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──この世界に生まれてから その2


 赤ん坊になってから、しばらくの時が経過した。寝ても覚めても赤ん坊で、私の傍には寝ても覚めても天使のような女性がいる。彼女のおっぱいに吸い付き、あやされ……赤ん坊ライフを満喫しながら、私は段々とコレが現実なのだと受け入れつつあった。

 生活する中で、分かってきた事がある。まずは、私の名前だ。どうやらシェスティアというらしい。私の、たぶん父と母が私に向かってよくかけてくる単語で、覚えてしまった。更に、独自に2人の発する言葉を耳でよく聞いて観察する中で、少しずつだけど言語も習得している。暇だからね。1日中ベッドの上か、母親と思しき女性に抱かれているかなんだ。それくらいしかやる事がないんだよ。

 とはいえ、聞いたことのない言語の習得は凄く難しい。教本もないので、覚えているのは単語くらいだ。それでも情報を得るためには、言語の習得が必要不可欠だ。今の私にとって、言語の習得は最重要案件である。

 それから信じられない事だけど、ここはもしかしたら私の知る世界ではないかもしれない。

 というのも、この家のライフラインがおかしいんだ。まず灯りだけど、ランプのような物が使用されるけどそこに火は使わない。電気でもない。なんだかよく分からない宝石がケースの中に入っていて、そこになんだかよく分からない光を私の父と母と思しき人物が送り込むと、輝き出すのだ。

 水も、宝石の埋め込まれた水道の先端のような形をした物に、光を送り込むとそこから流れ出て来る。その水道は桶の上などに設置されていて、反対側はなんにも繋がっていない。繋がっていないのに、水が湧き出てくるのだ。

 火も同様だ。宝石があって、そこに光を送り込むと炎が生まれる。

 こういうのもなんだけど、まるで魔法のようである。こんな物は、私の知る世界にはなかった。だからここは異世界なのではないかと。そう言う訳だ。

 益々あり得ない事だけど、今私の目の前で起きている。現実だ。全てが現実だと感じ始めているからこそ、言語の習得に乗り出しているのである。

 それからもう1つ、分かった事がある。


『シェスティアちゃーん。パパだよー。今日は、抱いても良いかなぁ?』

「ああー!うぁー、ぎゃーうー!」

『ダメだって』

『そんなぁ……』


 私、男の人が苦手になっている。

 それは、殺されてしまった事に起因していると思う。男の人が私に向かって伸ばしてくる手が、とてつもなく怖い。その度にあの時の事を思い出し、汗が出て、震えだしてしまうのだ。

 だから、父親と思しく男の人が私に近づくのを、私は拒否し続けている。寂しそうにする彼には悪い事をしているとは思うけど、だって仕方ないのだ。まるで生理反応のように、心と体が男の接近を拒んでしまう。

 勿論それは、他の男の人に対しても同じだ。客人として訪れる男の人は、もれなく拒否した。女の人に抱かれるのは、別に構わない。でも男だけは無理なんだよ。やがて母親と思しき女性は、私の男性に対しての拒否反応を察してくれて、無理に男に近づけようとはしなくなってくれた。

 言葉は通じずとも、心って通じるんだね。……男の人に近づくたびに暴れ叫んでいれば、通じて当然か。

 さて、そんな男嫌いのシェスティアちゃんだけど、2足歩行出来る頃になると、言語が大体理解できるようになっていた。


「今日の帰りは、どれくらいの時間になりそうなの?」

「んー……夕方には帰ってこれると思うんだが、なんとも言えん。もし遅くなるようだったら、先に寝てていいからな」

「分かった。気を付けてね」

「ああ、いってきます。シティも、パパ、いってきまちゅねー」

「……」


 私は子供用のベッドの上に寝かされたまま、父親に対して軽くだけど手を振ってあげた。それだけで彼は過剰に喜びながら、家を飛び出していったよ。

 彼の名前は、グラディス・タラクティ。この世界で赤ん坊として生まれた私の、正真正銘の父親だ。盗み聞きをした上での判断だけど、仕事で村の治安を守っているようで、何をしているのかは分からないけど昼だけではなく夜も仕事に出かけていくことがある。年は、たぶん20歳ちょっとくらい。この家を見る限りでは、あまり稼げてはいない。


