侍女 プロローグ
私はテミス、一介の侍女です。
私の主人は、ひどく風変わりな人物で、…本当に変わり者です。
私が主人に会ったのは、領の嫡子であるお嬢様の侍女として募集され、その他大勢の侍女とともに顔合わせをした時です。
お嬢様は当時、五歳でした。
いいですか、五歳ですよ。
「初めまして、私がこのクローデンス辺境伯令嬢のニケ・クローデンスです。まずはお集まりいただきありがとうございます」
五歳の子供が無表情でそう言い切り頭を下げたって、どう考えても異常でしょう!
せめてにこりと微笑むぐらいしなさいよ! せっかく奥様に似て可愛い顔してるんだから!
お嬢様は私たちの動揺に、気付いていて、続けました。
「当主の父、ウラノスではなく若輩者の私がご挨拶させていただきますが、これは私、クローデンス辺境伯嫡子の侍女を募集するためであるのでご了承ください。……余談ですが、私、早熟な子供という評価をいただいております」
いやいやいや、早熟とかそんなレベルじゃないから!
せめて笑って言ってくださいよ!
お嬢様は「さて」と私たちを見渡して、やっとここでにこりと、薄く微笑みました。
「我が民から嫡子侍女に対しての応募が多く、大変嬉しく思います。ですが私も嫡子として、侍女に求めるものがございます。──まずは私を気味悪く思った方、お帰りください。将来の領主はきちんとしておりますので、ご心配なさらず、お帰りください。気味の悪いくらい早熟な、ちゃんと考える頭を持っている嫡子ですから。私の代になっても、父のような善政を心がけましょう。安心して、お帰りください」
優しく、柔らかく言い含められ、ぱらぱらと集まった人の半数以上が帰りました。
私は残った方です。他に行く当てがありませんでしたから。
お嬢様は残った私たちに、「では、あなた方を雇います」と言いました。
「雇いますが、これから三か月は試用期間です。私が嫡子の侍女としてふさわしくないと思った方は、残念ながらお帰りいただくことになります。また、あなた方が『ここでは働けない』と思った場合も、お帰りいただいて結構です。その場合、働いた期間のお給料を支払いますから、私か、当家の執事までお申し出ください。三か月経って、まだ働いていただけるようでしたら、本契約を交わしましょう。何か質問などは?」
誰も何も言いませんでした。
お嬢様は「では、よろしくお願いします」と、無表情で言いました。
それから、お嬢様がご家族に嫌われていることを知りました。
それでお嬢様を遠巻きにしたり、嘲笑するものもいました。
あからさまに弟君様や奥様の侍女になりたい、とアプローチするものもいました。妹君様はその頃はまだ生まれてらっしゃらず、旦那様は度々戦に行ってらしたのでアプローチはありませんでした。
また、お嬢様は嫡子であるため、しっかり勉強されたり、護身のために剣などを習ったり、防衛のために魔法を習ったりしていました。
本当にしっかりとしていて、確かにこの方が領主となるなら安心だろうと思いました。
でも、気持ち悪かった。
侍女に嘲笑されて、家族に嫌われて、それでもまっとうに生きようとしている彼女が気持ち悪かった。
だから、試用期間もそろそろ終わりそうなある日、侍女にくすくす笑いをされていた彼女に、憤りをぶつけてしまった。私もあの頃は若かったのだ。今でも勿論若いけど。
「気持ち悪い。あなた、気持ち悪いのよ。なんでいつも無表情で、何も言わないの? なんで馬鹿にされて黙ってるの? 言われてることがわからないわけでもないでしょうに、何とか言いなさいよ、気持ち悪い!」
激情に駆られて口走った後、すぐにもう終わりだ、と血の気が引いた。
領主様の娘にこんなことを言って、許されるわけがない。
でも、彼女はにこりともせず、
「無表情なのは生まれつきだよ。ほら、表情動かすのもカロリー使うじゃない?」
