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山椒姫、先を越される

「テオ! 大丈夫か!」


 剣術大会を再来週に控え、調整も大詰めとなった頃、テオさんが学園からの帰り道に襲われて、足の骨を折る重傷を負ったとの報を受け、同好会のメンバー&グリゼルダ様で病院に駆けつけました。


「みんな……すまない。こんな大事なときに……」

「テオ君のせいじゃありません。申し訳ないなどと思うことは無いわ」


 普段はヤコブさんと一緒に帰るのですが、最近はヒラリー様といい感じになっているせいか、テオさんが気を遣って一人で先に寮へ帰ったところを狙われたようです。


「珍しくいらぬ気遣いをしたと思ったらこのザマです」


 テオさんは油断したと言っていますが、元はと言えばこんな卑劣な手を使う奴が悪いのです。


 余程の達人でもない限り、複数対一人で突然襲われればどうにもできませんから、テオさんに悪いことなど何もありません。


 強いて言うなら、何らかの妨害があることは予想出来たのに、直接的な危害を加えてくることを想定して対策しなかった、私の見立ての甘さに原因があると言わざるを得ません。


「でも、何でテオさんが狙われたのでしょうか」


 グリゼルダ様は、戦力ダウンを狙うならヒラリー様を狙うのが一番効果的ではないかとお考えのようで、何故テオさんを狙ったのかが腑に落ちないようです。


「留学生のヒラリー様に何かあれば、国家間の問題になります。それに彼女の場合、抵抗されて時間がかかる可能性が高いから、仕留める前に他の者に目撃されるというリスクも考えたのでしょう」


 最近メキメキと力を付けてきたとはいえ、各個撃破で狙うならテオさんかヤコブさんが狙い目だが、ヤコブさんはヒラリー様と共にいることが多いので、テオさんが狙われたといったところでしょうか。


 これで同好会のメンバーは大会に参加できるギリギリの3人。テオさんが抜ければ実質ヒラリー様とヤコブさんの2人で戦わなくてはならず、大きな痛手と思っているはずです。


「何せ私のことは、選手として登場してもすぐに棄権するだけの数合わせのメンツだと思っているでしょうから」

 

 聞くところによれば、こちらの国では私が隠世のテロ活動を防いだ武勇伝については、過分に盛られているのではと考える方も多いようです。


 私が聖騎士と男爵を拝受したのは、国として賞すべき何らかの功績があったのだろうとは思っているようですが、まさか15,6の小娘が暗殺集団と切り結んで直接的に彼らを壊滅に追い込んだとは想像出来ないようです。

 

 自分のことながら、この見た目からは想像出来ないでしょうねとは思いますので、そういう判断をした方から見れば、私は戦うことも出来ないただの令嬢だと思われているのも頷けます。


 グリゼルダ様が私に戦うことを禁止(正確には最終秘密兵器だから出さない)した言葉を、大会に参加するための数合わせのメンツ、選手として登場してもすぐに棄権するだけだからなのだと解釈しているのでしょう。

 

 無論事実を的確に把握している生徒の方もいらっしゃって、その方達は姫様の言葉を反則的な存在で自制(チートすぎて出せない)と正確に解釈しているのですが、過大に誇張された話ではないかと見る向きの方の中にレーマン家の彼とその一味もその中に含まれています。


「ヒラリー様を狙うにはリスクが高い。私の場合はそもそも戦力と見なされていないし、ヒラリー様以上に国際問題になるから狙うわけにはいかない。そうなるとヤコブさんかテオさんの二択になりますね」

「そういうことか……すまないテオ。迷惑をかけた」


 ヤコブさんは自分がヒラリー様と一緒にいたせいで、テオさんの方が狙われたのだと責任を感じているようですが、テオさんは笑顔でそれを否定します。


「ヤコブのせいではない。むしろ俺は君がヒラリーさんと仲良くしているのが嬉しかったんだ」




 テオさんは地方の男爵家の出身。学園進学に際し王都に出てきたはいいが、知り合いもいない地で不安に思っていたところ、最初に友人となったのがヤコブさんだったそうです。


「お前は当たり前のことだと言っていたが、田舎から出てきた俺にとっては救いの手だった。だからこそ剣術同好会に入ったんじゃないか」


 テオさんは元々同好会には入っていなかったそうですが、卒業生が抜けて1人になったヤコブさんを見かねて加入したのだとか。


「柄にもなく剣を振り回していたお前が姫様以外では初めて仲良くなった女の子だ。友人としては応援したいじゃないか。もっとも、気を回しすぎたせいで俺が襲われるとは思わなかったけどな」


 そう言って乾いた笑いを発するテオさんですが、急に真面目な顔に変わるとヒラリー様に向き合い、ヤコブさんのことをどう思っているか問い質します。


「俺の見たところ、二人は付き合っていると思っても不思議ではないくらいの仲だ。ヒラリーさんはコイツをどう思っているんですか」

「テオ! こんなところで何を言い出すんだ!」

「ヤコブ、俺はヒラリーさんに聞いている。お前は黙ってろ。それでヒラリーさん、どうなんですか」

「付き合っているなんて……私はただ、彼の手助けになればと思っているだけで……」

「本当にそうですか? コイツを男として見たことはありませんか?」

「男って……手のかかる弟みたいだなあとは思いますけど……」


 ヒラリー様の弟みたい発言に、皆がプッと吹き出します。


「ヒラリー様、弟扱いはさすがに……ヤコブさんが不憫ですよ」

「ヤコブ、貴男、男として見られてないわよ」

「ケイト様も姫様もお待ちください。ヤコブ君とは剣術の練習仲間という関係で、男として見るとかそう言う話ではありません!」

「あの顔を見てもそう言えますか?」


 私と姫様のからかいに真っ赤になって否定するヒラリー様ですが、ヤコブさんの方を指し示しますと、彼は世界の終わりが来たくらいの絶望の表情をしています。


「ヤコブ〜お前のアプローチ全然響いてないぞ〜」

「うるさいテオ! 僕はそんな邪な気持ちでヒラリーさんに練習相手になってもらったわけじゃない!」


 その割には楽しそうに二人で一緒に居るところを何度も目撃していますけどね?


