【閑話】縦ドリル、侯爵令嬢としての自負
今回はアデレイド視点のお話、いつもよりちょっとだけ長めです。
私はクイントン侯爵家の長女アデレイド。トランスフィールド王国でも名門と呼ばれる貴族の娘です。
貴族の努めはまず第一に家名の隆盛を図ること。
領地を繁栄させる、武功を上げる、学問・芸術で功績を残すなど、方法は色々と有りましょうが、何にしても他家との繋がりが大事ですので、いわゆる派閥と呼ばれるグループが形成されるのは自然の流れであり、我が父はその中の一つ、"貴族派"と呼ばれる集団のリーダーを務めておりました。
その政治姿勢は貴族が国の中心に立って政を取り仕切るものと言われております。間違いではありませんが、政敵によって過分に悪意ある解釈をされております。
対立派閥の筆頭である王権派は、国の権力は王を中心にまとめ上げられるものであり、主要なポストを貴族が占める現状に異を唱え、才ある平民を積極的に登用されるべきと主張し、重要なポストは貴族が担うべきと言う我々の主張を、自分達が権力に群がり、甘い汁を吸いたいから才ある平民の登用に難色を示しているのであろうと非難し、このまま貴族派を野放しにしていると、王権が弱体してしまうと私達を目の敵にされているのです。
たしかに我々の派閥では平民の方を高い位に就ける機会はそうありません。多くの場合は貴族の下で実務担当や下級職として務めていただいておりますので、王権派の皆様はそれを指して、「貴族派は古い階級制度を未だに引きずっている」と揶揄し、平民の皆様に『貴族派は自分達は偉い。平民は平民らしく支配される側で甘んじていろという考えなのだ』と喧伝しているのです。
正直に言わせてもらえれば、どの口が仰るのかと言わざるを得ません。
国の頂点に陛下がおり、その支配下に我々がいるという構図は貴族派の考えでも変わりません。王家への忠誠も揺るぎないものと自負します。不穏な動きがあれば、真っ先に我が父が不埒者を成敗なさいましょう。
しかし王を頂点に頂く以上、階級が存在するのは当然ですし、その身分に応じて享受できる物も少なくありませんが、故に重責に就く者は、相応の覚悟と力が無ければなりません。
高等教育の門戸が平民の皆様に開かれたのは、ようやくここ数世代の話。王都周辺では知識人階級と呼ばれる平民層も増えてきましたが、国全体で見ればまだまだ先の長い話。相応のポストに就けるだけの知識を持った平民など数えるほどしかいないのが現状なのです。
お判りでしょうか? 平民の皆様を高位の役職に登用するのは時期尚早なのです。
我々とて平民の皆様が国を支える根幹であり、蔑ろにする存在ではないと分かっておりますが、まだ彼らは重責を担うまで育っていないのです。
国を動かすには己の才も必要ですが、これまで培った実績、人との繋がり、財力などが必要。故に今は彼らを育て、いつかその任に耐えうる人材が現れるための準備期間と、我々は考えております。
王権派の皆様はそのあたりを考えず、次々と平民を登用されてますが、その実はただのお飾り。才能はあれど、権力も財力も持たぬ彼らの発言権は小さく、寄るところは彼らを重用した貴族達、つまり王権派に決定権は委ねられているのです。
あらあら、結局は自分達の意のままに動かせる駒が欲しいだけではありませんか。
自分達が私達に代わってポストを欲すれば権力争いと見られるのに、平民にポストを明け渡せと言えば、民のことを考える良識人とは……上手いことを考えるものですね。
無論使われる側の平民の皆様でも、正しい目を持つ方は王権派の企みに気付いて距離を置いていますが、中途半端に知識を身に付けた上昇志向の強い方や、操り人形でも構わないから甘い汁を吸いたいと願う者など、王権派に同調する平民は少なくありません。
幸いにして私達の領地の民や家臣は、そうではないことをよく分かってくれているので、我々は自分の為すべきことを粛々と進めるまでです。
ただ、一つだけ困ったことがありまして、王権派の中心であるバーネット侯爵令嬢のダイアナ様が王子妃候補に名乗りを上げたことです。
面倒この上ありません。ジェームズ殿下は幼い頃から交流がありますが、彼のお気に入りはラザフォード公爵令嬢のアリス様。
これが子爵や男爵の娘であれば、私も名乗りを上げるところですが、少なくとも彼女は瑕疵一つ無いご令嬢。私が出たところで勝てるはずがありませんが、ダイアナ様が名乗りを上げるとなれば、私も出ないわけにいきません。
陛下は私達のことをお認めになられておりますので、これ以上の権力を欲することは望まないのですが、まかり間違って毛の先ほどの可能性をダイアナ様が掴み取ってしまえば、そうも言っていられなくなります。我々が困るのは目に見えていますので、ほぼ出来レースとはいえ、自派閥から候補を出さないわけにもいきませんし、そうなれば私が名乗り出るほかありません。
