拷問
これは、拷問だ。
家に連れ戻され、眠って起きたら私を待ち受けていたのは、終わらない反省文の作成。山ほど詰まれた原稿に、私はペンを手にして止まらず文字を書き続けている。
朝起きた時から続いているこの行為は、お昼近くになっても終わる様子がない。書いては原稿が追加され、ダメ出しをされれば書き直しをさせられ、まるで賽の河原状態だ。
少しでも手が止まれば……。
「シェスティアお嬢様。また、サボるおつもりですか?アレだけの事をしておいて、もう謝罪の念がないとでも?早く、その小さな脳みそを使って考え、謝罪の言葉を絞り出してください。出し続けてください。本当に悪い事をしたと思っているなら、続けるべきなのです。続けられないと言うなら、エリシュ様にご報告して追加の罰を与えていただく必要があります。私としては、痛みを伴う罰がよろしいかと」
「くっ……ルナさん、絶対怒ってるよね……?」
私は再び原稿にペンを走らせ始めると、傍に立って私を見張っているルナさんに向かってそう抗議した。
この人、昨日家に帰ってから妙に冷たい態度で、しかも目が怖いんだよ。今も少しでも私が手を止めると、こうして私に追加の罰を与えようと迫ってくる。絶対に怒ってる。
「別に、怒っていません」
「絶対怒ってるよ……。私が昨日家を抜け出したせいで、エリシュさんとお楽しみの所を邪魔しちゃったから?」
心当たりはある。昨日私が家を抜け出す前に通った、扉の中から聞こえてきた2人の声。上ずり、色っぽいルナさんの声と、高揚したエリシュさんの声。何をしていたかなど、聞くまでもない。
しかしその情事は、私が家を抜け出した事で中断される事となってしまった。邪魔をするつもりはなかったんだよ。だからバレないように抜け出したんだし、故意ではない。
「……」
心の中で言い訳をしつつ、私がそう尋ねると、ルナさんは顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
「た、楽しみなんて……私は別に、エリシュ様と何もしていませんっ」
「いやいや。廊下にまで二人の声が響いてたし。特にルナさんの、『あんっ』とか、『ひゃんっ』ていう声が。絶対に、エリシュさんとえっちな事してたでしょ」
「っ……!」
私が更に指摘すると、ルナさんはもっと顔を赤く染めてゆでだこのようになってしまう。尖った耳の先端まで真っ赤で、とても恥ずかしそうだ。
この人、案外えっちな話題に弱いのかもしれない。エリシュさんとはあんな事をやっておきながら、話をふると普段のクールな面はどこへ行ってしまったのか、すぐにコレだ。弄りがいがあって、ちょっと面白い。
「部屋の外にまで聞こえてきて、廊下に響き渡るルナさんの声は、とても色っぽくて可愛らしい声だなと思いました。私は、そんなえっちな事をしていたエリシュさんとルナさんの、邪魔をしましてしまいました。楽しんでいた所を邪魔してしまい、本当にごめんなさい。次の日私に冷たい態度をとってしまうくらい大切な行為だったのに、反省しています。できれば赦して欲しいです」
「……」
声を出しながら、出した言葉を原稿に書き込んでいたら、その原稿をルナさんに奪い取られてしまった。そして本当に書いているかを確認したのか、目を通してからくしゃくしゃに丸められ、捨てられた。
でもその紙が、床に落ちる事はない。床に落ちる直前でふわりと浮くと、吸い寄せられるようにして部屋の出入口の方へと飛んでいき、そこにいたエリシュさんの手の上に着地したのだ。
「エリシュ様。いつからそこに?」
「今しがただ。……ふむ」
エリシュさんは丸められた紙を開くと、私の反省文に目を通し始めた。
「よし、いいだろう。反省文はここまでにしよう」
「やったぁ!」
その反省文の内容が気に入ったのか、エリシュさんは私をこの拷問から解放する事を宣言してくれた。
私は解放に喜び、ペンを机の上に投げ捨てると、机の上に突っ伏す。
本当に、長く苦しい時間だったよ。私が一体何をしたと言うんだ。いや、したんだけど、ここまでの罰を与えられる程の事は……まぁしたか。最後なんて、一歩間違えればエリシュさんを殺してたしね。
