【閑話】肝っ玉姐さんヒラリー
剣術大会前に閑話を何回か。
今回はヒラリー視点です。
私はウラン子爵家の長女ヒラリー。
実家は騎士の家系。長子として生まれた私は長らく弟妹が生まれなかったこともあって、幼い頃から家督を継ぐべく剣術の稽古に多くの時間を費やしました。
私が9歳の時にようやく弟が生まれ、その後は隔年で3人の弟が出来たので、結論から言うと私が家督を継ぐ必要は無くなったのですが、長らく身に染みついたルーティーンが矯正できず、幼い弟たちを鍛えるためにもと、剣術稽古は欠かさずに今に至ります。
父母は毎日忙しく働いておりましたので、弟たちの世話は私の仕事です。お姉ちゃんお姉ちゃんとまとわりつかれるのが時々鬱陶しくもありますが、可愛い弟たちです。
共によく食べ、よく身体を動かし、よく寝るという生活をしていましたら、そこらへんの殿方よりも背が高くなってしまったのは誤算でした。もう少しお淑やかに暮らしていればもう少し背の伸びが緩やかだったかもと思うのは、たらればの話なのですが……
お陰様で私は面倒見の良い姉御肌の女の子という評判になりましたが、背が高い上、鍛錬でアチコチがゴツくなってしまったせいか男性受けはあまりよくありません。
一応そんな私でもいいと仰る方もいないわけではありませんでしたが、どういうことかそう言ってくる方に限って自分では何も出来ない優柔不断者か、人に全てを丸投げする無責任者であることが大変多いのです。
勘違いして欲しくないのは、私は自分の意思で世話をしたいと思う者の面倒を見ているだけで、無条件に他者を慈しむ慈愛の聖母ではないのです。
無関係の男がどうしようどうしようとオロオロ泣き落とししても心は痛みませんし、暴言暴力でねじ伏せようとしてくれば返り討ちにして差し上げました。
そんな私の武芸の噂を耳にした貴族派の首領クイントン侯爵から、ご令嬢アデレイド様の側仕え兼護衛として取り立てたいとの申し出がありましたのは、学園入学を翌年に控えた頃のこと。
ウラン子爵家は貴族派とは言っても吹けば飛ぶような弱小貴族。侯爵家からのお声掛かりとあって、父も母もいい話ではないかと二つ返事でお受けになられたのです。
当の私はと言うと、貴族令嬢らしくない生活を送っていた私が、いきなりよそのご令嬢達の輪の中に入ってやっていけるはずがないと正直乗り気ではありませんでした。
その予感は当たらずも遠からじといったところで、周りを囲むご令嬢達の中には意地の悪い方もおり、アデレイド様のいないときに私の身長や体型のことを揶揄されたりと、少々居心地の悪さを感じていたのは事実ですが、幸いにして主であるアデレイド様が曲がったことの嫌いな御方で、この方になら付いて行けると思えましたし、少なくとも彼女のいる前では皆様連帯が出来ていたので、何とかやってこれました。
しかし、同級生にしてアデレイド様と王子殿下の婚約者候補としてライバル関係にある、バーネット侯爵令嬢ダイアナ様の一派~王権派~のご令嬢と陰湿な足の引っ張り合いに入りますと、さすがに精神的に削られていくのが分かりました。
1つ1つはつまらない小さな嫌がらせでも、積み重なるとストレスが溜まるもので、アデレイド様が「貴女が喧嘩になったら相手を殺しかねない。私の護衛なのだから常に側に付いて、手出しされるまでは我慢すること」と言ってくださらなかったら、今頃人殺しと呼ばれていましたね。
それは令嬢らしくない体型の私は標的にされやすいだろうから、自身の側に置いてコントロールするという、アデレイド様の優しさであることは側に仕えているとよく分かりますが、このストレートな酷い物言いが誤解される原因であることは言うまでもありません。
ダイアナ様だけでも大変なのに、さらに翌年には婚約者候補の大本命、ラザフォード公爵令嬢のアリス様が入学とあって、より一層ストレスの溜まる展開が続くのかとこの頃は警戒したものです。