「ヒラリーさん、ヤコブのこと男として見てやれる可能性はありませんか?」

「テオ君……それは……そういう風に見てくれるのは、女としては嬉しいけど、ヤコブさんは私でいいの?」

「ほら、ヤコブも何か言ってあげろよ」


 ヤコブさんは何から話そうかと逡巡しているようですが、テオさんにせっつかれて徐ろに言葉を発します。


「いや、その……最初は面倒をかけてしまって申し訳ないって思っていたんですが、嫌な顔一つせずに練習に付き合ってもらっているうちに、ずっと一緒に居たいと思うようになりました」

「うん」

「留学で来られているから、いつかは国に戻られると思うと、はっきりと言葉には出来ませんでしたが、ヒラリーさん」

「はい」

「ノルデンにいる間だけでも構いません。良かったら僕とお付き合いしてもらえませんでしょうか」

「はい……こちらこそよろしくお願いします」


 いやー、何だかわからないうちに愛の告白が完遂してしまいましたね。


「ヒラリー様、おめでとうございます」

「ケイト様……ありがとうございます」

「ヤコブさんも、ヒラリー様のことよろしく頼みますね。終身雇用契約だから、途中解約は出来ませんから」


 私の言葉にテオさんが、どういうことですか? と疑問に思っているようです。


「ヤコブさんはヒラリー様がノルデンにいる間と仰いましたね?」

「ええ。言いました」

「ヒラリー様は、トランスフィールドに帰る予定はありませんよ」

「ほへ?」


 ヤコブさんが『ノルデンにいる間だけでも』なんて言っていたので、そうだろうなあとは思いましたが、やっぱり知りませんでしたね。


「ヒラリー様はアデル様の護衛騎士になるために付いて来ましたので、アデル様共々、ノルデンに骨を埋める覚悟でいらっしゃいますわ」

「え? そうなのですか?」


 アデル様の婚約が留学期間を終えてから正式なものとなりますので、今のところ予定で公表されていない話だからと、グリゼルダ様がフォローに入ります。


「あくまで予定よ。知っているのは王族や国の上層部の一部だけ。だからヒラリー様も軽々しく話せなかったのよね」

「ごめんねヤコブ君」

「い、いえ……そうなんですか……ずっとノルデンにいらっしゃるのですね……」


 あれ? 何だか様子が変ですわ。


「ヤコブさんもしかして……一時の遊びのつもりで声をかけました?」

「ケイト様、そんなことはありません。僕は本気です」

「それなら良うございます。ヒラリー様を泣かせることがあれば、長駆ノルデンに参って討ち果たして差し上げる所存ですのでお覚悟あそばせ」

「そんなつもりは毛頭ありませんし、ケイト様に出張っていただく前に彼女に殺されますよ」

「ちょっとヤコブ君! どういう意味よ!」


 冗談を言うヤコブさんに、ヒラリー様のアイアンクローが炸裂し、甘い空気が急に一変します。


「ダメダメ、ヒラリーさん! 一生貴女のことを大事にするからそんな心配はいらないって意味ですよ!」

「ホントにぃ〜?」

「それ以上はダメよヒラリー様。ホントに死んじゃうわ」


 何とか彼女を宥め拘束を解きますが、目の横にくっきりと指で押し潰された跡が残るヤコブさんは若干涙目です。


「ゼェゼェ……ヒラリーさん、痛いですよ……」

「ヤコブ君が変なこと言うからでしょ」

「まぁまぁヒラリー様落ち着いてくださいな。ヤコブは浮気するような不誠実な男ではないから。それはこのグリゼルダが保証します」


 だからヤコブのことをよろしくお願いしますねという姫様の言葉に合わせて、涙目のヤコブさんが改めてよろしくお願いしますと差し出した手を、ヒラリー様はガシッと握り、こちらこそと微笑み返します。


「こんな美人さんとお付き合い出来るなんてヤコブも良かったわね」

「姫様、美人なんて恐れ多い……」

「謙遜なさらなくてもよろしいですわ。アデル様の護衛に就く女性はとても凛々しい美人だと王城でも評判なんですよ」

 

 そんな女性のハートを射止めたヤコブはもしかしたら妬まれるかもねと言う姫様に、ヒラリー様はそれだけの価値がある女性ですよと応えるヤコブさん。


 そして誉め殺しを受けて悶えるヒラリー様と、それをニヤニヤして見つめる私とテオさん。




 しかし……ヒラリー様が美人騎士候補と呼ばれていらっしゃるとは初耳でした。背が高いとか、体つきが逞しいというのはありますが、顔立ちだったりスタイル的には美人と呼ばれても不思議ではないポテンシャルの持ち主ですからね。納得です。


 …………でも待って……これは美人女性騎士の称号を、ヒラリー様に先に持って行かれてしまったのではないですか!?

お読みいただきありがとうございました。

次回は8/4(水)投稿です。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 浅はかな考えで小細工したらヤバいもんが出てきた件 正に藪蛇
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