【閑話】ヤコブ、彼女を家に招く
閑話3発目。今回はヤコブ視点です。
僕はヤコブ。ノルデン王国の役人を務める父の元で長男として生まれました。
息子の僕が言うのも失礼ですが、父は取り立てて美丈夫というわけではありません。子爵という身分とて、法服貴族として王宮に仕えることで名乗れる立場。あまり豪勢な生活の出来る家ではありませんから、ご令嬢にモテるかと言えば、その他大勢の持たざる者の括りに入る一人かと思います。
しかし、二人が付き合ったのは母からの猛烈なアプローチがあったからだと語る父。
母はかつて王宮で使用人として仕えており、男爵家の次女という身分ながら、その教養の高さと美しさも相まって、周囲の男性達から一目置かれる存在だったそうです。
当然母を妻に迎えたいという声は多くあり、その中には伯爵家や侯爵家など高位の家もあったのに、息子としては何故父を選んだのだろうと、小さい頃から疑問に思っていました。
いや、父を選んでくれなかったら僕はこの世に生を受けていないわけなのだから、そこに疑問を呈するのは愚ではありますが、領地も持たぬ子爵家より伯爵家や侯爵家に嫁いだ方が、より良い暮らしが出来るのではないかと思うのは間違っていないでしょう。
母の生家は男爵家。伯爵や侯爵が政略のために縁を結ぶ必要など無いわけで、単純に声がかかったのは母本人の器量によるものですから、その中から母の気に入った方を選べば、完全な恋愛結婚とは言えずとも、政略によって好むと好まざるとにかかわらずという話ではないと思いましたので、以前母に理由を尋ねてみました。
「母上は何故父上と結婚されたのですか?」
「旦那様のことが好きだったからよ」
ふーん、そういうものか……
「はじめまして……ヒラリー・ウランと申します。本日はお招きいただき……」
「ヒラリーさん、そんな堅苦しい挨拶は抜きにして、さあ入って入って」
今日はヒラリーさんを実家にお招きしました。
お付き合いを始めるにあたり両親に報告したところ、母が早く家に連れていらっしゃいと矢の催促で、彼女には大変申し訳無いと言ったのですが、「御両親に挨拶するのは当たり前じゃない」と喜んで来てくれました。
「話には聞いていたけど、羨ましいくらいにスタイルのいいお嬢様ね」
「そんな……お母様に比べたら……」
母はもう四十になろうかというのに若々しく、かつてはとてもモテたという話が嘘ではないと確信できるほどの美貌ではあるが、ヒラリーさんだって負けてはいない。謙遜することなないよ。
いや、勝ち負けの問題ではないんだけど、ヒラリーさんだって美人だよ。背は確かに男より高い。今のところ僕のほうが低い(これはあと何年かで追い越す予定。多分……)し、彼女はそれをよく気にするけど、それを補って余りあるスタイルとクールな表情に度々ドキッとさせてくれる。
それに女性の魅力、色気が無いとよく嘆いているけど、練習中に滴る汗を拭う姿とかとても色っぽいです。あー、これは個人的な趣味なので異論は認めます。
そんな彼女と出会ったのは、今年の春のこと……
◆
「ヤコブ!」
練習場で汗を流していると、グリゼルダ姫が僕を呼ぶ声がする。
実を言うと姫様のことは苦手である。
母が姫様の乳母を務めていた関係で、僕は小さい頃から彼女と交流する機会が多く、普段の姫はお淑やかなお嬢様という印象を崩さないのに、僕といるときだけは途端にお転婆と化す。
特に兄上であるティハルト殿下に女の子が群がったり、纏わりついたり、二人きりにでもなろうものなら、「ヤコブ、付いてきなさい!」の一言で、無理やり連れまわされてその場をかき乱してくれる。
普段が普段なだけに、彼女は兄上を取られて嫉妬しているのねと大したお咎めも無いのだが、一緒にいるコッチは「何故姫様をお止めしないのか」と怒られる。事前に何をするかも分からずいきなり連れ出された人間に、それを求められても困ります。
そんなわけで彼女に名前を呼ばれると、体が「ピクッ!」と自然な防衛反応をおこしてしまうのです。
「ヤコブ、こちらのお二人が剣術同好会を見学したいそうよ」
「えっ!? 入会!」
姫の言葉に恐る恐る振り返ると、そこには女の子が二人、見たことのないご令嬢だ。
一人は背も高く、ひと目で鍛えたと分かる体つき。当然剣の嗜みがあるのだろうが、一緒にいるのは剣を握った経験も無さそうな女の子。
おおかた一人で来るのは気が引けるから、知り合いを一緒に連れてきたといったところか。ありがたい話だが、女の子を加えて無理に大会に参加するのは……
「心配なら無用だわ。トランスフィールドの学園では騎士課程専攻だったんだから。そんじょそこらの男に引けを取るつもりは無いわ」
僕が入会を渋っているのを感じたのか、背の高い方が試しに手合わせしてみたらいいじゃないと言ってきます。