「ふふ。いってらっしゃいができて、偉いね」


 優しく私の頭を撫でて、褒めて来てくれる女性。天使のようだと比喩していた、あの女性だ。彼女の名前は、サラ・タラクティ。こちらは私の母であり、とても優しく、美しい女性である。彼女の身体からは、特に香水とかを使っている訳でもないのに、異様に良い匂いがするんだよね。一体何がどうあって身体からこんなに良い匂いがするんだろう。その香りには心を落ち着かせる作用があるらしく、何度この香りにやられて眠りについたか分からない。嗅がないようにしても、嗅がずにはいられない。ちょっと怖いけど、私は彼女の匂いが今の所、この世界で一番好きだ。


「さて、シティちゃん。今日は、何して遊ぼっか」


 私の母が、そう言いながら私を抱っこしてきた。それなりに重くなったと思うけど、母は私を軽々と持ち上げて、愛おしそうに私の頬に自分の頬を擦ってくる。

 とりあえず、深呼吸。母の香りを堪能し、私はそのいい香りに陶酔した。

 ちなみにシティとは、私のニックネームだ。両親は基本的に私をそう呼んでくる。


「本……」


 私は単語でそう答えた。まだ言葉を発し慣れていなくて、非常に危うい。それでも私は徐々に喋れるようになってきている。言葉は遅いし、単語の繋ぎ合わせが主だけどね。でも、意思疎通には困らない。

 それもこれも、天才の私だからこそなせる業だと思う。


「ご本?何の本を読みたいのかな?この間パパが買ってきてくれた、島のヒーローカカウスマン?」


 その本は、よく覚えている。カカウスという木の実が人に変化を遂げて、島民の皆を嵐から救うという子供向けの絵本だ。実にくだらない内容で、くだらなすぎてそれを聞かされるこっちの身にもなってほしい。


「やっ!あれ」


 私は全力で拒否して、棚に入っている分厚い本を指さした。

 その本の数々は、前から私の興味を惹いていたんだ。しかしまだまだ非力な私には、その本まで歩み寄る事も、自力で手に取って読む事も叶わない。

 そもそも、言葉は理解できるようになっていても字が読めないんだけど、そこは母に読んでもらいながら覚えて行こうと思う。絵本とかでも良いんだけど、この世界の事をもっと知りたい。だから私は小難しそうな本を指定した。


「あ、あの本が読みたいの?シティちゃんには、まだちょーっと早いかなぁと思うんだけど……」

「読みたい」

「う、うーん……じゃあ、ちょっとだけ、ね」


 母はそう言うと、私を抱いたまま本棚へと近づき、私に本を見せてくれる。

 間近で見ても、文字が読めない私にとってそれが何の本なのか分からない。所々、絵本で覚えた文字もあるけど解読はまだまだ不完全だ。なのでここは、勘で行くしかない。


「これ」

「はい、これね」


 その中から適当に本を指定すると、母はその本を抜き取って私のベッドへと戻った。そしてベッドの上に、私と本を置いてくれる。

 早速表紙を開いて読もうとするけど、やはりというかなんというか、自分では全くと言っていいほど何も読むことができない。


「読んで」

「んー?これはね、魔力量による人間の寿命考察、て書いてあるんだよ。著者は、エーベリック」

「まりょく?」

「魔力って言うのは、魔法を使うのに必要不可欠なエネルギーの事。人の魂の内から呼び起こされる、魂に宿りし神様に与えられた力。私たちはそれを使って、水や炎をおこして生活に使っているの。シティちゃんも、大きくなったら魔法が使えるようになるかな。今はまだちょっと早いかもしれないけど、そしたらママが教えてあげるからね」

「魔法、私も使えるの?」

「使えるよー」


 私も、魔法を使う事ができる。そう聞いて、心が躍った。

 実は、何もない所に水や炎を起こす両親を見て、憧れていたんだよね。憧れないはずがない。


「次、ここ。読んで」

「えー……シティちゃん、こんな本に興味あるの?もしかして、将来は学者さん!?」


 母は目を輝かせながら、本を読む事のできない私に丁寧に教えながら読んでくれた。子供に対する将来の期待は、どこの世界も同じようなものだね。

 こんな事を繰り返しながら、私は文字も覚えて行った。オマケに本の知識もついて、一石二鳥である。


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