「もうよろしいのですか?甘くはありませんか?甘いのは躾によくないかと」
せっかく解放してくれると言うのに、ルナさんが余計な事を言い出したよ。
「私が今回の件で一番怒っているのは、ルナとの楽しみを邪魔された事だからね。それが分かっているなら、もういい。今後は絶対に邪魔をしないようにする事だ。次に怒っている事だが、コレは君に理解できない事だろうから教えてあげよう。あの髪飾りを売ろうなどと、考えるな」
そういえば、髪飾りを売ると話したときからエリシュさんの空気が変わったんだっけ。
私としては、売って生活費にあてるのもやむなしと思っていたんだけど、その考えがエリシュさんの怒りに触れていたんだ……。でも私だって売りたくてそう考えていた訳ではない。コレはママへプレゼントした、最後の思い出の品だからね。絶対に手放したくはない。でもメグルを探すためなら仕方ないじゃないか。
「あの髪飾りには、想いが詰まっている。君が髪飾りをぞんざいに扱い手放す事は、あってはならない事なんだ。その事も、肝に銘じておくこと。いいね?」
「い、言われなくても分かってる。でもどうしてそんなに、髪飾りの事を言ってくれるの?まるで、この髪飾りがどうやって作られた物なのか、知ってるみたいなんだけど」
「知らないよ。でもそれは、サラの遺した物。あの子がそれをつけた姿を想像すると、とても良く似合うと思う。それを贈った人の気持ちが、よく理解できる。いいプレゼントだと、そう思う。サラはいい子たちに囲まれ、幸せだったみたいだと分かる逸品だ。だから自分勝手な信念を貫くためなどというくだらない事情で、手放すな。以上」
「……うん。ごめんなさい」
私は素直に謝罪の言葉を口にした。
別に、簡単な気持ちで手放そうとしていた訳ではない。私だって、断腸の思いでそう決めた事なのだ。でも改めてそう言われてしまうと、浅はかな考えだったと言わざるを得ない。だから、謝った。エリシュさんに対してと、ママとパパにメグルと、ついでに宝石屋の店主に対してだ。
「よし。ではこの話はこれでおしまいだ。次に、君が私に対して使ったあの魔法について聞きたい。君はあの魔法を、どこで覚えた?」
「……絵本で。島のヒーローカカウスマンっていう物語の、悪役が使ってた技」
「読んで使えるような魔法ではないだろう……。通常は数年の修業を積み、ようやく放つ事のできる上級魔法だ」
「そ、そうなの?」
割と普通に使う事ができたので、そんな魔法だとは思いもしなかった。そもそも、魔法に簡単とか難しいとか、あったんだね。魔力が解放出来て、メラヴィス語が唱えられれば、それでどんな魔法でも使えるものだとばかり思っていた。
というか、絵本で使われいた魔法なので、空想の物だとばかり思っていたよ。ちゃんとした魔法だったんだね。
「あの本は幼少期からの魔術教育を目的とした絵本なので、出て来る魔法は全て本物だ。しかし、すぐに出版禁止になったけどね。絵本をまね、魔術の才能を持つ子供が不完全ながらも魔法を発動させ、周囲の者に怪我をさせてしまう事故が僅かながらもおこったせいだ。だが君ほど完全な魔法を発動させた者は、その中にいないだろう。そんな事があったら、死人が出ているからね」
「ちなみにその魔法とは?」
そう尋ねたのは、ルナさんだ。彼女はあの場にいなかったので、事情を知らない。
「闇へ引き込む悪魔の手だ」
「そ、そのような魔法を、お嬢様が?いえ、それよりも、という事はシェスティアお嬢様の魔力は──」
言葉の途中で、エリシュさんが人差し指をたて、それをルナさんに向けだ。
静かにしろというジェスチャーだね。ルナさんはすぐに察し、途中で口を閉じてしまう。
私の魔力がなんだというのだろう。気になるじゃないか。
「そちらも、気になる。だけど先に、私が感じている違和感の方を解決したい」
そこで一旦言葉を区切ると、エリシュさんが私の目を真っすぐに見つめて来た。
「もしかして君の目には、他の人間には見る事の出来ない物が映るのではないか?」
「……」
核心をついた質問だけど、私は慌てる事はなかった。なんとなくこの人には、バレている気がしたからだ。こうなるともう、隠し通すのは無理だよね。




