見て私まで不安になってきた。
もしかしてこの人、凄いスパルタだったりするのかな。いやでも、魔法を習う事ができるなら多少は仕方ない。
授業が楽しみになってきた私は、はやる気持ちを抑える事ができずに朝食を一気に口の中へ放り込んだ。
朝食を食べ終わると、私とシグレは屋敷の庭へと連れて来られた。青空の下にイスを置き、そこでまずは魔法に関しての知識を教わる事になったのだ。
先生であるエリシュさんはイスには座らず、教本を片手に私たちの前に立っている。それだけで、眼鏡をかけたルナさんよりも数倍の圧力を感じるよ。やっぱりスパルタなのかな。
「魔法とは──自らの魂の内に潜むエネルギーを使用する、神から人間に与えられし神秘の力だ」
エリシュさんは早速、そう喋り出して授業を開始した。
「魔法の発動に必要なのは、魂の内のエネルギー。すなわち魔力。それから、言葉を発する事によって集められる、自然界のエネルギー。すなわち、魔気が合わさる事によって発動させることが出来る。簡単な魔法に魔気は必要ないが、魔法を発動させるには魔力が必須となり、コレがなければ話にならない」
そこまでは、私も知識として持っている。家の本から得ただけの知識だけど、それらとエリシュさんが今言った事は合致していて、私にとっては復習となった。
「君たち二人には、その魔力が備わっているので魔法を発動させることに関しては問題ない。問題は。八つに分かれた属性の、どの属性の魔法を使用するのに適した魔力かと、どれくらいの強さの魔法が使えるかだ。とりあえず、二人とも魔力の解放をしてみてくれ」
「す、すみません。私、魔力の解放とかは分かりません。そもそも私に魔力が宿ってるなんて、初めて言われました。本当に、私も魔法を使う事ができるのですか?」
隣に座っているシグレが、遠慮がちに手をあげながらそう訴えた。
「出来る。とりあえずシグレの方は、後で魔力の解放を教えよう」
エリシュさんはそう言い切った後、私の方を見て来た。
先に魔力を解放して見せろという事らしい。
「えっと、その前に質問なんだけど、この世界ってもしかして、皆が皆で魔法を使う事が出来る訳じゃないの……?」
「当然そういう訳ではない。この世界には魔法を使える者と、そうでない者の二つに分かれる。魔力は魂に宿っている物なので、後発的に魔法を使えるようになる事はあり得ないので、魔力のない者は一生魔法を使う事ができないのが原則だ。比率は魔法が使える者が3に対し、魔法を使う事ができない者が7といったところか」
「そうなんだ……」
3対7。そう聞いて、私は自分の村の事を思い出した。
私の村に住んでいる人で、魔法を使う事ができない大人はいなかった。村の誰もが魔法を使う事ができ、その比率は10対0。村での事が全てだった私は、今エリシュさんに聞くまで、この世界の人は全員魔法を使う事ができるのだとばかり思っていたよ。
「君が生まれ育った村の事を想っているなら、それはあの村が異常なだけだ。魔法を使えるかどうかは、血筋も関わってくるからね。その点で考えれば、あの村で魔法を使う事のできない者は生まれにくいので、全員魔法が使えて当然と言えば当然だ。使えない者がいないとは言い切れないが」
全員が魔力を持っているなら、その子孫も魔法が使えて当然という事か。
でも今、村が異常って言ったよね。やっぱり変なんじゃんと、心の中でツッコミをいれる。
「さ、早く君の魔力を解放して見せてくれ」
そういえば、そうだったね。
私はエリシュさんに魔力を見せるため、両掌を自分の胸の前で空に向ける。そして目を閉じ、自らの身体の奥底に眠るエネルギーを呼び起こす。