と、『やーねー』とおばさんがやるようなしぐさをした。
もう一回言う。無表情で、だ。
「そういうことするなら表情動かしなさい!」
「だから疲れるし。北国、カロリー、大事。ダイエット、駄目絶対」
「なんで片言なんですか!」
「カロリーを使わないため。これこそエコだね」
「あんたねえ…!」
「怒った? てへ、ごめんね?」
「だから、せめて少しでも笑って言いなさいよ!」
思わず突っ込んだが、このお嬢様、始終無表情である。
なんだこいつ、と百回は思った。
それが、お嬢様との長い付き合いの始まりでした。
まさか私も、私が採用されるとは思いませんでした。主人を嘲笑していた他の侍女が落とされるのは当然として、私もお嬢様を罵ったのに、どうして、と思いました。
「だってテミスは陰口は言わなかったじゃない。陰口じゃなくて、正々堂々私に言ってきたから。だから」
お嬢様は相変わらずの無表情で、
「私のために怒ってくれたテミスが、気に入ったから」
そんなことを言いました。
だから、こういう時ぐらいは笑いなさいっての。私みたいにさあ。
私はそうしてお嬢様の唯一の侍女になりました。お嬢様は一人で何でもするので、実のところ侍女が必要な場所は少ないのですが。
しかも日中は大抵剣や魔法を習いに砦に行っています。本当に必要なのか、と思うほど私の仕事はなく、それでは悪いからと他の業務などをしていました。
一応主人の許可を、と思いお嬢様に聞いたら、「テミスの好きにしていいよ」と言われました。
本当にこれでいいんですか、と何度も聞きましたが、
「だって私は砦に行くから。テミスは砦ですることないでしょ? じゃあその間に色々出来るようになってくれたほうがいいし。あ、それとも砦に来る? もうね、男祭りで本当に熱いんだよ!」
お嬢様は鼻息荒く、男同士の熱い友情や秘めた思いに関する話をなさいました。
素直に、引きました。
お嬢様はそういうものを見るのが好きらしく、何かあれば私に『今期の押しカプ』などと熱く語って来ます。私はただただ引きます。
しかもご家族にも公言しています。「私は男同士の熱い友情を見るのが好きなのであって、男性に興味はありません」と。弟君様のティタン様は勿論、妹君様のテテュス様も引いていました。旦那様と奥様はものすごく苦い顔をなさっていました。
ちなみにこの話し合いは激化して、「私は夫を取りません。代わりに、ティタンかテテュスの子を養子にとって世継ぎとします」とお嬢様がおっしゃり、あわや旦那様とお嬢様の殴り合いに発展するところでした。結局、奥様の「その時に考えましょう」との言葉で、現在までも問題を先送りにし続けています。
お分かりの通り、このように問題もあるお嬢様ですが、おおむね領主として十分な素質を持っていますので、嫡子として認められています。旦那様も奥様も、お嬢様のことを嫌いだと素直に言っていますが、お嬢様はそれが好ましい、とおっしゃっていました。なんだか家族仲はそんなに悪くないように思うのは私だけでしょうか。
それから時間は経ち、お嬢様は十五歳になったため、王都の一番良い学校に行くことになりました。辺境伯嫡子ですし、お嬢様自身も出来が良いので当然ですね。
連れて行く侍女は私一人です。お嬢様の身分なら、もっと連れていくことも出来るんでしょうが、……そもそもいませんから。お嬢様の変人ぐあいのせいで、現在までもお嬢様の侍女は私一人です。
「ふおおおお!?」
「お嬢様、気持ち悪いです」
そして学園に来てからもゆるぎなく、『何あのイケメン集団! 目の保養だ!』と騒ぐお嬢様は、なんとも気持ち悪いものでした。
こういうところばなければもう少し評価も上がって、侍女が一人しかいないなんて状態にはならなかったでしょうに、本当に残念なお嬢様です。