ところが蓋を開けてみれば武門の名家ラザフォード家のご令嬢。アデレイド様に負けず劣らず清廉潔白な方で、武官派との間には多少の当てこすりこそあれど、決定的な衝突が起こる気配もありません。
そんなときに知り合ったのがアリス様の側仕えを務めるリングリッド伯爵家のご令嬢キャサリン様。
私とは真逆で、本当に学園に入学する年齢の子なのかと目を疑うばかり、自分の年の離れた弟達とほぼ変わらない身長で、お嬢ちゃんは何歳かなと聞きたくなるような小柄なご令嬢でした。
彼女のことを知ったのは、同じく新入生として入学してきたロニーが彼女につきまとっているようだとの噂を聞いたから。
ロニーは私の1つ下。長らく弟妹の生まれなかった私にとっては弟も同然の男の子と、小さい頃から色々と面倒を見ておりましたが、自我が芽生えてくると、彼は私に世話されることを嫌がるようになり、私にも実の弟が生まれてそちらの面倒に時間を割くようになったため、長じるにつれ交流の機会は少なくなっていました。
さらに言えば、この頃には貴族間のパワーバランスというのも明確に分かっており、私がアデレイド様の側仕え、つまりロニーから見ると政敵の中枢に近づいたということもあって、より意図的に避けられておりましたが、かつては姉として面倒を見た男。女の子に失礼なことがあっては申し訳ないと、彼の入学を機に無理やりに交流を持つようにいたしました。
あからさまに嫌な顔をされましたが、キャサリン様の方がより嫌な顔をしているのに気付かないかなあ……
「ロニーは私の婚約者なのです」
「ちがーう! 勝手に婚約者にするなよヒー姉ちゃん」
知ってる。婚約した覚えは無いもの。だけどそうでも言わないと、アンタのことだからロクでもないことをやりかねないからね。
一通り婚約者っぽいフリをしますと、キャサリン様はそうなのですねと安堵したようで、後はお願いしますねと立ち去っていきます。
「さて……ロニー。キャサリン様に近づくって、何が狙いなの?」
「ヒー姉ちゃんには関係ないだろ」
「小さい頃から面倒を見てきた姉としては気になるわね。それにアンタ最近、貴族派が裏で何かしているとか吹聴しているらしいじゃない。どういうつもりなの」
「貴族派のど真ん中にいるヒー姉ちゃん相手にはいそうですかって話すと思うか? 俺は宰相閣下の側近である父の子。姉ちゃんは侯爵令嬢の側仕え。交わっちゃいけない間柄なんだよ!」
「貴男、お父様にいつも言われていたでしょ。『同じ王国の臣なのだから、派閥に関わらず協力すべき』だと」
「父上は甘いのだ。貴族の世界は食うか食われるか、姉ちゃんもクイントン侯爵家に仕えたのなら覚悟はしているだろ」
「覚悟って、何の覚悟よ」
「幼馴染の姉ちゃんと刃を交えたくはないが、姉ちゃんがアデレイド嬢に仕える限り避けられないんだよ」
「ちょっと! 待ちなさいよロニー、どういうことよ!」
それからというもの、今まで以上にロニーに避けられ続け、話をする機会もありませんでした。
キャサリン様が間に入っているときは、昔なじみといった体で会話を交わしますが、二人きりになることは全く出来ず、その真意を聞くことも叶わぬまま時は流れ、ベルニスタ王国の留学生との交歓会で私は生死をさまよう重傷を負うことになり、ロニーが何を考え何をしたのかを知ったのは全てが終わった後のことでした。
◆
「ロニー」
「……ヒー姉さん、何でここにいるんだよ」
「最後に見送りくらいさせてくれてもいいじゃない」
ベルニスタの工作活動に荷担した王権派は悉く処罰を受け、ロニーはバーネット侯爵の意を受け隠世との連絡役を担っていたお父様と共に貴族の身分を剥奪の上、王都から放逐となりました。
アボット子爵家は取り潰しとなり、邸は差し押さえ。ロニーは人知れず王都を立ち去ろうとしたようですが、昔なじみのご近所さんです。隠れて動こうとも気付きますよ。