なるほど、彼女達がトランスフィールドから来た留学生。とすると……この方が噂の……何故この方が小粒な山椒の実になぞらえられるのかが疑問だが、おそらくそうなんだろう。
噂とは恐ろしいもので、なんでも彼女はベルニスタの暗殺者達の元へ単身乗り込んで壊滅させ、騎士でも一握りのエリートしか名乗れない聖騎士を襲名した豪の者だと言う。たしかに強そうだが、いくらなんでもそれは盛り過ぎではないかと思う。
……と思ったら、瞬殺されました。すいません、ナメてました。こちらの攻撃はかすりもせず、一方で彼女の剣撃は何度も僕たちを強かに打ち付けてくるのです。
「いや、参りました。噂ですごいご令嬢が来るとは聞き及んでおりましたが、噂以上ですね」
山椒姫とあだ名されるその武芸の腕、噂は本当だと感じ入っていると、グリゼルダ様が「違う。山椒姫はこちらよ」と、もう一人の小柄なご令嬢がその方だと言うではありませんか。
え? 違うの? と困惑した僕を誰も責めは出来ないですよ。どう見ても強そうなのは、こちらの背の高いご令嬢ヒラリー様。
だけど言われてみれば、山椒姫とあだ名されるのはリングリッド辺境伯令嬢のキャサリン様と聞いた。そしてこの小柄なご令嬢がその方だと姫は仰られる。
ならばと今度はヒラリー様とキャサリン様で手合わせを始めると、先ほど以上の衝撃です。
テオと二人かがりで全く歯が立たなかったヒラリー様が、赤子の手をひねるようにねじ伏せられるではありませんか。
いや、世界は広い……
「ヤコブ君、気落ちしなくていいんだよ」
手合わせが終わった後、ヒラリー様からそんな声をかけられました。手も足も出なかったのに、彼女の顔からはやり切ったという感じが伺えます。
「ヒラリー様は負けて悔しくないのですか」
「悔しいよ。でもあれが私の今の全力。ケイト様は人外の化物だから、あれだけ打ち合えただけでも随分と成長したと思うわ」
「ちょっと、ヒラリー様! 人外の化物とはひどいですわ」
「ケイト様はもう少し客観的に自分の実力を見た方がよろしいですよ。ヤコブ君もテオ君も貴女をスタンダードと思っては却って萎縮してしまいます」
ヒラリー様が言うには、キャサリン様の実力はこの国にも武名が鳴り響く、彼女の父や兄達にも劣らぬほどであり、そもそもそこを最初の目標とするには高すぎる壁だとのこと。
「まずは一歩一歩着実に力を付けること。一緒に頑張ってみない?」
なので入会を認めてくれるわよねというヒラリー様に対し、断る理由はありません。
「はい。失礼なことを申しました。ヒラリー様、キャサリン様、是非よろしくお願いします」
「よし、決まりね。ならばこれからは仲間なんだから、様付けは無し。ヒラリーでいいわよ」
「私もケイトでいいよ」
さすがに呼び捨ては出来ないので、さん付けで了承してもらいましたが、近くに目標が出来ると俄然やる気が出てくるものです。
それにヒラリーさんはとても面倒見の良い姉御肌の方で、事あるたびに練習のサポートやアドバイスをしてくれます。
なんでそんなに親身になってくれるのかと問えば、ヤコブ君が真剣に頑張っているから、手助けしたいと思うんだよと言うのです。
そう言われれば、男として彼女を意識せずにはいられなくなります。彼女は手のかかる弟くらいにしか思っていないのでしょうが、こちらとしては何とかして男を見せねばとなりますよ……
◆
「それで、ヒラリーさんはこの子のどこが気に入ったの?」
「母上、本人目の前にして何を聞くんだよ! 恥ずかしいな、もう……」
「え……ええと、頑張る彼を見ていると、放っておけないというか、応援したいなと……」
ヒラリーさんは三人の弟さんの他に、幼馴染の男の子がいたそうです。
小さい頃はよく面倒を見たそうですが、次第に疎遠になってしまったそうで、詳しいことは語ってくれませんでしたが、そのことを酷く後悔しているそうです。
「でも、ヤコブ君をその子の代わりにと思っているわけではありませんよ。過去は過去のこと、ヤコブ君とは後悔しない未来を一緒に築けたらなと……」
「そうなのね。ヒラリーさんも放っておけない質の女の子なのね」
「母上、それはどういう意味ですか?」
そう言うと母は、自分も父を放っておけなくて一緒になったんだからと、笑いながら過去のことを話し出しました。
「王宮で働いていた頃に、縁談の打診が多く来ていたのは事実よ。ほとんどが第二夫人や妾として、だったけどね」
自分達より高位の家から正式に縁談の申し出があれば断るのは一苦労。しかし、第二夫人や妾と言うことであれば話は別です。
例え身分が下であっても、事前に了承も無くいきなり人様の娘を二番目の妻だとか愛人として迎えたいと申し出るのは、人としてどうなのかという話になるので、「もしよければ正式に申し出をする」という形で来た下話の段階で悉くお断りになったそうです。
