特別な日の始まり
天気は快晴。大地は日の光によって照らされ、どこまでも続くような緑の景色は、気持ちよさそうに日光浴をしている。
自宅の2階の窓から顔を出した私は、まだ起きたばかりだ。寝間着である足下まで覆うワンピース姿のまま、真っ先にその事を確認し、1人喜ぶ。
このところ、ずっと雨続きだったのが嘘のようだ。畑仕事をしている人たちが雨続きで作物の心配をしていたけど、大地を照らすお日様を見ているとどうにかなりそうな気がする。この村にとって、作物は命だからね。日光はとても大切だ。
でも、私が喜んだのは何も、作物を想っての事ではない。私は百姓の娘ではないし、勿論自分でも作物を育てたりはしていない。
では何故、私が快晴を喜んでいるのかというと……何を隠そう、隠すつもりもないけど、今日は私にとって大切な人の誕生日なのだ。大切な人の誕生日は盛大に祝いたい。そのための買い出しを友達と行く予定で、晴れてもらわなければ困る。何せここは、とんでもない田舎だから。ちょっとした買い出しも、それなりの遠距離となってしまう。雨で長距離歩くのは、結構応えるよ。それに、せっかく買った物も濡れてしまう。だから、晴れてくれてよかった。
「おーい、シティ」
窓から身を乗り出してそう思っていると、家の前で私の名前を呼ぶ人物がいた。
「メグル!」
私はその人物を見て、その名前を呼び返す。
今日、一緒に買い出しを行う友達の登場に、私はテンションが上がった。天気が良いのに加え、彼女まで来てくれて、更に身を乗り出そうとした私は手が滑り、窓から落ちそうになってしまった。
「シティ!」
「……あはは」
メグルが窓から落ちそうになった私を心配し、落下地点まで駆けて来てくれたけど、ギリギリで踏ん張って落ちずに済んだ。
窓から乗り出し、踏みとどまった変な体勢のままメグルに笑いかけると、メグルは呆れたように大きくため息を吐いて来た。でもそれは、私が無事だった事にする安堵の意味も含まれていると思う。
彼女と付き合い始めてから分かった事だけど、口では荒っぽく大きな事を言うけど、メグルは心配性でとても優しい。他を思いやる心を持つ、素敵な女の子だ。
「バカな事してないで、早く準備しろよ。サラさんの誕生日の買い出し、行くんだろ?」
「わー!それ内緒だから、しー!ママに聞かれたらサプライズじゃなくなっちゃうでしょ!?」
家の前で、大きな声で秘密を喋るメグルに、私は慌てた。
そう。大切な人の誕生日とは、私のママの誕生日の事なのだ。前々からメグルと計画をたて、秘密裏に盛大にお祝いしようと計画を練っていたのに、ここでバレたら台無しだよ。
「わ、分かったから、その体勢のまま暴れるな!落ちたらどうすんだよ!?」
身体を乗り出してメグルに抗議した私を見て、メグルは慌てた。自分でも、再び落ちそうになって慌てて忠告通りすぐに止めたよ。早くも本日2度目の冷や汗で、体温が一気に下がった気がする。
でも今のはメグルが悪い。私は暴れる代わりに抗議の目をメグルを睨みつけると、メグルは悪びれた様子でニコやかに手を合わせ、私に謝罪のジェスチャーをしてきた。
別に私は、怒っていた訳ではない。私たちにとっては日常的なやり取りに過ぎない、挨拶みたいなものだ。その証拠に、私たちは笑い合って会話を終えた。
それから身支度を終えた私は、2階から1階へとおりてきた。
我が家の1階は、基本的にご飯を作って食べるためのスペースと、荷物置き場となっている。荷物といっても、大半は本だ。小難しい魔法の本や、歴史に社会学に、空想の物語の本といった様々なジャンルの物が並んでいる。両親ともに本の虫で、これらは本好きが災いした両親が集めに集めた物であり、まるで小さな書物庫のような様相を呈している。
「やっと来たか」
階段をおりてやってきた私に対し、メグルが悪態をついてきた。
彼女は食卓の席につき、その前には食べかけのパンが置かれている。
そのパンを片手で掴み取り、豪快に口に運んで咀嚼するメグルは、ぱっと見は男の子にしかみえない。まだまだ身体が発展していない私たちくらいの年齢の子は、髪の毛や着ている服装が性別を判断する材料となるけど、彼女は本当に全てが男のようだ。赤い髪はショートカットで飾り気がなく、寝癖がついたままであまり手入れがされていなそう。服はズボンを履き、あまり良い布の使われいない長袖の肌着を着ている。その上からこれまた簡単に上着を着ているけど、それはボタンを留めずにラフに着こなしているため、クールでカッコイイ。