「俺は罪人だ。そんな奴の見送りに来たなどと知られては、ヒー姉の立場が悪くなる」
「被害者が幼馴染の加害者を見送りに来ただけよ。むしろ慈愛の聖母と賞賛されるわ」
ロニーは何だよそれと鼻で笑いますが、私が加害者という言葉を使ったときに一瞬だけ表情が曇ったのを見逃しません。
「貴男が私と距離を置いたのは、こうなることを予測してなのかしら?」
「ヒー姉を巻き込みたくなかった。結局巻き込んでしまったがな……」
アボット元子爵は王権派の中でも最も穏健派の一員。同じ王国の臣なのだから、派閥に関わらず協力すべきだという考えの方で、故に貴族派(と言ってもその端っこの方で薄く繫がっているだけ)の私の家ともご近所付き合いをしていただいておりました。
しかし臆病風に吹かれた腰抜けと、自派の中でもいきり立つ急進派の若手などからは見られていたようで、そんな彼らと付き合いの多いロニーは次第にその考えに傾倒し、父のやり方が手ぬるいと思うようになっていたそうです。
「俺がヒー姉と一緒に居れば必ず責められるし、何より姉ちゃんも内通を疑われかねない」
「バカだね。それで国家転覆罪に問われてれば世話無いわ」
「こんなことになるとは思わなかった。あれだけバーネット侯爵を諫めていた父上がようやく同心したかと思ったら、単に止める手立てがないと諦めていたとは……」
「敵国と通じるなんて大事な役を半人前の貴男達学生に任せた時点でおかしいと思わなかったの?」
実の父に見限られ、捨て駒にされた男にかける言葉ではないかもしれませんが、これが最後の別れ。かつて姉弟のように育った者と解決し得ぬ謎を残したままにはしたくなかったのです。
ハッキリ言ってただの自己満足です。結果的に話をする機会も無かった私が彼を救う手立てなどありませんでしたが、それでも理由を知ってあのときこうすればよかったと後悔するためだけに問うているだけなのですから……
「おかしいとは思ったよ。時間が経つにつれ、父上がどこかに綻びを作るために仕組んだのだと気づき始めた。でも……もう止めることも退くことも出来ないところまで行ってしまった……」
「ロニー……」
「姉ちゃん、自分を責めるなよ。姉ちゃんのことだから、自分がもっと話を聞いてあげればとか思ってるんだろうけど、俺の方が避けていたんだから姉ちゃんに出来ることなんか無かったんだぞ」
「……」
「犯行を密告することも出来たが、父上は諫められなかった自分にも責があると、バーネット侯爵と一蓮托生の道を選んだ。息子として思うところはあったが、父の選んだ道を共に歩むと決めたのは俺自身だ」
そう言うと、ロニーは俺ってバカだよな不器用だよなと自嘲します。
ホントだよ……バカで、短慮で、不器用で、でも真っ直ぐで思うところを貫く意志の強さ。
だからこそ私は貴男の世話をするのが苦じゃ無かったんだよ……ほんの少しだけ、立ち止まる勇気、人の手を取る勇気があれば……って、手を差し伸べてあげられなかった私が言える立場じゃないけどね……
「姉ちゃん、俺が直接やったわけじゃないけど、怪我させてゴメン。こんな結果になってゴメン」
「何を今更謝ってんのよ……」
「これが最後の別れになるのは俺も一緒だ。だから言っておきたいことは全部言う。今まで色々世話してくれてありがとう。もう会うことも無いだろうけど、姉ちゃんは幸せになってくれよ」
「馬鹿野郎……それが最後に言いたいことなのかよ……」
「何泣いてんだよ。折角見送りに来たってんなら、笑って見送れよ」
そう言われればお望み通りにと、最後の気力を振り絞って笑顔で旅立ちを見送りました。
彼の姿が視界から消えるまでずっと……笑いながら……
でも、目から滴り落ちる涙は止まりません。止める気もありません。
彼は間違いなくもう一人の私の弟だったのだから……
お読みいただきありがとうございました。
次回は8/11(水)投稿、アデレイド視点の閑話となります。
よろしくお願いします。