「正妻として迎えたいという方はいなかったのですか」
「貴族の世界は狭いわ。内々の話とはいえ、伯爵家や侯爵家が迎えたいと申し出た事実が広まらないわけがないもの」
特にとある侯爵家がご執心で、母と身分が釣り合いそうな階級の方達は、目を付けられるのを恐れて声をかけてくることは無かったそうです。
「そうなると自力で相手を見つけないと、妾の話が現実味を帯びてしまうからね。焦っていたのよね」
そんなときに出会ったのが父。
互いに王宮勤めなので、実際にはそれより前から知り合いではあったが、それほど接点があるわけでもなかった二人が急接近したのは、父が夜会の準備責任者となってから。
そのときの侍女の取りまとめ役は母。当然打ち合わせで顔を合わせる機会が増え、一緒に仕事をしていくうちに、父の無骨ながらも気配りを欠かさない姿勢に、この人となら助け合っていけると感じたそうです。
残念ながら父はそのへんの機微に疎い朴念仁だったもので、母がグイグイ攻めていった結果、晴れて夫婦となったわけです。
「その……侯爵家から横槍とかは無かったのですか?」
「あったわよ。でも旦那様は下位とはいえ王宮の直臣、侯爵家とて直接介入は出来ないわ」
侯爵家と子爵家を天秤にかければ当然侯爵家ではあるが、一生涯の保証という意味では妾という立場はかなり微妙。ここは人それぞれだろうが、子爵である父の正妻という立場を選ぶ判断が間違っているとは言えないので、侯爵家が無理筋を通してくることも無かったわけです。
「ヒラリー嬢はこのままノルデンに残るわけだよね」
「はいお父様。アデル様……クイントン侯爵令嬢が正式にティハルト殿下の婚約者となられれば、騎士としてお側仕えする予定ですので」
「それなら将来は王妃殿下の側近。これは競争相手が多そうね……」
そう言うと母は僕に対し、彼女を手放すとすぐに奪われるわよと警告してきます。
「何でいきなりそんな話になるんですか……」
「王宮の中で働くのは女性より男性の方が圧倒的に数が多く、しかも貴族籍にいると言っても次男や三男、結婚相手を鵜の目鷹の目で探す方も少なくない。そんなところへ将来の王妃殿下の側仕えが確定している若い女性が入ってきたらどうなると思いますか、旦那様?」
「まず争奪戦だろうな。王宮内であからさまに来ることはないだろうが、それでも言い寄ってくる者はいるだろう」
母は自分の経験からそうなる危険が高いと危惧し、ヒラリーさんに不肖の息子だけどよろしくお願いできるかしらと頭を下げます。
いや母上、謙遜なのは分かるけど、本人の前で不肖とか言われると心が悲しいです。
「ご心配なくお母様。お二人を実の父母のように孝養させていただきますわ」
「あら、良かったわねヤコブ。いいお嬢様を見つけたじゃない」
「でも、あまり娘らしいことは出来ませんよ」
今まで剣術一辺倒だったので、およそ女性らしい趣味を持ってないですよと言うヒラリーさん。
料理の腕は洒落たお菓子作りではなく、安くて実用的な家庭料理のため。ファッションは可愛いフリルより動きやすさを追求したパンツスタイル。裁縫の腕だって可愛いパッチワークや刺繍のためではなく、解れ破れの補修のため。
貴族女性の嗜みとしてはいささかどころか、かなり実用的すぎて、娘らしい娘を期待されているとすれば「期待外れだわ」と言われそうで怖いと懸念しています。
「いいのよ、そんなに肩肘張るような格式の家じゃないもの。むしろウチのお嫁さんにはもってこいね」
「おい。自分の家を卑下するような言い方するなよ」
「旦那様、いいじゃありませんか。まずは息子が素敵な方に巡り会えたことを喜ぶべきですわ」
「まったく……すまんなヒラリー嬢。こんな父母だがよろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします。お義父様、お義母様」
「旦那様、聞いた? お義母様だって。娘がいなかったから嬉しいわ」
母上……はしゃぎ過ぎですよ……
「あの……一つだけお聞きしてもよろしいですか?」
「何? ヒラリーさん」
「お義母様にご執心だった侯爵家って、もしかして……レーマン侯爵家ですか?」
「あら、何で分かったの? そうよ、現侯爵閣下。当時はまだ家督を継ぐ前だったけどね」
「ああ……そういうことだよヤコブ君……」
今までは些細なことだったので気にもしていなかったが、エカルトが僕に突っかかってきたのは、もしかして母に袖にされた侯爵家の意趣返しということなのか!?
お読みいただきありがとうございました。
次回は8/18(水)投稿。
本編に戻り、剣術大会スタートです。よろしくお願いします。