仕草と相まって、完璧に男の子をしているメグルを見て、始めは誰もが男だと思うよ。実際私も、そうだった。
「先に食べないで、少しくらい待っててよ。すぐに来るの、分かってたんだから」
「いいから、さっさと食えよ。早く買い物にいかねぇと、間に合わねぇぞ」
確かに、それは言えている。私は納得行かないながらも、言われたとおりにメグルの隣の席についた。そこには、私の分のご飯も用意されている。
「ふふ。おはよう、シティちゃん」
私とメグルのやり取りを見て、優しく微笑みかけながらやってきたのが、私の母だ。
見ての通り素晴らしく可愛らしい人で、私自慢の母親だ。適度にカールがかったふわふわな金髪と、青色の瞳。ピンク色の唇と、大きな胸。出るところは出て、ひっこむところはひっこんだその肉体は、色気が溢れている。本人はお尻が大きい所とかをちょっと気にしているみたいだけど、私から言わせてもらえば全然問題ない。むしろ、これくらいが良いと思う。
「おはよう、ママ。ご飯、ありがとう。いただきます」
「はい。たくさん食べてね」
私がそう言いながらご飯を食べ始めると、ママは私とメグルの前に、両手に持ったコップをそれぞれ置いてくれた。コップの中身は、牛乳だ。我が家では、毎朝牛乳を飲むのが習慣となっている。近所のおじさんが、タダでくれるんだよね。
たぶんあのおじさん、ママが可愛いから会話の口実に寄っていっているよ。下心丸出しの、スケベおやじだね。
でも、牛乳は美味しい。
「ところで、さっき買い物って言ってたけど、どこに行くの?」
「っ!」
私とメグルは、何気ないママの質問に凍り付いた。
確かに言ったけど、完全な失言だったと思う。私じゃなくて、メグルの。
「あだだだ!何すんだ、シティ!?」
私は失言をしたメグルの太ももを、抓ってやった。さすがに口が軽すぎる。その戒めだ。
「な、なんでもないんだよ、ママ!ちょっとした……なんでもない、日常の買い物に行くだけ。ママには何にも関係ないし、ママの誕生日にも関係のない、ふつーうの買い物にいくだけだからね」
「おい、お前も結構言っちまってるぞ!?」
「あっ」
メグルに指摘されて、私は口を塞いだ。メグル以上の失言だ。人の事を怒っている場合ではなかったよ。
今日まで計画がバレずにやってきたのに、当日になって全てが台無しになってしまった。むしろこんなに口の軽い者同士が、よく頑張って来たよ。
私とメグルはバレたと思い、諦めムードのまま恐る恐るママの方を見ると、ママはとても悲し気な表情を浮かべていた。今にも泣いてしまいそう。
「ま、ママ?どうしたの?」
「サラさん!?どっか痛いのか!?」
「うう……だって、メグルちゃんとシティちゃんが、私を仲間外れにするんだもん。ママ、凄く悲しい」
そこなのかー……。
我が母ながら、心配になるレベルの鈍さだ。でもその鈍さに助けられたのは事実。安心したよ。安心したけど、安心している場合ではない。
今日の主役であるママが、今にも泣きだしてしまいそうなのだ。勘違いとはいえ、ここでママを傷つけてしまってはせっかくの誕生日が台無しになってしまう。
「おい、どうする……!?サラさん、泣いちまいそうだぞ」
「わ、分かってるよ。見れば分かるから、なんとかして」
「どうやってだよ!?」
「なんでもいいよ。抱き着いてちゅーでもしてあげれば、たぶん喜ぶんじゃない?ママ、けっこうちょろいから」
「自分の母親に対して、ちょろいとか言うんじゃねぇよ!」
ヒソヒソと会話を繰り広げる私達だけど、こうして言い争っている間にもママの涙は瞳に溜まっていく。こんな事をしている場合ではない事は分かっているけど、打開策が見つからない。傷つけるくらいなら、いっそのこと全てを白状した方がいいだろう。だけど、やっぱりサプライズでお祝いをしたい。その想いが私を決断させてくれない。
「ふいー。帰ったぞ、愛する家族、たち、よー……」
そこへ、救いのヒーローがやってきた。彼は玄関の扉を勢いよく開いてニコやかに現れたけど、そのトーンは段々と落ちていく。状況を見て、戸惑いが生まれたのだ。
このタイミングで帰って来たのは、偶然ではない。運命だ。ここは彼に、託そうと思う。




