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男性恐怖症


 市場への道は、歩いておよそ二時間程だ。小さな村のはずだけど、そう聞くと大きく感じるよね。でも住人は少ないし、本当に小さな村なんだ。ただ人がいなすぎて、土地が無駄に広いだけ。

 市場までの道のりは畑に囲まれた道を歩き、牧草地を横目に進んだ上に、小さな森の中を突っ切る必要がある。私たちのような子供にとって、その道のりは中々に厳しい物だ。でももう慣れた。この世界の子供にとって、これくらいできなきゃ何もできない。いや、この村が特殊なだけかも……。

 その辺は、この村から出た事のない私が語るべき事じゃないね。いつかは色んな所に行ってみたいとは思うけど。この世界は、私の興味を惹く物ばかりだから。


「──おや、こんにちはメグルちゃん」

「おー。おっす、サベルのおっさん」


 その道中で、村人と鉢合わせた。相手は40歳くらいのおじさんだ。茶髪に、パパと同じ朱色の数珠つなぎになった玉の髪飾りをもみあげにつけて垂らしている。身体は大きく、しかし太っている訳ではなく筋肉によって盛り上がっていて、サイズの合う服がないのかいつもパツパツだ。力をいれたら、服が破けたりするのだろうか。だとしたら、ちょっと見てみたい。

 彼と私たちとは見知った顔で、彼は大きな身体に似合わずいつもニコニコしている気の良いおじさんである。

 名前は、サベルさん。


「今日は、一人かい?」

「は?」


 サベルさんに指摘され、メグルは自分の背後を見た。そしてそこにいるべき人間がいなくて、周囲を見渡す。


「……二人だよ。シティとな」


 草むらに隠れていたけど、見つかった。メグルは私を指さしながらそう言って、サベルさんに私の存在を示してきたんだ。

 私は隠れていて、サベルさんは気づいていないんだから黙っておけばいいじゃん。そうすれば話はスムーズに進んで、すぐに終わる。

 しかしここで私の存在をサベルさんに教えてしまうと、あの人何してるの?何で隠れてるの?もしかしてボクって嫌われてるの?とか、そういう話になってしまう。誰も得しないよ。


「はははっ。シェスティアちゃんは、相変わらずだな」

「いや、笑いごとじゃねぇよ。自分の親父にまでこんなんなんだぜ。ちょっと変だって」


 私が懸念した通りの事にはならず、サベルさんは隠れている私を見て笑い飛ばした。サベルさんとは先ほども言った通り、見知った顔だ。私の事を知っているので、挙動不審な私の事を見慣れている。


「まぁそう言うなって。誰にでも苦手な物や、怖い物くらいある。……しかし、グラ坊は少し可愛そうだな」


 私が持つ問題の事を肯定しつつも、私の気にしている事を言われてしまった。

 サベルさんの言う通り、私みたいなキレイで可愛い娘から避けられるのは、パパに計り知れないダメージを与えてしまっているはずである。実際、ショックを受けるパパの顔を何度も見て来た。

 でも、これまたサベルさんの言う通り、苦手だし怖いから仕方がない。仕方がないのだ。

 余談だけど、グラ坊とは私のパパの事である。パパとサベルさんは旧知の仲のようで、先輩と後輩のような関係に見える。興味ないので深く聞いた事はないので、よくは知らない。だけどグラ坊と呼ばれているあたり、たぶん可愛がられてるんじゃないかな。


「可愛そうなんてレベルじゃねぇよ。シティに拒否られた時のグラさんの顔、見た事あるか?この世の終わりみたいな顔してんだぜ。見てらんねぇよ」

「ふむ。まぁその内なおるだろう。いつまでもこんなんじゃあ、結婚もできないからな」


 それは余計なお世話だ。結婚するかしないかなんて、私の自由である。


「ちなみに、うちのせがれなんてどうだい?シェスティアちゃんみたいな可愛い女の子が義理の娘になってくれると、おじさん凄く嬉しいな。なんだったら、おじさんの事もパパって呼んでくれないか?」