上手く権力争いに引っ張り出されたようで面白くありませんし、お父様には私の婚期が遅れることをひどく詫びられましたが、貴族の娘が家の役に立てることなどそう多くはありません。これが私の使命なのだとむしろ誇りに思います。
しかし……王権派の皆様の嫌がらせは始末が悪うございます。貴族の令嬢にとって当てこすりや嫌味の応酬は挨拶代わりのようなものですが、私達は相手にするのも時間の無駄と華麗にスルーしておりますと、どうにかして私達の評判を落としたい彼女達は、私や高位のご令嬢がいないところで私達の下に付く下位のご令嬢をネチネチといたぶるようなマネをされます。
中には相手の挑発に乗ってしまう短慮な方もおられますので、身内の統率を図るのが大変です。
ただ、私に近い立場でない方をどれほど貶めようと効果が薄いと感じたのでしょう。次に標的とされたのは、普段私の周りに仕えてくださるご令嬢の皆様です。
特に護衛を務めているウラン子爵家のヒラリーさん。彼女が冷静沈着なのは側にいてよく分りますし、その武芸の腕前は頼もしく感じますが、これが仇となって危害を加えられたなどと言われては、彼女の風貌と武芸の実力を考えると冤罪であっても面倒なことになりますので、常に私の側仕えを命じることにしました。彼女は些か不服そうですが、人を殺しかねない雰囲気があると思われるのは事実ですよ。
そんな中、私達から遅れること1年、とうとうアリス様も学園に入学してきました。
とはいえアリス様と事を構える気はありません。彼女とは派閥も違うのでさほど交流はありませんが、言葉を交わせばその教養の高さは推して知るべしですし、一応ポーズとして貴女のライバルですわよと嫌味の1つもかければ、倍にして返してくる頭の回転の良さ。
それにジェームズ殿下と相思相愛とあれば、私の出る幕はありません。決して私が彼女に劣るとは思っていませんが、想い合う二人を引き裂くほど私は悪役に徹することなど出来ません。
「アデレイド様は物語に出てくるカッコイイ悪役令嬢をまさに具現化した至高のご令嬢ですわ!」
コラ、言ってるそばから誰が悪役令嬢よ。
「その見事なツインドリルは、まさに悪役令嬢を目指すという強い意志の現れ!」
誉めているようですが、嬉しくないわ! 何なのよこのチンチクリ……オホン、このご令嬢、アリス様の側仕えを務めるリングリッド伯爵令嬢のキャサリン様は何を言い出すのでしょうか。
人のことをクイーンオブ悪役令嬢って……クイーンどころかプリンセスになる見込みも無いというのに。その縦ドリル=悪役という安直な推測はしないで欲しい。私だって出来ることならアリス様や貴女みたいにサラサラストレートヘアになりたいよ。私の剛毛がそれを許さないのだよ。
「めちゃくちゃ似合ってますよ」
「嬉しくない!」
どうやら彼女は私のことをかなり尊敬しているようで、その口ぶりからリスペクトされていることはよく分かります。主にこのキツめの顔立ちと金髪縦ドリル、理想の悪役令嬢だと……
勘弁してください。王権派の相手をするだけで結構大変なのよ。貴女まで絡んできたら私の神経のすり減り具合がとんでもないことになるから、それ以上はドリルに触れないで~! と逃げるようにその場を後にしましたが、とんでもない強敵が現われたものね…… キャサリン、恐ろしい子……
「貴女が私をどう思ってるか……まあ大体予想は付くけど、私は正しい行いをしない者が嫌いなだけ。平民だろうと貴族だろうと気に入らない者は受け付けない。言い方がこんな感じだから、誤解する人も多いだろうけど、そこだけは勘違いしないで欲しいわ」
「もしかして、ホントに悪役令嬢を目指してはいないのですか!」
それからしばらくして、学園の生徒がゲストとなる夜会でのこと。
平民の方と揉めている令嬢が私に助けを求めてきたので、どういうことかと聞けば貴女達が悪いとしか言いようのない理由でしたので、ピシャリと窘めましたところ、キャサリン様にとても驚かれました。
まだ私を悪役令嬢だと思っていたのかい……と少々誤解を解くべく己の信念について少しばかりお話いたしますと、彼女もアリス様に仕えるだけあって、真っ直ぐなご令嬢なのねと感じ入ります。
……が、あまり仲良くなりすぎてもいけませんので、適当に話を切り上げましたが、それからも武官派の皆様とは何度となく交流を深めることとなりました。
オリヴァー様とキャサリン様の婚約話が持ち上がった折に、私の側仕えの伯爵令嬢が突撃してしまい、危うくダイアナ様に痛くもない腹を探られそうになったり(後で伯爵令嬢様はお説教しました)、我が国を混乱に陥れようとするベルニスタの内部工作を共闘して防いだりと……
