真夏はサイダーに焦がれて
学校帰りに立ち寄ったスーパーで、ラムネを買った。
夏の売れ残り、処分品で安かったから。
家に帰って飲んでみると、いつも飲んでいるサイダーと同じ味がする。
試しに冷蔵庫の中からサイダーを取り出し、空になったラムネの瓶に移して飲んでみた。
同じ味だった。
ネットで調べてみると、ラムネの中身はサイダーだと書いてある。
容器の違いだけで、名前が異なるらしい。
小説と似ている。
同じ話でも、単行本だったり、文庫本だったり、容器の違いで値段も倍以上違う。
この話を彼女の爽夏にすると、小学生でも知ってるよ、と馬鹿にされた。
それから時は過ぎ、冬生まれの僕は年を一つ重ねる。
爽夏は僕の誕生日に、手作りのスノードームをくれた。
手の平に収まるサイズのコンパクトなもので、中には家が建っていた。
よく見ると、家の横にブランコがあって、その前に男女の人形がいる。
振ってみると、雪が舞った。
「それ、将来の私たち」
爽夏はそう言って、僕にキスをする。
「サイダーの味がするね」
スノードームを見ると、雪はまだ止んでいなかった。
閉じ込められた世界の中で、僕たちは二人、雪に振られている。
夏生まれの彼女の為に、僕も手作りのプレゼントを考えていた。
姉に相談すると、
「スノードームのお返しなら〝ハーバーリウム〟がいいかもね」
とアイデアを貰った。
調べてみると簡単に作れそうだったので、早速制作に取り掛かる。
瓶、ドライフラワーを集め、僕と爽夏の代わりになる人形を探した。
素材は一週間ほどで揃えられたけれど、爽夏の人形だけが、中々決まらない。
彼女の誕生日まで半年以上あるし、気長に探そうと思っていた。
翌年、夏を迎える前に、彼女は僕の前から姿を消した。
教室の女生徒からまた聞きした話によると、親の転勤で北海道に転校したらしい。
僕には一言もなかった。
SNSも更新されていない、メッセージを送っても返ってはこない。
突然、何も届かなくなってしまった。
机の上にあるスノードームを眺め、振る。
僕と爽夏は雪の中にいる。
僕たちの将来だと言って、贈られたものだ。
一瞬、床に叩きつけて壊したくなった。
思い切り腕を振り上げたところで、視界の端にハーバーリウムが映る。
作りかけのハーバリウムの中には、僕と同じで独りぼっちの人形がいる。
スノードームを机の上に戻し、ハーバリウムと並べる。
足りない。
夏の花を入れたハーバリウムには、爽夏がいない。
気付くと涙が出ていた。
いきなり部屋のドアが開き、姉が入ってくる。
僕の泣き顔をみた姉は、
「私の誕生日にも作ってよ、それ」
そう言って、作りかけのハーバリウムを指差す。
翌月、姉の誕生日がきた。
僕は気を紛らわせるつもりで、姉へのプレゼントを作る。
容器の中に世界を詰め込んでいく。
カラフルな砂と花で彩を与え、瓶の中にそっと封じ込めた。
初めてにしては、会心の出来だったと思う。
姉へ贈ると、とても喜んでくれた。
姉はそれを撮って、SNSに上げる。
暫くして、教室の女子から話しかけられる機会が増えた。
僕の作ったハーバリウムを、姉がSNSで自慢したせいだ。
興味を持ってくれた子と一緒に作ったハーバリウムを部屋に飾る。
出来はいい。
ただ、何かが足りない。
僕が一人ぼっちで寝転んでいるハーバリウムも同じだ。
中に空洞がある。
作りかけのハーバリウムがすっかり埃を被った頃、僕は地元の大学に通っていた。
数カ月経って、夏休みに入る。
何度目かの独りの夏は、やっぱり何か足りなかった。
自室でサイダーを飲みながら、スノードームを眺めている。
携帯が震えた。
更新の止まっている爽夏のSNSから、メッセージが届いていた。
『学食の前で待ってる』
送り間違いか?
聞き返しても返事は返ってこなかった。
期待外れでもいい、僕は大学まで走った。
閑散とした学食の、大きな建物の入り口にポツンと立ってる人がいる。
近づいていくと、向こうもこっちに歩いてきた。
「なんだか、見ないうちに随分と大きくなったね」
爽夏がいる。
髪は伸び、背も大きくなって、成長したと判る。
「君に会いたくて、私もこの大学に入学してたんだ。怖くて言い出すの遅くなったけど」
爽夏は携帯を取り出し、画面を見せてくれる。
「このハーバリウム、いつ完成するの?」
映っている写真は、埃を被った作りかけのハーバリウムを背景に、姉が自撮りしたものだった。
画面を覗き込み、いつの間に撮ったんだろうと考えていると、不意にキスされた。
「サイダーの味がするね」
不器用に、僕の中身を確認しているのだろう。
「今から、一緒に完成させよう」
僕は爽夏と二人でハーバリウムを作った。