 サベルさんには、息子がいる。私達よりも一回り上の年齢の息子で、これがまた中々の問題児だ。そんなのと結婚?絶対に嫌です。ホント、勘弁してください。

 あと、私が可愛くて娘にしたいという気持ちは分かるけど、パパと呼べとか私のパパみたいで気持ち悪いよ。こちらも勘弁してください。


「勢い任せで何を口走ってんだよ!シティはオレの物だ、誰にもやんねぇからな!」


 いやいや、メグルも何を口走ってるのさ。私はメグルの物じゃないからね?でも、なんだろう。そう言ってもらえると、ちょっと嬉しい。


「はは。冗談だよ、冗談」

「あんたの冗談は、冗談に聞こえねぇんだよ!もうさっさと行け!行っちまえ!」

「わかった、わかった。それじゃあ、またねシェスティアちゃん。メグルちゃんも」


 サベルさんは、メグルに背中を押されて追い出されるように去って行った。

 力では圧倒的にサベルさんの方が上なのに、押されて素直に去っていくところが人の良さを表している。子供に対する、大人の対応だね。

 というか、何の用事か知らないけど、この先に何か用があるのだろう。私たちに長く付き合っている暇はないという事だ。大人には、子供の相手よりも優先すべき、お金を稼ぐと言う使命がある。それを邪魔する訳にはいかないから、出会って早々にお別れになってしまっても仕方がない。

 本音を言えば、さっさと行ってくれて良かったよ。


「ふぅ」


 私はサベルさんが立ち去ったのを確認し、草むらから出て息を吐いた。


「ホント、全然よくなんねぇよな。お前の男性恐怖症は」

「うるさいなぁ……」


 メグルに指摘された通り、私は男性恐怖症だ。それもかなり重症で、知り合いのおじさんや、自分の父親にすら恐怖を感じてしまう。

 私がこうなってしまった原因は、男に殺されてしまった事が原因だ。あの日以来男に対する恐怖心が私に付きまとうようになり、私は異性とまともに対面できなくなってしまった。相手は大人も子供も関係ない。全ての男が怖い。

 これでも、大分良くなった方だ。パパとは距離が近づかなければそれなりに会話できるし、緊張はするけど目を合わせないようにすれば近づかれてもなんとかなる。昔と比べたら、凄い進歩だよ。私、凄い。

 え?殺されたのに、今生きてるじゃんって?まぁそれは私の出自にも関わる事だから、今は割愛させてもらう。こんなに可愛くかつ美しくて、何も悩み事がなさそうに見える私だけど色々あるんだよ。察してほしい。

 そうこうしている内に、私とメグルは目的地である市場に辿り着いた。

 市場も、市場なんて言うけど、そんなに大した物でもない。草原の真ん中に、小さな木造の建物が寄せ集まって出来た小さな集落があるだけだ。基本的に生活に必要な物しか売ってないお店がちらほらと並びつつ、村の外からたまに行商人がやってきて、この村にはない珍しい物を売ってくれたりする。この村で買い物と言ったら市場でしかしないから、旅の途中に行商人がお店を出すには、丁度良いらしい。珍しい物を売ってくれる行商人は、市場を訪れた村人から大人気だからね。中には訳の分からない怪しい商品もあり、完全に騙されている感もあるけど村人はそれはそれで満足している。そりゃあ、行商人から人気がある訳だ。他にも、郵便屋さんや病院に、役所といった村の主要施設も揃っているので市場の重要性は高い。

 そんな感じで生活に欠かせない物が揃いつつ、たまに娯楽商品も出ているので、村人にとっては生活に欠かせない場所となっている。


「……」


 私はそんな市場を前にして、足を止めて顔をひきつらせた。自然とため息が漏れ、思うように身体が前に進んでくれない。

 先ほども述べた通り、私は男性恐怖症だ。市場には当然ながらそれなりに人がいて、その中には当然ながら男もいる。男がいっぱいなんて、考えただけでゾッとする。普通の女の子ならまだいいよ。男から興味を持たれる事もないだろう。でも私は不幸にも、美しく、かつ可愛い絶世の美少女だ。男達の視線は嫌でも注がれ、自然と周りに集まってきてしまう。

 美しいが故に、なんて可哀そうな私なんだろう。


「ほら、行くぞ!」


 しかし、立ち止まった私を励ますように、メグルが優しく手を握って来てくれた。

 そしてやや強引に私の手を引いて歩み始め、私もそれについていく。

 うん、大丈夫。私にはメグルがついてるから、問題ない。メグルに勇気をもらって私もその手を握り返すと、少しだけ足が軽くなった。


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