一番驚いたのは、ヒラリーさんが負傷して毒に冒されたとき。彼女は敵陣とも言うべき私達の前に単身現われ、治療したいと申し出るではありませんか。
あのときは武官派の陰謀論がまことしやかに囁かれておりました。私としては武官派ではなく、王権派が絡んでいるのでは? と疑いましたが、事実私達は警備の網をかいくぐって襲われ、ヒラリーさんは生死を彷徨う重傷を負っていては、皆がキャサリン様を疑いの目で見るのは必然。
その中で怪しい動きがあれば誅してもらって構わないと言い切ったその胆力。アリス様はよい部下をお持ちになったわねと羨ましく思ったものです。
そしてそれから時は流れ、再び春の息吹が聞こえてくる頃、殿下のお妃候補から外れた私にやってきたのは、隣国ノルデンのティハルト王子殿下との縁談。
「アデレイド嬢。突然のことで驚いているのではないか」
「驚いたのは事実ですが、これは我が国にも当家にもありがたいお話です。是非承りたいと考えております」
ノルデンからの申し出が王家からお父様へと伝わり、私が聞かされたのは昨日の夜のこと。そのまま翌日には王宮へ出向き承る旨をお伝えすると、その話を聞いたジェームズ殿下とアリス様が私を心配してくださり、急遽自室に呼ばれております。
「それで、いつご出発なさるのですか?」
「急ぎの話なので準備が整い次第といったところでしょうか。少なくとも新学期には間に合わせる形になるかと」
婚約となれば時間をかけて輿入れするのですが、今回表向きには両国の友好を深める留学生団の受け入れということになっており、新学年の開始には間に合わせたいところです。
「そうですか……あまり時間がありませんね。それで、お供の人選はいかがなさるのですか」
「お陰様で皆様婚約者捜しで大忙しのようなので、ヒラリーさんとパトリシアさんを連れて行こうかと」
「ヒラリー嬢か……彼女も色々あっただろうからな。心機一転ではないが悪い話ではないな」
「ええ。出来れば彼の地で引き続き私に仕えてもらいたいと思っております」
ヒラリーさんも病み上がりですが、このままこの国にいても嫌な思い出がよぎってしまうでしょうから、彼女さえ良ければですが……
そしてパトリシアさん。ヒラリーさんを看護してくれた縁で、その後の身の安全をクイントン家で保護しておりましたが、秀才の名に恥じぬ女傑です。若い内に自分の目で他国を見るというのは大きな財産になることでしょう。
「二人だけとは随分少人数だね」
「そこでなのですが、殿下とアリス様にご相談が。キャサリン様を一緒に連れて行くことは出来ませんでしょうか」
「ケイトを?」
アリス様は非常に驚かれておりますが、キャサリン様は既に男爵位と聖騎士の地位を得て、ゆくゆくは王子妃の護衛騎士となることは既定路線。それを私に預けろと申しているわけで、驚くのも無理はありません。
無論ずっとというわけではございません。留学期間となる向こう1年間だけ、側に置かせてはもらえないか、餞別と思ってお願いしますと申し出ますと、アリス様がケイトを家臣に欲しくなりましたか? と問われます。
「はいかいいえで申せば、『はい』と言いたいですが、彼女はアリス様の懐刀。あれほどのご令嬢を側に置けるアリス様が少し羨ましく思いますの。なので、ほんの少しだけお貸し願えればと」
「あの子のハンドリングは少々難しいですよ。まあ、アデレイド様なら大丈夫でしょうけど」
「山椒一粒御せぬようでは王妃の重責など適いませんでしょう」
その山椒はだたの山椒ではない激辛仕様の特注品なのですが、まだ見ぬ異国の地、少しくらいピリピリした刺激があってもよろしいでしょう?
こうして、両国の架け橋となるべくノルデンに留学することとなりました。
実際には留学中に友好を深め、結果的に私とティハルト殿下が縁を結ぶという筋書きであり、要は政略結婚ですが、貴族の娘なれば否やはありません。むしろジェームズ殿下とアリス様のように想い合う二人が結ばれる方がレアケースなのです。
己が誰かの役に立つと思えば、長い旅路も異国での生活も苦はなりません。煩い小娘もお借りできましたので退屈もしないでしょう。
このときはクイントン侯爵の娘として、トランスフィールドの代表として、無様な姿など晒すわけにはいかぬと決意しておりました。
当然その後、まさかあれほど婚約者(候補)様に溺愛されるとは、露ほども思っていませんでしたよ……
お読みいただきありがとうございました。
次回は8/14(土)投稿、ヤコブ視点の閑話となります。
よろしくお願いします。




